第1話 ~蒼澄、人間辞めるってよ~
ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピピ
「朝か……」
俺は朝から元気良くおはようと伝えてくる、無邪気な目覚まし時計を鬱陶しく思いながら、伸びと共に手をヘッドボードまで伸ばして、そのままアラームを横着に止めてから、ベッドから勢い良く飛び起き、立ちくらみ特有のフラフラとした足取りで、階段の手すりに掴まりながら1階に下り洗面所へ向かう。
階段を下りてから洗面所まで向かうには、リビングを経由しなければ行けないので、目の前のスライドドアを力任せに開けた。
バンッというドアがスライドし切りその先にぶつかる時の音と共に、おはようの挨拶をしつつリビングに入ると、そこには妹と母ちゃんがいた。
「おはよう翔、あとその音心臓に悪いから勢い良くドアを開けないでね」
「おはよ、朝眠いで力加減できなぁ……勘弁して」
「はよ~お兄ちゃん、相変わらずすっごい寝ぐせだね」
「はよう……起きるとこう……」
「てかお兄ちゃん朝弱すぎ、まともに日本語喋れてないのウケるんだけど!」
「多分まぁ左脳寝てる」
「意味不明なこと言ってないで早く顔洗ってきなさいよ~」
「ふぁ~い」
妹と2人で知能的な会話を交わしたあと、洗面所に行きトイレを済ませ、歯を磨き顔を洗った。
「よし!」
顔に冷水をかけて頭をシャッキリとさせた俺は、そう意味もなく掛け声を上げて気持ちを切り替える。
朝というものはきっと、この気持ちいい瞬間のためだけに存在しているんだと思う。
そのあとタオルで顔や手の水気を吸い取り、朝ご飯を食べるために再度リビングへ向かった。
「朝ご飯できたわよ」
俺が洗面所から出てくるのを待っていたかのように、あらかじめ母ちゃんがセットしてくれた食パンが丁度チンッと焼き終わった。
それを2枚皿に載せて、冷蔵庫からマーガリンを、食器棚からバターナイフを取り、リビングの中央にある腰あたりの高さの机に着き、そしてマーガリンをパンの表面を塗り潰すようたっぷりと塗り込み「いただきます」それに思いっ切り
その瞬間口腔内に、溶けたマーガリンがヒタヒタに染みたもっちりとした生地と、科学的な甘味が押し寄せ、鼻腔内に充満する甘い香りは、俺の脳をこれでもかと刺激する。
実際マーガリンは健康面に対し、なにかと言われているらしいが、俺のこの食に関して経験不足な脳みそは、それを世界で一番甘いものだと認識する。
そして2枚目も軽々と平らげ「ごちそうさま」口の端についたバターをティッシュで拭き取り、流し台に皿を置き、パンくずと垂れたマーガリンを水で流したあと、後片付けを完了させた。
「ふぅ……やはり朝食はパン一択だな」
「お兄ちゃんの場合パンというより、マーガリンがメインな気がするけど……」
「ふぅ……やはり朝食はマーガリン一択だな」
「やっぱ止めて言い直さなくて良いから、お兄ちゃん今文面だけで見たらめっちゃデブだよ!」
「おいおい妹よ、この世にはマーガリンを主食にしている部族がいるかもしれないだろ?その人たちに失礼だとは思わんのかね?」
「そんな部族きっといないから!そんな教授みたいな口調でしゃべっても説得力は上がらないからね!」
妹と半ば口論に発展した第3次マーガリン戦争は、軍神カア・チャンの一言によって終わりを迎えた。
「あんたたちそろそろ学校の支度しないと遅れちゃうわよ」
「やば、もうこんな時間なの!?お兄ちゃんと話してる場合じゃないじゃん!」
リビングの壁に掛けてある時計を確認すると時針は7時30分を示していた。
俺の家から学校までは徒歩10分で、1限目が始まるのが8時30分という時間の配分なので、別にまだ猶予はあるのだが、妹の焦りに連動した俺の心が、支度をしなきゃという使命感を感じさせてくる。
仕方なくテレビを観るのを止め、自室のある2階へと向かった。
そして学校に行く支度を終えてリビングに戻ると丁度良い時間になっていた。
だが、いつもならギリギリまでリビングで髪を
