夕焼けの向こうに、誰かの声が聞こえた
地平線が赤く灼ける。
空には宵闇が勢力を広げ、日の光は地平線にわずかに残されるのみだった。
私はそれを遠く、今日も一日が終わり行くのを眺めていた。
今日が終わっていく。何事もなく、ただ平穏に。
ゆっくりと太陽が大地に溶けて消えるのを見届けて、私は立ち上がった。
何度、この夕焼けを見ただろう。たった一人で。
世界は、私一人を残して滅亡していた。
いつ滅亡したのか、それは私にもよく分からない。世界から忽然と人が消え、気がつけば私は一人になっていた。それは時間をかけてだったのか、それとも一瞬のことだったのか。
私がそれに気付いたのは、幸か不幸か全てが終わった後だった。
残照の中、ゆっくりと川縁を歩いて私だけが残された家へと戻る。
私が一人になって、随分と時が過ぎたように思う。それとも、まださほど経っていないのだろうか。
たった一人の世界では時間の感覚すら曖昧だ。
せめて1日の終わりを確認しようと、日の入りを見ようと川まで出かけるようになったのはいつのことだっただろう。それすらも最早曖昧になっている。ともかく、日の入りを──夕焼けを眺めるのが私の日課になっていた。
家に帰り着く頃には世界は夜に覆われ、すっかり暗くなってしまっている。街灯は沈黙したまま、街を照らすことはしない。そんな中を迷いなく歩く。道順は慣れたものだった。
家のドアを開ける。鍵はかけていない。その必要もない。
「ただいま」
誰にいうともなく帰宅を告げる。これも習慣の一つ。
テーブルの上に用意しておいたおにぎりを二つ、黙々と胃に詰め込むとそのまま逃げるようにベッドへと潜り込んだ。
家族は──街の人々は──世界はどこへいってしまったのだろうか。
それとも、私だけが誰もいない世界に飛んでしまったのだろうか。いや、私は事故か何かで長い夢を見ているだけなのかもしれない。それとも、あるいは、もしかして……。
ぐるぐると思考を巡らせるが答えなんか出るはずもなかった。
諦めて目を閉じる。そのまますとんと眠りに落ちた。
夢は、見なかった。
翌日も、明るいうちにやるべきことを済ませると川へ向かう。日は翳り始め、世界をオレンジ色に染めている。
歩きながら、消えた家族のことを思う。今にして思えば、もう少し寄り添っていても良かったのではないかと思う。実の両親を亡くした私を引き取ってくれた伯母夫妻は、私にとてもよくしてくれていた。距離を置いていたのは私の方だ。伯母がそれに悩み、伯父に相談していることも知っていた。だけど私は、両親に接するように伯母夫妻に接することはどうしても出来なかった。
薄情だったようにも思う。しかし、今後悔したところで
「もう、遅いんだけどなぁ……」
ため息と共に吐き出した言葉は夕焼けの中に消えていく。
川に着くと、いつも通り土手に腰を下ろしてただぼんやりと空を眺める。巣へと帰る鳥の一羽もいない。さわさわと、風が土手の草を揺らす音だけがあった。
太陽の縁が地面に触れる。少しずつ沈んでいく太陽を眺めながら、毎日のように繰り返している思考が頭をもたげる。
──なぜ、私だけが残ったのだろう。
そして
──いつか、私も消えるのだろうか。
それは、どこか希望のようにも思えた。
誰もいなくなった世界でただ一人残されるくらいならば、私も皆と同じように消えた方が良い。
だけど、答えは返ってこない。
今日も日が暮れる。太陽が地平線を灼いている。
そのまま焦がして世界ごと焼き尽くしてしまえばいいのに、と私は思う。
やがて日が完全に落ちたのを見届けて、私は立ち上がり家へと帰る。
残照の中。誰かの声が聞こえた気がした。振り返ったが誰の姿もない。世界は滅びたままだった。
──ああ、とうとう幻聴まで出てきたか。
頭を一つ振って帰る道へと向き直る。
夜は素早く世界を覆い隠し、朝を迎える準備を始めてしまう。
朝になれば、また。──私一人だけの、何一つ変わらない一日が始まってしまう。
家路へ急ぎながら私は祈る。
だから、どうか。
いつか、はやく。
──私も消えてしまえますように。
どうか、どうか。
私が壊れてしまう前に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます