第21話 変速機
歯車が外れたら、蹴り飛ばして入れ直せばいい。そしてそれが出来るなら、歯車を蹴り飛ばしてわざと外し、あらかじめ用意していた別な歯車を蹴り飛ばして入れ直すこともできるはずだ。
「というわけで、こんなものを作ってみたぞ」
久平次が作ったのは、中間の歯車をふたつ用意し、後輪の歯車もふたつに増やしたものだった。軸そのものは増えていないので、同じところに歯車が二組ある形だ。
それぞれ大きさは違うが、お互いに噛み合うように作られている。また、同じ軸につけられた歯車同士の間隔は、あえてちぐはぐになっている。二組あるうちの片方が噛み合っている間は、もう一組の歯車が外れることになる仕掛けだ。
「この歯車を横から蹴って、好きな時に片方を外し、もう片方をはめ込むのだ。そうすれば歯車の比率を自由に変えられる」
「なるほど。でも、踏み板を回しながら蹴るのは難しくないか?」
「だと思って、蹴る時のための足場も用意した。簡易的な板だが、これに片足を乗せながら、もう片方の足で歯車を蹴るわけだ」
ちなみに久平次いわく、下駄を使って蹴れば脚は怪我をしないとのことだ。少し危険な気もするが、慣れればどうということはないだろう。
「面白いことを考えるもんだな」
「ちょうど試作で使った歯車も余っていたのでな。無駄にならずに済んでよかった。もし実用化できるようなら、段数をさらに増やすこともできるぞ」
「例えば?」
「踏み板から中間までを三段階にして、中間から後輪までを七段階にすると、三七が二十一だから、合計で二十一段の切り替えが可能になる」
「待ってくれ。それは頭がついていかないぜ」
「はっはっはっは。冗談だ。しかしこの二段くらいならアカネでも使いこなせるだろう。ぜひ受け取ってくれ」
じつは久平次が新しく陸舟車を作るたびに、アカネは前の陸舟車を久平次に返している。何台も貰っても置き場に困るからだ。
そして、アカネが前に乗っていた陸舟車は、競りにかけられて誰かの元へと行くことになっていた。久平次の財布の足しになるのはもちろん、町に陸舟車が増えれば嬉しい事この上ない。
新型の陸舟車を扱いながら、アカネは思う。
(これは変速の仕方に癖があるなぁ。でも使いこなせば確実に使いやすい)
まず気づいたのは、漕ぎだしを軽い歯車で進めた方が楽だということ。そうやって勢いがついてきたら、重い歯車に切り替えるのだ。
十分な勢いがついたら、踏み板から下駄を外して、足乗せ台へと左足を移す。そちらに体重をかけながら、右足で歯車を蹴り飛ばすのだ。この時、本体は勢いだけで前へと進み続けている。
(よし、感覚を掴んできた)
空回りし続ける踏み板に、再び足を戻す。これが何気に一番難しいのだが、成功すれば楽に速度を上げられる。
(陸から水への切り替えも、上り坂から下り坂への切り替えも、これなら便利だな。二十一段と言わなくても、もう三段ほど増やして五段……いや、前が二段の後ろが三段、合計六段を用意してもらってもいいか)
ちゃっかりしたものだ。
ちなみに、止まるときは踏み板を逆に回すようにして、力づくで後輪を止めればいいのだが、この時も歯車を軽い方にしておけば楽に停止できる。
この加速と持久力の強化は、アカネの工夫も相まって、城下を越えて多くの土地へ広まった。
「で、駕籠と陸舟車なら、どっちが早いんだい?」
「近場なら駕籠で、遠くなら陸舟車って聞いたことがあるよ」
「陸舟車ってのは、乗り手が一人なんだろ。何人も必要な駕籠より、少し安くならないのかい?」
「そこは負からないみたいだね」
「船にもなるんだろ。陸を進む船ってのが売りだったのに、それを水の上に戻すなんて、なんだかなぁ」
「なんでも、船としても速いそうだ」
「乗れる人が数人しかいないから、なかなか捕まらないって聞いたよ」
「そう聞くと、逆に乗ってみたくなるな」
などなど、広く多くの噂が立つようになり、アカネの仕事も繁盛した。いつしか駕籠屋でも人気となり、アカネが男衆に乗り方を教えるまでになっていた。
久平次が思い描いた、陸舟車を城下に普及させる計画。それは着実に、現実のものとなりつつあった。
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