死へと誘う夢の場所(2)(修正)

ダンジョン――それは自然の産物ではない。

まるで世界そのものがねじ曲げられたかのように隔絶された場所。外界の常識は一切通じず、そこは生物を拒絶する異空間。


一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような不快感が全身を覆う。空気は重く淀み、視界は歪む。音も光も時間さえも正常ではない。目に映る景色は不自然で、現実から切り離された別次元にいる感覚を与える。


不気味な静寂が精神を侵し、あらゆる感覚が鈍くなる。風も音もない。全ての存在が『活動を拒否されている』ように感じた。


――右に三体、左に二体。


一瞬の察知、そして閃光が空間を切り裂く。


白き刃が光をまとい、鋭く奔る。その刀身が描く軌跡は魔物たちを正確に切り裂き、命を粒子へと還していく。周囲が一瞬だけ明るくなり、また闇へと戻っていく。


「ふぅ……」


ブランは息を吐き、白刃を鞘に収めた。

静寂が戻るが、ダンジョン特有の圧迫感は消えない。深淵のような暗雲が、彼を試すようにじっと見据えている。


ここはフロアⅡ――危険度で区分されたダンジョンの中でも、初心者向けの階層だ。

魔物の危険度はⅠからⅣまで分けられ、このフロアⅡには主にⅠ~Ⅲの魔物が巣食っている。


ブランは消滅した魔物の残骸を確認し、素材と黒く輝く魔石を拾い上げた。

それらを、格納ストレージ魔法が付与された皮袋へ収める。魔石はこの世界において重要な資源であり、素材は武器や装備の材料として高く取引される。これが、ブランにとって生計を支える大切な収入源だった。


「まだ時間はあるな……」


ブランは懐中時計を確認する。ヴィオレが目覚める前には家に戻らなければならない。まだ二時間ほどの余裕があった。


「もう少し集めよう」


彼は皮袋を腰に結び、奥へと進む。

彼の腰に差された刀は、魔力流動の魔法が付与された魔道具ツール。魔力を刃に流し込むことで、刀身の耐久性と切れ味が大幅に向上する仕組みだった。ブランの白き魔力――「無」を象徴する色は、魔法の創造を一切許さない。火を放つことも、水を操ることもできない。世に存在するすべての魔法がその力を駆使して世界を作り変える中で、「無」の魔力だけは何も生み出さない、純粋なエネルギーの形だけ。


故に、ブランの魔力ができることはただ一つ。

魔力を刃へと流し込み、物理的な攻撃力を増幅させることだけだ。


しかし、それは魔法とは異なる。


刃に宿るのは『魔法』ではなく『魔力』そのもの。

火炎や氷塊、雷撃といった派手な魔法とは比べ物にならないほどの地味さを持ち、その威力も劣る。魔法使いが繰り出す圧倒的な力と比べれば、ブランの武器はただの補助に過ぎなかった。


たとえ、どれほど魔力を注ぎ込もうと、それは「剣」としての延長線上の力に過ぎない。

斬撃が鋭くなり、刃が硬くなる。それだけの力。


そんな力を宿した刀が、ブランにとって唯一の武器であり、生きるための支えでもあった。



ダンジョン内の戦闘を繰り返しながら、ブランは皮袋の中身を徐々に満たしていく。魔物たちはそれぞれ特有の素材を持ち、黒い魔石の希少性もあって、ダンジョンで得たものは高値で取引される。


しかし、フロアⅡで得られる収益には限界があった。


より深いフロアⅢ以降には、強力な魔物が巣食い、より貴重な素材や魔石が眠っている。

だが、ブランはギルドの規定によりフロアⅢ以降への挑戦を禁じられていた。

理由は単純だった。魔法を行使できない彼では、フロアⅢの危険度には到底耐えられないからだ。


「これで足りるか……」


素材と魔石を収めた皮袋の重みを確かめる。これだけあれば当面の治療費と生活費には十分だろう。ブランは満足げに頷き、出口へ向かおうと足を進めた。


その時だった――


「あああああああああああああああ!!!!!」


悲鳴がダンジョン内に響き渡る。


背後から聞こえた声に、ブランの心臓が瞬時に凍りつく。


振り返ると、右腕を失った男がこちらへ向かって必死に走ってきていた。残された左手で地面をかきむしりながら、血に染まった服で何とか進もうとしている。


ブランはそんな男の姿を見て、ギルドで言われた言葉を思い出す。


『その場所がどれほど危険かを、君は絶対に忘れてはいけない』


ダンジョン――それは、希望と絶望が入り混じる未知の場所。

成功すれば巨万の富と名誉を手に入れられるが、失敗すれば即座に死を意味する。


それが、「夢の場所」と呼ばれる場所の本当の姿であることを。




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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

白が一番好きな色。


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