第36話 天下に道布く

 喧嘩をするのに、理由など必要なかった。あえて理由があるとしたら、そういう祭りだからである。


「全軍、東へ舵を取れ」


 アカネがいつになく尊大な態度で指揮を執ると、駕籠屋の山車がゆっくりと旋回して向きを変える。

 今回、左右にそれぞれ三両ずつ、合計六両の陸舟車を繋げている。その繋いだ陸舟車の上に、高さ二十尺(6メートル)の天守を乗せて、強引に動かすのだ。

 左の三人が一斉に踏み板を回すと、車体はゆっくり右へと舵を向ける。雪の日に備えて作った雪舟車と同じ理屈だ。天守閣が不気味に揺れて、その影を町に落とす。


「今日は祭りも二日目だ。全員を蹴散らすぞ。全て討ち滅ぼせ!」

「おおおおおおおお」


 アカネの合図で、全員の陸舟車が前へと進む。アカネも天守から飛び降りて、前方に備えられた一両の陸舟車に乗り込んだ。

 この一両は、他の六両と違って普段は地面から少し浮いている。アカネが飛び乗ることで、その重さを利用して地面に下ろされるのだ。

 舵を切るときは邪魔になるため、あえて浮かせる。そして突撃するときは、馬力を上げるために地面に下ろす。そういう設計だ。


「ふざけんな駕籠屋ぁ!」

「上等だ。俺たちが真っ先に、お前らを蹴散らしてやるぁ!」


 前方から来るのは、二台の山車だ。いずれも十五尺(4.5メートル)ほどの高さを持つ、車輪のない山車である。

 ちなみに、片方は大通りの商売屋が連合を組んだようだ。もう片方は城下の長屋組のもの。いずれも普段はとても仲良しで、互いに懇意にしている関係である。祭り限定で敵になる。


「そのまま前進!」


 相手の山車は、いずれも肩に担ぐ形だ。なので勢いのままに空中へと放り投げることが出来る。二台の山車はどちらも、アカネたちの山車に向けて勢いのまま放り投げられた。

 対するアカネたちの山車は、車輪で移動するため投げることが出来ない。このまま直進して突っ込むしかないのだ。


「はぁあああああああ!」


 ごう、ごう、ごう。


 互いの山車がぶつかり合ったとき、敵の長屋組合が木っ端みじんに吹き飛んだ。その持ち手が、アカネの顔にめがけて突き刺さろうとする。


「ぐっ!」


 首だけを横に曲げて、それを交わす。先ほどまでアカネの首があったところを通過した持ち手は、そのまま山車へと突き刺さった。壊れた山車の持ち手を、アカネは真っ直ぐ引き抜いて地面へ捨てる。


「面白いじゃないか。行け! 望み通り潰せ」


 アカネが言うのが早いか、相手の大通り連合が立て直すのが早いか、互いの山車は横面をぶつけ合う形になる。


「相手は陸舟車だ。転覆させてやれ」

「今こそ米問屋の意地を見せろ」

「俺たち染物屋もいるぞ。駕籠屋だけが怪力じゃないと教えてやれ」


 がっさ、がっさ、がっさ。


 三度ぶつかる間に、アカネたちの山車からシャチホコが落ちる。アカネが丹精込めて餅をこねて作った飾りで、兄貴や久平次から『これは立派な鮒だな』と馬鹿にされた思い出の品だ。


「撫で斬りだ。右舷は後退。左舷は全速前進しろ」


 アカネの指示通り、右側が後退。左側が前進。するとアカネたちの山車は、右へと急に向きを変える。アカネは方向を転換するため、陸舟車から山車の中央へと飛び移る。


 ががん、がががん、がががんががん。


 こすれ合う二つの山車。そのうち大通り連合の山車が大きく削れ出した。彼らが掲げた大入道の鼻っ柱が、根元から折れ曲がる。


「アキアカネの嬢ちゃん。今日は容赦しねぇぞ」

「是非も無し、ってか。行くぜ米屋の旦那」


 再び陸舟車に乗ったアカネが、米屋の旦那と両手を合わせた。これではただの押し比べだ。


「ぜりゃあ!」


 アカネが米屋を押し倒し、その勢いのまま大通り連合の山車へと直進する。踏みつぶされる形となった大通り連合の担ぎ手は、山車を放棄して千々に逃げ出した。

 担ぎ手を失った大入道の山車はひっくり返り、近くの茶屋を襲う。




「直惟様。失礼つかまつる」

「何っ。久平次、貴様いったい何を――」


 高みの見物のつもりだったが、近づきすぎれば危険なことに変わりはない。

 直惟の持っている湯飲みを叩き落とした久平次は、そのまま彼を押し倒した。そこに先ほどの大通り連合の山車が降ってくる。茶屋の縁側など木っ端みじんだ。


「ど、どういうことだ久平次」

「おそらくあの大通り連合の山車、見た目よりも重いのでしょう。米俵に使う藁を束ね、水で湿らすことで目方を増やしている」

「なら、その山車がなぜ押し負けるのだ?」

「アカネたちの山車は、それ以上の重さと大きさを誇ります。詳しくは秘密でござるが、陸舟車でないと運べないほどの重さを乗せました」

「なぜその秘密を久平次が知っておるのだ」

「あ……」

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