第6話 ~翔たち、これから脱出目指すってよ~

「翠!翠!どこ行った!」


 くそ、翠の奴一体どこまで歩いて行ったんだ?ダンジョン内は入り組んでいるから迷子にだけにはなるなと言ったのに……


「お兄ちゃ~ん!」


 翠の声!この曲がり角から聞こえて……


「あ、翠!」


「お兄ちゃん!」


「良かっ――」


 あれ待てよ、なんで俺はダンジョンで翠を探してるんだっけ、思い出せねぇ……頭に靄がかかってて思い出せねぇ。


 そんなことを考えていると、翠の後ろの暗闇からあの1つ目の魔物が現れた。


「!?翠!逃げろ!」


「え、どうしたのお兄ちゃんそんなに慌てて」


「後ろだ!おい逃げろ!」


 バクッ


「あぁああぁああ!」


「うぉっ、ビックリさせんなよ!」


 なんだよコイツ、目が覚めたと思ったらいきなり叫びやがって、周りにまだ魔物がいるかもしれないんだし静かにしててほしいな。


「なぁアンタ彰たち見なかったか?」


 彰たち?あぁさっき喰われてたやつらか……


「あー……それが、魔物たちにやられちまってた」


「くそっ!護れなかった……さっきまで一緒に遊んでたのに」


「それはしょうがねぇよ……でもあの化け物に一回は立ち向かったんだろ?俺だったら真っ先に逃げてたぜ」


「でも……」


「酷な話だがお友達を悔やむ前に、この街から出る方法を考えた方が良いと思う」


「そうだ、この街は今どうなってる?ここはどこだ?」


 そっか、コイツ目覚めたばかりで、今の千葉の状況を知らないんだ。


「ここは、さっきアンタが吹っ飛ばされた先にあったアパートだよ、丁度俺の部屋に突っ込んできたから助けれた。そういえばアンタの能力って再生か?さっきまで頭の上がえぐれてたんだが、今ではもうすっかり無傷だ。あとは……千葉の状況だな、これを見てもらった方が早いと思う」


「再生?お、ニュースか!とりあえず見せてくれ」


 俺はさっきまで見ていたニュースの切り抜きを見せた。


「なん、だよこれ」


「俺も最初は信じられなかったが、周りで起きる衝撃や悲鳴で現実のものだと理解したよ」


 少年はそのニュースを見て、驚きと悲しみを両立した何とも言えない顔になっていた。


「ダンジョン化?なんだそれ」


「あぁ、俺も気になって調べたんだが、ダンジョン外の地域一帯が魔物の魔力に汚染されると、その地域がダンジョンになっちまうっていう現象らしい。過去にアフリカで起きていて小規模のダンジョン地帯化が問題になっていただろ、あれだ」


 俺も薄っぺらい情報網を駆使してネットで調べただけだがな。


「マジかよ……じゃあここにいたらやばいってことか?」


「最初の内は今の状況が続くだけだが、魔物たちはダンジョン内では嗅覚というか、魔力感知が大幅に上がるらしい、だからここ一帯がダンジョン化しちまったら、俺たちみたいに建物に潜伏している奴らは一掃されちまうだろうな」


「そうか、俺たちみたいに潜伏している奴がまだいるってわけか……ってアンタはなんでそんなに詳しいんだ?もしかして」


「いや、俺は探索者じゃねぇよ、ネットを使うのが上手いただのニートだ」


「情報をくれるならありがたいよ、他に知ってる情報はないか?」


 意外と図々しい野郎だな……だけど数時間前からネットが繋がらないんだよな。


「すまんが、これ以上の情報は得られなかった……魔物たちの濃い魔力の影響か、電波に異常が生じてて、数時間前からネットが繋がらなくなっているんだ」


「そうか、無理言ってすまん……ところで他の探索者たちはいつ来るんだろうな」


「え、お前探索者じゃないのか?」


「あぁ~一応覚醒はしているけど、能力は弱いんだ。自己治癒能力を上げるだけだからな」


 さっきのは自己治癒能力とは思えないほどの再生スピードだったがな……そうか覚醒はしているだけということは、まだダンジョンに潜ったことがないんだ。


 そのせいで大きな怪我をまだ負ったことがなくて気付いていないのか。


「……そうだアンタ魔法は?」


 探索者なら多少の魔法が使えるはず……いや厳しいか?