おかしいなと思いながら本日の犬っころという番組を観て爆笑していると、母ちゃんが話しかけてきた。
「
「え~めんどくさい……今テレビ面白いところだし」
「私もめんどごほ、洗濯物とかやらないといけないから、見に行ってきてお願い」
「今めんどくさいって言いかけたよね?」
「いやぁなんのことかしら、とにかく行ってきて!」
母ちゃんに押し切られ、妹の部屋に様子を見に行くことにした俺は、不服に思いながら階段を上った。
「めんどのあとに続く言葉は絶対にくさいだけなのよ……っと翠~起きてるか~?」
妹の部屋のドアをノックしても返事が返ってこず、こりゃ寝てるなと思いドアノブを捻り部屋に入る。
案の定そこには布団をかぶりスヤスヤと眠る妹の姿があり仰天、まぁよくあることだが、パジャマ姿のままで全く努力をした形跡が見られないのが少しイラつくポイントである。
「おい!起きろ!」
「はぇ!?わ、私寝てた!?」
「ばっちり、もうスヤスヤよスヤスヤ」
「今何時!?」
そう聞かれたから部屋の壁に掛けてある時計を指さすと、ピャ!と素っ頓狂な声を上げて急いで支度をし始める妹を横目に、先にリビングに行くからもう寝るなよなと伝え部屋から出た。
これでまた寝てたら自業自得としてマジ置いてったるかんな。
ぶっちゃけ1人で学校に行ってもいいが、俺の妹は重度の方向音痴だから、俺がついてないとフラフラ~と、学校とは真逆の方向に歩いて行ってしまうのだから仕方ない。
どれだけ方向音痴かというと、近所を散歩するだけなのに地図を見ないと家に帰って来れない程度だ。
地図は読めるのに方向音痴ってのはよくわからないが、本人は至って真面目だから心配になってくる。
「ごめ~んお兄ちゃん」
「遅い!行くぞ!」
「「いってきまーす」」
「いってらっしゃい!」
俺たちは元気よく母ちゃんにいってきますの挨拶をして家を出る。
そして、家から出て早々妹がどこかに行こうとしていたので、誘導する。
「いや~いつもありがとうね~」
「近所のおばさんかい、てかそろそろ近所くらい1人で歩けるようになれよ」
「誰が近所のおばさんじゃい、だってしょうがないじゃん道覚えらんないんだもん」
「語尾を可愛くすればいいってもんじゃないのよ」
「だもん」
「うるさい」
「だもんだもんだもん!」
「うるさい!」
「だもんだもんだもんだもんだもん!!」
「それはもう俺がついて行かなくてもいいということか?」
「ごめんごめんごめん!本当に感謝してるから!」
「本当か?なら帰りにコンビニで漫画買って」
「願いが小学生なんだよね」
「あ!今バカにしたな!もういい怒ったもんね~先行ってるから。バイバイ!」
「ちょっともうダルいって~」
俺はいつものように悪ふざけで、妹の方を見ながら走り出した。
いつもなら数歩走ってすぐに妹のところへ戻る手筈だったが、俺は気づかなった……既に車道に飛び出していることに―――
「追いついてみ――」
次の瞬間俺は空を飛んでいた。
「え、お兄ちゃん?」
突然のことで困惑した妹の声が聞こえた気がする。
そして気ついたらおれはベッドの上で、横には看護婦がいた。
「蒼澄さ――た!大丈―――?わかりま―――」
「私――呼ん――」
一瞬状況が飲み込めず、自分がどこにいるのかわからなかったが、器具や周りの人の服装を見てなんとなく病院なんだなと察知した。
次に目が覚める前の記憶を呼び起こす。
確か、妹がウザくて……ふざけたんだっけか、我ながら事故の仕方が滑稽すぎる。
事故のことを思い出して少し状況を整理できたので、次は身体の方に目を向けた。
結構ブッ飛んだと思うからな、足とかは骨折してそうか?あとアニメみたいにアバラが何本逝ったか確かめねぇと……あれ、どこもなんともないぞ?もしかして俺無傷?通りで痛くないと思ったよ。
「蒼澄さん大丈夫ですか?」
ここでやっと周りの声や音が鮮明に聞こえ始めた。
「は、は……い」
声が全然出ねぇ……もしかして俺が寝てたのって1日2日どころじゃない?無傷だと思ってるのもただ時間が経って完治しただけとか?
