第6話 遠い風景

「私の父親は、名前を出したらお客様もきっとご存じの大企業で社長をやっているんです。毎日のようにテレビでCMの流れる会社です。そこの、俗に言う創業家ですね」

「なんだかますますワケが分からないんだが?」

 戸倉は帰ろうと考えて掴んでいたバッグを席に戻して秋吉に向き直った。秋吉は賑わうボックス席を見て、グラスの水を飲んだ。

「きっとつまらない話ですよ?」

「人を知らずして人相手の仕事は無理だから、俺は人間に興味を持つようにしてるのさ」

 そう笑う戸倉に秋吉は微笑んで話し始めた。

「はじめは気がつきませんでした。自分が他の同世代よりも恵まれていることなんか。でも、小学生くらいになるとなんとなく判るじゃ無いですか?あれ?違うのかな?みたいに」

 戸倉は黙って頷いた。結構鈍い者もいる――同感というわけでは無い。が、話の流れを遮らずに先を聞きたかった。

「送り迎えは専属運転手のクルマでした。友達は仲間と歩いて帰るのに、私を乗せたクルマから私は手を振り、友達から離れていくんです。次に気づいたのは家のことでした。ええ、家屋の。友達と遊ぶ約束をするわけですけど、一度私の家を訪れると、友達はもう次は来なくなるんです。友達の家はすべて、彼らにとって共通な《普通》という括りの中にあるのに、私の家は門から玄関までクルマで三分は掛かりましたから。おやつも家のコックさんがこしらえてくれるんですけど、みんな目の前のそれを見て固まっちゃうんです。食べて欲しいのに、顔を見合わせて」

 語り口は静かなものだった。某かの苛立ちや怒りや、上から目線も無い。遠い記憶が遠い風景と同じなら、それが嵐の記憶、嵐の風景であっても静かに眺めていられるものだというのは戸倉にも判る。

「なんだかんだありましたけど、基本的に私はずっと《良い子》でした。親に逆らうような反抗期って無かったんです。それは《これが当たり前だ》と言うよりも、むしろ仄かに諦めの――なんて言うんでしょうか、仕方ないんだって言うか、そういうのが近いかも知れません。進められる大学にも入り、それほど興味があったわけでも無い経済学を専攻して――みたいな、そんな私が初めて親に逆らったことがありました。想像つきますか?」

 戸倉は首を横に振った。

「就職です」

「だって親御さんは――」

「そうです。社員数万人――凄い企業ですよね。でも、だから嫌だったんです。と言うか、本当は就活が始まった頃から悩んでいたように思います。だって友人たちはみんな本当に苦労していたんですよ。世の中では学生なんか適当に遊んでて、就職時期だけ真面目ぶっている――みたいに言う人もいますよね?あながち外れているとも言いませんが、全面的に当たっているとも思えません。少なくとも私の友人たちは、必死に学んでいましたから」

 秋吉は饒舌に話した。自分のことを初対面の人間に、なぜこんなにも話して聞かせるのかが判らず、戸倉は困惑し始めた。

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