「ごめん、魔法もまだ使いこなせてない、どうにも属性魔力は生み出せるんだが、それを魔力の膜で覆うのが難しいんだ」


 確かにネットで得た情報だが、魔法を扱う奴らはそこで躓くらしいな。


 俺も探索者だったら、この状況を打開できたかもしれねぇってのは思い上がりだろうが、たとえハズレ能力だったとしても2人いればなんとかなったかも……いや俺が探索者でない以上考えても無駄だな、そこら辺は割り切って俺のニート生活で培った、魔物に対しての無駄な知識を役立てた方が良いな。


 やはり、男に生まれた以上魔法の1つや2つは使いたいと思うだろう、俺もその1人だった。


 だが運命は残酷で、一生懸命覚醒者になろうと、少しでも近づこうと発見されてまだ整備もされていないダンジョンに潜ったりもしていたが、いつしか心を折られた。


 それはネットの記事を読んだ時だった、そこには両親とも覚醒していない子供は覚醒することがないということが書かれており、ダンジョンに1人で潜るくらいの強メンタル(今思えばただの蛮勇だが)を打ち砕くにはそれだけで十分だった。


 それからしばらくの間、探索者は諦めて勉学に励んだが志望校はことどとく落ち、惰性で始めた就活もボロボロで、面接の時点で嫌な予感はしていたが、唯一もらった内定の会社はブラックだった。


 そして数年務めたあとに、メンタルが壊れて倒れた成り行きで会社を辞めた。


 それを取り戻すように、最初の数年はネトゲや映画にドラマとハマって行き、ニート生活を続ける内に、最初は「光のメンタル癒えるまで家にいて良いよ」と言った母親も、途中からは「そろそろ仕事を始めたらどう?」と言い出し、それに対してメンタルが治ってないを免罪符に脛を齧り続けた。


 こんな俺でも役に立てるところがあるとしたら、今この状況だろうな……よし!頭回せ俺!受験の時よりも、面接の時よりも頭を回せ!死んだら終わりだ……


「よし、ここから脱出しよう……今ならまだ魔物たちの探知能力が低いし、この環境に慣れていない奴らもいると思う。脱出できるとしたら今だろう」


「でもどうやって?」


「幸いここは住宅街で入り組んでいる、大きい魔物は入ってこれないだろう、そして小さい魔物程度なら俺の短剣を使ってくれ」


 そして俺は、知り合いの冒険者から買い取った短剣を少年に渡した。


 こういうのは魔力が使える奴に渡しといたほうが良いからな。


「助かる、よし脱出しよう」


「その前に、このオーバーフローがどこで起きてるか知ってるか?」


「ここら辺だろ?」


「いやオーバーフローは連鎖するんだよ」


 そうして俺は、このオーバーフロー現象が木更津だけではないことを説明する。


 木更津は最初にオーバーフローが発生した場所で、それは千葉全体に広がっていて、今や千葉上部が完全に魔物たちの巣窟となっている。


 そしてまだ安全なのは千葉の下部、つまりここから下にずっと行けばきっと自衛隊の救助が来るはずだ。


「マジかよ、んなら千葉だけじゃなく東京もやばいってことか?」


「いや、数時間前の情報だが東京ではまだオーバーフローは発生してないと思うし、東京には探索者が沢山いると思うから安心してくれ」


 それにもし東京でそんなこと起きたら、それは東京のみならず日本中がヤバいことになる。


 なんせあそこは日本一大きくて、世界で初めて現れたダンジョンだからな。


「よし、とりあえずの方針はここから千葉の下を目指すってことか……あ、そうだ。俺は翔って言うんだこれからよろしくな」


「おう、頼りにしてるぜ。俺はみつるだ」

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