第6話 私の”モノ”
悠斗と私は子供の頃からの幼馴染だった。
中学までは同じ学校に通い、毎日の様に遊んでいた。
その時の私は、きっといつか悠斗と結婚する事になるのだろうと漠然と思っていた。
きっと悠斗もそう思っていたんじゃないかって思ってる。多分、自惚れではないと思う。……そうだといいな。
そんな私たちの関係に変化が訪れたのは悠斗とは違う高校に通うことになった時からだ。
その頃から当たり前にあった悠斗との時間がどんどんと減っていった。
それでも仲が悪くなる事はなかったし、悠斗のクラスメイトと一緒に遊ぶ事だってあった。
……その中にあの女がいた。
女の名前は朝比奈陽香。
悠斗の一つ上の学年で、私の恋敵だ。
太陽のように明るい人で、根暗な私では何一つ勝てるとは思えなかった。
「俺、朝比奈さんと付き合うことになった」
一年後に悠斗から聞いたその台詞は、ある意味では予想通りだった。
ショックも大きかったし、心底悲しかったけれど、それでも悠斗が幸せそうに笑うその姿は私を嬉しくさせた。
それから更に一年と少し、私たちは単なる幼馴染として過ごしていた。
大学に入ってからは悠斗がうちの喫茶店で働く事になったので上司と部下でもあったけど、そんなものは形式上でしかない。
悠斗と働く時間が増えたのは嬉しかったけれど、たまに朝比奈さんがやってきて二人で楽しそうにしている姿を見せつけられるのはすごく辛かった。
そして、そんな日常も長くは続かなかった。
「ステージ4、全身転移で肝臓や肺なんかにも行ってるらしい……」
悠斗が苦悶の表情を浮かべながらそう伝えてきた。
どうやら、朝比奈さんは末期の癌らしい。
「……どれくらいもつの?」
「年内はなんとかなる、けど……」
悠斗が涙で顔を歪ませる。
悠斗がこんなに泣くところを見るのは子供の頃以来だった。
「そう……。取り敢えず、出来るだけたくさん傍にいてあげなさい? バイトの時間とかはお父さんに相談して融通を聞かせるわ」
「……ありがとう」
朝比奈さんとの付き合いも短くは無かった。
何度も一緒に遊んだし、時にはお互いの相談に乗ったりしていた。
多分、私たちはかなり仲のいい友達だったと思う。
それでもこの時の私はこの事を好機だと、そう思っていた。
もう手に入らないと思っていた悠斗が自分のものになるかもしれない、そんな浅ましい欲望が私の頭を支配していた。
悠斗にとって朝比奈さんがどれだけ大きな存在なのか、そんなこと考えもしていなかった……。
*
朝比奈さんが亡くなって五ヶ月が経った。
悠斗はまだ彼女の死を受け入れていない。
「お邪魔します」
合鍵を使って悠斗の部屋に入る。
朝比奈さんが亡くなってからは私が悠斗の身の回りの世話をしている。
ご飯を食べさせたり、掃除をしたり、買い出しもしてる。
悠斗の為に尽くすそんな毎日がたまらなく幸せだった。
それに、別に無償でやっているわけではない。対価は毎日の様にもらっている。
部屋の電気をつけると、いつものように部屋の隅で座っている悠斗を見つけた。
髪もぼさぼさで伸びっぱなし。虚ろな目はどこを見ているのかすらわからない。
それでも、今の悠斗は誰のものでもない。
たったそれだけで私を興奮させるには十分すぎた。
私は悠斗に近づくと後ろから抱きしめ、首元の匂いを嗅ぐ。
汗の匂いが私の肺を満たす。暫く悠斗の匂いを堪能した後は、そのまま首元に吸い付くようにキスをする。
悠斗の首に私の“モノ”だと言う印が出来る。
次はどうしよう、キス?それとも、耳を舐めてみようかしら?
私の中にもっと、もっと色々なことをしたいと欲望が溢れてくる。
「……奏、痛いよ」
悠斗の声が私を正気に戻す。
「ごめんね、辛かった?」
やってしまった……。
私はなんて馬鹿なんだろう、欲望に負けて悠斗を傷つけたかもしれない……!
「辛くはないよ」
よかった、本当に良かった……。
安心すると、また欲望がわいてくる。
こんなにも密着してしまってるからかもしれない。
「ねえ悠斗、続きをしましょう?」
自分でもわかるくらい、声に熱がこもる。
「駄目だよ奏、そういうのは好きな人とやる物だ」
悠斗が優しい声で私に注意する。
そんな優しさや、未だに私の気持ちに気づかない鈍さが私を更に深みにはめていく。
「私はあなたが好き、大好きなの……! あなたが朝比奈さんと付き合ってる時も、その前だって、ずっとずっと好きだった! 今だって、私はあなたを愛しているわ!」
私の狂おしい程の愛情をぶつける。
思い返せば、悠斗にこの気持ちをぶつけるのは初めてのことだった。
後ろ姿しか見えないけれど、悠斗が驚いているのが伝わってくる。
そして、悠斗が首を振る。
「奏の気持ちは嬉しいよ、けどごめん、受け入れられない」
「どうして……? 私じゃダメ? 何だってするわ、貴方のためなら私の全てを捧げられる……!」
いやだいやだいやだ!悠斗と幸せになりたい!
私は縋りつくような声を上げる。
「俺はもうどうしようもない程狂ってるんだ。俺と付き合えば奏は間違いなく不幸になる」
「……どういうこと?」
悠斗が一瞬躊躇う様に押し黙る。
「……俺には朝比奈さんが見えてるんだよ。今もすぐ隣でずっと微笑んでる」
「それって、幽霊とかそういう?」
悠斗が首を振る。
「多分違う。これはきっと俺の妄想だよ。最初は偶にしか見えなかった、けど今はずっと見え続けてる。……きっとこれからどんどん俺はおかしくなっていくよ。もしかしたらいつか、本当に朝比奈さんが生きているって思いこむときが来るかもしれない。だから駄目なんだ、狂った俺は奏と付き合うべきじゃない」
今までずっとため込んでいたものを吐き出すように一息でまくし立てる。
けれど、私の気持ちは全く変わらなかった。
「例えあなたがどれだけ狂ったとしても、私はあなたを愛してる」
そう言って、私はもう一度悠斗を抱きしめる。
その言葉を聞いた悠斗が、私の手を取って涙を流す。
こうして、私は漸く悠斗に受け入れられた。
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