4. 三枝和子『乱反射』(1973年10月)より


 一瞬、彼は息を呑む。部屋が、がらんどうである。何もないのだ。八畳ばかりの四角い空間が、白っぽい光を充満させているだけだ。ドアのすぐ右手に流し台。これはそのままだが、食器も台所用品も、きれいに拭い去られている。むろん食卓もない。ベッドもない。台所とベッドのあいだを仕切っていたカーテンも取り払われている。ただ、部屋の隅には電話が置かれたままだ。電話が黒い生きもののように、不気味にうずくまっている。

(250ページ)

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