第5話 からくり門弥

 庄右衛門の家に厄介になり始めて、もう三日目になる。初日はここに辿り着くだけで精いっぱい。二日目には門弥に会うことができたが、船など知らないと言ってきた。明らかに何かを知っているふうな口ぶりだったが、しつこく聞けば叱られてしまうだろう。

 三日目には、もう別な手段を考えていた。門弥本人から聞き出すのではない。近くの住民から聞き出すのだ。

 しかし……


(うまくいかぬ、な)


 周辺の住民は、幸いにも陸の船を知っていた。誰もが口をそろえて「見たことがある」と言ってくれるのだ。しかし詳しい構造や操作方法まで知っている人間はあまりおらず、口々に『あれは不可思議だ』とだけ述べる。

 実際に作ってみたいと思っていた久平次にとって、不可思議だの摩訶不思議だのと言われても何の収穫もない。

 ちなみに、わりと詳しいのが子供たちだ。


「あれね。踏むとぐるんってなるの」

「足が痛くなるんだよ」


 などと、乗ったことがある人でないと証言できないことを教えてくれる。問題は、


「足でどこを踏むのだ?」

「うーん? 中のとこ」

「中身はどうなっている?」

「えーと、足で踏むところがある」

「踏むとなぜ進むのだ?」

「踏むから」


 と、最後にはこれでくくられる。


(いかん。このままだと、船に穴が開いていて、そこから足を出して担ぐ『おふねごっこ』しか思い浮かばん。いや、それでも面白いのだが、しかし……)


 発明と呼ぶにはいささか問題だろう。

 それをアカネに見せびらかしたとして、『なんだこれ? 童の遊びかよ』と一蹴されれば我が身の恥。『おお、すげぇぜ。アタイ、船で地面を走ってるー』などと喜ばれたら、それはアカネの恥だ。

 ……後者の可能性を捨てきれないのが、また何とも恐ろしい。船底からあの長い脚をにょきっと出して、ぱたぱたとご機嫌よく城下を走る姿が思い浮かぶ。






「いや、まあアカネが喜ぶならいいのか?」


 夕飯時、久平次はぼそっとそんなことを口走った。一緒に粥を食っていた庄右衛門が、長い眉毛をぴくりと動かす。


「あかね?」

「ああ、いや。知り合いです。地を進む船の話をしたところ、食いついてきまして」

「そうかそうか。で、そのアカネとは何者なのじゃ?」

「はい。女ですが、駕籠者をしている子です。まだ若いのに、本当に駕籠が好きなようで……」

「その駕籠の代わりに、船を?」

「いえ。地を進む船を見たいというのは、拙者の勝手な望みです。アカネには『もし作れたら見せてやる』と約束しただけです」

「ほう……」


 庄右衛門は、久平次の作った粥をもそもそと食い続ける。ここまで柔らかいと、食うというより飲むに近いかもしれない。歯のない庄右衛門の希望に沿うよう、久平次が時間を惜しまず煮た粥だ。


「おぬしはなぜ、そこまで地を這う船にこだわる?」

「面白そうだから、です」

「面白そう?」

「はい。からくりが、好きでして……」


 久平次は、昼間の子供たちを思い出した。詳しい理屈は解らなくとも、子供たちがその船について語るとき、笑顔だったことを思い出す。


「からくりは、誰かを笑顔にします。便利なら便利なりに、面白いなら面白いなりに、くだらないなら……くだらないなりに、です」

「くだらん発明にも、興味がある、か」

「はい。くだらなくて笑えるなら、それは立派な発明なのです」


 それを聞いた庄右衛門は、すっくと立ちあがった。


「ど、どうされました?」

「散歩じゃ。付き合え」




 散歩と言いつつ、案内されたのは奥の部屋だった。この家に泊まるとき、『使ってないから好きに使え』と言われていた部屋だ。もうすっかりなじみの部屋になってしまった。


「ここで、何を?」


 戸惑う久平次をよそに、庄右衛門は床を探る。

 その床板の一枚が、少しだけ横にずれて、手に押されるまま沈んだ。


「え?」

「床に仕掛けがあるんじゃ。そっちにも同じものがある。探せ」

「は、はい」


 庄右衛門の放つ気配は、さきほどまでの耄碌した老人のものではない。もっと恐ろしい……いや、


(恐ろしさは感じない。武士のような殺気ではなく、一部の商人が見せる商売っ気でもない。これは――)


 頭で考えながら、床を探る。たいした間を置かず、同じ仕掛けを見つけた。


「ありました」

「それが取っ手だ。押したら奥の板を掴め」

「え?」

「床板を剥がすように持ち上げるんじゃ。いくぞ。そいやっ」


 床板の一部が……いや、ほぼ全部と言っていい面積が、ふたを開けるように持ち上がる。隠し倉庫だ。

 年貢をごまかすための米でも入っているのかと思ったが、そこにあったのは、一人乗りの船のようなもの。


「まさか……」

「お前さん、これを見たくて来たんじゃろ。夜の散歩じゃ。これに乗って散歩しよう」

「庄右衛門さん、あなた、何者なんですか?」


 今さらの問いかけに、庄右衛門はふんと鼻を鳴らした。


「お前さんが訪ねた『庄田しょうだ 門弥もんや』という人物は、ワシらの一族が代々受け継ぐ名前じゃ。ここらの組頭がそう名乗るのじゃよ」


 すっと立ち上がった庄右衛門は、背筋を伸ばし、眉毛を上に撫でつける。その目が、闇の中でギラっと光る。


「ワシはもう家督と共に、その名を息子に譲ったけどな」

「ま、まさか……あなたが」

「そうじゃよ。ワシこそ、この陸舟車りくしゅうしゃの開発者――」


 その低い声に、久平次も息をのむ。



「先代・庄なの


「……」

「――こほん。ワシこそ発明家、先代・庄田門弥なのじゃ」

「あーあ、格好よかったのに」

「年を取ると呂律が回らんのじゃよ。あー、恥ずかしい……」


 とはいえ、ついに見つけたのである。陸を進む船と、その開発者を。

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