え?それだったらヤバくね?何年経ってんだこれ……
「う……すいません、俺……ぉのくらい寝てました?」
「1週間ほどだね」
1週間?しょっぼ!心配して損したわ!通りで俺の身体痩せてないと思った。
良かったぁ、俺の大切な
「今ご家族の方呼ぶから、ちょっと待っててくださいね」
そういうと白衣に身を包んだ先生が俺の病室から出て行った。
少しの静寂のあと俺は深いため息をついた。
声が出にくかった時はすげぇビビって、ぶっちゃけ冷や汗ダラダラだったけど、たった1週間程度だったんだな……てか車に撥ねられてよく無傷だったな。
!
そこから1時間くらい時間が経過しただろうか、そろそろベッドに寝っ転がってるのも暇になってきたので、病室を抜け出してやろうかと企んでいると、病室のドアが勢いよく開き妹と母ちゃんが入って来た。
「お兄ちゃん!良かった無事で!」
「お、ぃもうとよ」
「おいも?」
「いゃ、声が出しに……くいんだ」
俺の声を聞いて安心したのか、妹は泣き出してしまった。
妹の泣き顔なんて何年ぶりだろうか、まぁ身内が事故ったらそりゃこんな反応にもなるよな。
俺も妹が事故って1週間も寝たきりだったら、こんくらいの反応になると思うしな。
横にいる母ちゃんも少し涙ぐんでるし、なんかこっちまで泣けてくるな。
1週間、そうか1週間か……俺からしたら一瞬だったけど、周りからしたらしっかり1週間過ごしたんだよな……そりゃあ心配も募るだろうな。
「んなに、泣いてんだよ……無傷、だったろうが」
「違うの、お兄ちゃんが運ばれた時には血もたくさん出てたし、救急隊の人たちもこれは助からないかもなって……そう言っててお兄ちゃん瀕死だったんだよ」
「は?どういうことだよ、俺が……瀕死?んなら、なんで1週間程度で……完治してるんだ?」
「それについては病院の先生の方が詳しいと思うから、一緒に話を聞きましょうか」
母ちゃんがそういって先生の方に目配せをすると、先生が話し始めた。
「まず蒼澄さんのことを説明するにはSMPSについて話さないといけない」
そう最初に一言言ってから先生は話し始めた。
話が長かったから要約するに、俺はあの探索者になったのだ。
SMPSとは、突発性魔力症候群の英略でこの世界にダンジョンが現れた時、なんやかんやあってダンジョンから漏れ出た魔力に当てられた人が発症するアレルギー性の疾患らしく、それに罹った人はさまざまな変化が身体に現れるが、ほとんどの場合はDNAが変化して魔力を扱えるようになったりするだけで、個人差として筋力や知能などが強化された者たちの総称である。
そしてそれらの大抵は、ダンジョンを探索したりして生計を立てていて、中にはダンジョンを攻略する配信をする人がいて、俺は一時期ダンジョンに憧れていたのだ。
話を戻すが俺はそれに覚醒し、車に撥ねられた時の衝撃で探索者になり、魔力などのおかげで、たった1週間寝ただけで身体の傷が完治したんだと、俺みたいに事故の衝撃で覚醒するのは珍しく、大抵は魔力に対してアレルギー反応を持っている人が、魔力の許容範囲を通り越してなるのが普通なのだと言う。
ここまで聞いた時俺は間抜けにも「ま、マジですか……」と呟くしかなかったのだった。
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