第2話 同僚医師・桑原亜弓

 次の日、戸倉の姿はKAGA総合病院にあった。河西からの紹介なので問題も無く応接室に通された。戸倉は、倫太郎の直属の上司から話を聴こうと考えていた。

「医師は多忙だ。人間関係と言っても、意外なほど希薄で数も限られる。普段近くにいる上司なら、何か見聞きしている可能性も――」

 独り言を言って考えをまとめているとドアが開いた。

「お待たせいたしました」

 声に立ち上がり、向かい合って驚いた。それは白衣を着た女医だった。

「内科第一チームのチーフで桑原と申します。どうぞお掛けください」

 名札には《内科医・桑原亜弓》とある。二人は向き合って座った。

「医長の方からお話は聞き及んでおります。亡くなった――」

 そう言って桑原は一瞬言葉を止め、伏し目がちに言った。

「河西倫太郎さんのことでなにか話が聴きたいとか?私でお役に立ちますか…」

 戸倉はメモの許可を取ると言った。

「お父様である河西清吾さんからの依頼です。亡くなったご子息の仕事場での様子を、どんな細かなことでも良いので知っておきたいという、たっての希望で」

――嘘は言ってない。

 戸倉はまっすぐに亜弓を見つめた。

「私にですか?上司とは言っても形式でしか無くて、ただ同じチームで動いていたというだけなんですよ?」

 どこか抗議の匂いがした。

「それで十分です。時間もありませんので早速で恐縮ですが、倫太郎氏の仲の良かった方というと、誰になりますか?」

 亜弓は瞬間呆けたように口を開けたまま黙った。話すべき事実を探すと言うよりそれは、言い方を探しているといった風に戸倉には見えた。

「みんな――仲自体は良かったと思います」

「その中で特にと言えば?」

 亜弓は首を傾げた。

「よく話していた――というなら、上江田医師か中州医師か……そのあたりかしら」

「そのお二人の性別をお聞かせ願えませんか?」

「両名とも男性ですが……あの、これってなんだか取り調べみたいじゃないですか?」

 言われるだろうと予想していた言葉だ。

「河西先生は細大漏らさずに職場での人間像を捉えたいのだそうです。なにせ、これからという時に大切な一人息子さんを無くされたわけですから」

 亜弓はグッと詰まった。県医師会の重鎮を相手に迂闊なことも言えない。

「あと他の方と言えば誰を思い浮かべますか?看護師さんとかとは如何でしょうか?」

 不快感を隠そうとせずに亜弓は答えた。

「存じませんね。ご遺族の意向も判りますが、個人の話です。見張っていたわけでもありませんし、何処かで誰かと誰かが立ち話をよくしたからと言って、それに特別気づくなどということも――」

「桑原先生はどうですか?」

 亜弓は戸倉を凝視した。今度は答えそのものをどうすべきか思案するように見えた。

「意味が――よく分かりませんが」

「仲はよろしかった?」

「いい加減にしてください!なにが知りたいのか知りませんけど、私と河西医師の間にはおかしなことはなにもありません!」

「いえ、おかしなことは無いかと尋ねたのでは無く、仲良く話すこともあったのかなと」

 亜弓は瞬きもせず、戸倉を睨んだ。

「はい!仲良く話すことはありました!この答えで納得されました?私、忙しいんです。もう行かなきゃ」

 立ち上がった亜弓の背中に戸倉は用意しておいた試薬を投げかけた。

「倫太郎氏はとても心残りだったようです」

 嘘は言っていない。心残りの無い人間などいないのだから。亜弓は驚いた顔で振り返った。

「いろいろと」

 付け足した戸倉に亜弓は小さく頭を下げて出て行った。

 一人になった応接室で戸倉は天井を見た。刑事時代から誰かと相対すると、その人間のどこに嘘があるか探す習慣が身についていた。

「人は意識的であれ自然にであれ嘘をつく。自分が嘘をついていると自分自身気づかないほど上手く」

 亜弓は戸倉と話す間中、右手の薬指を弄っていた。

 小さく吐息を零すと、戸倉も部屋を後にした。

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