Track6 焚き火と吐露

 遠くからうっすらとフォークダンスの陽気な楽曲が聞こえる。


 真正面からはパチ、パチという焚き火の音。


「……ま、キャンプファイヤーなんて言っても焚き火、なんだけどね。旧校舎近くの、誰もいないくらがりに二人きり……」


 七生、おかしそうに笑う。


「ふふ。なにか間違いが起きてしまってもおかしくないシチュエーションね。ドキドキしちゃう」


「そんなに不安そうな顔しなくてもわかってるわ。冗談、冗談だから。……でも、ドキドキしてるのはほんと。お祭りの高揚感がまだ身体の芯にまとわりついて離れてくれないみたい」


 七生、ふうと息を吐く。


「焚き火って不思議よね……見てるとなんだか心が安らぐ……」


「火が人類の文明と切っても切り離せないモノであるってことは言うまでもないことだけれど……ただ実用性があるだけでなく癒しまで与えてくれるんだから、プロメテウスは良い仕事したものだわ」


「知ってる? ギリシャ神話の神、プロメテウス。そう、人類に火をもたらした神様。まあそのせいで人間は戦争を起こすようになったとも言われているんだけど…………でも、やっぱり人の営みには火は欠かせないものだし、私はプロメテウスに感謝したいわね……」


 七生、しばらく黙る。

 七生の吐息と焚き火の音が聞こえる。


「さっきの神話にもある通り、炎って苛烈な面がピックアップされがちだけど、こうして眺めてる分にはとても癒されるわよね……ゆら、ゆらと揺らぐ炎、ぱち、ぱちという薪の爆ぜる音、薪の燃えるにおい、そしてこの、ちょうどいい温かさ…………なんだかとっても心地良くて」


「あなたも、そう思う? ふふ、なら良かった」


「……焚き火の炎に人が癒されるのはね、炎が1/fゆらぎってものを持っているからなんですって。……電車の揺れとか、心臓の鼓動とか、小川のせせらぎとか……色んなところに1/fゆらぎはある。……そして、どうも人間の身体のリズムにとてもマッチしてるらしいのよね、この1/fゆらぎってやつが」


「癒し効果は科学的にも証明されていて……でも、幽霊まで癒されるかどうかは、誰にも証明できていないの。当然ね。現代の科学では幽霊を捉えられないのだから」


「…………だから、いま、あなたがこうして癒されていることは、なんてことのないようで、世紀の大発見かもしれないの」


「こういう、なんてのことない時間が、実は世界を揺るがすような大事件かもしれない……そんな浮ついた気分になるのも、炎のせいかもね」


 しばらく、七生の吐息と焚き火の音が聞こえる。


「……そういえば、火は宗教的にも重要な存在よね。たとえば神道——神社だと、お焚き上げなんかが分かりやすいかしら。古くなったお守りとかお札とかを神社に納めて燃やしてもらうやつね」


「あとは、お寺なら御護摩——護摩焚きとかあるわね。護摩木って呼ばれる特別な薪をくべることで、煩悩を焼いてもらって清らかな心になれるのだとか」


 薪木の小さく爆ぜる音。


「……火と宗教、という話をするならやっぱりゾロアスター教は外せないわね。拝火教とも呼ばれる宗教でね、善神アフラ・マズダの象徴を彫像でも絵画でもなく聖なる火としているの。神殿では常に聖なる火が燃え続けており、火に向かって礼拝を行うのだとか」


「……おっと。ごめんなさい、こんな時にする話じゃあなかったわね」


「え? 詳しいって? まあ、オカルト、神秘学というのはどうやっても宗教や神話と切り離しがたいところがあるからね。霊能者の家系なんてやってると、どうしてもそっち方面の知識は入ってくるのよ」


「……真面目に信仰している人達からすると、私達みたいな胡乱な存在は目障りかもしれないけれどね」


「霊能力者っていうのは、ざっくり霊的な問題を解決するのが仕事、というわけなんだけど……霊の起こす現象と対峙するにはなんらかのロジックが必要になるのよ」


「たとえば、霊は聖水に弱いとか、霊は未練があるから現世に縛られるとか……そういうロジックの参考になるのが、宗教的なモノの捉え方というわけね」


「……お父さんが言うには、もし最強の霊能力者なんてものがいるとするなら、それは自分の価値観をその場その場で自在に変えることができる人格破綻者か、自分の価値観こそが全てだと言って憚らない世界一自己愛の強い人間だろう……って言っていたわ」


 七生、しばらく沈黙。

 七生の呼吸音が聞こえる。


 薪の燃える音。


「……実はね、私、霊能力者としてはけっこうな落ちこぼれなの。ロジックの使い方は中途半端だし、自分の価値観こそが全て、絶対的に正しい——だなんて天変地異が起きたとしても思えない。私は誰かの幸せが好きで、誰かのために頑張る私が好き」


「だから…………だから私、最近は自分のことが好きじゃなかったの」


「どうしてって? 皆のために頑張っていたって? あなたにそう思ってもらえていたなら、私の演技力も大したものね」


 七生、近付いてくる。


 囁き声で告げる。


「実はね、私…………お父さんを、見返したかっただけなの」


「あなたを成仏させたい理由は、ただ、それだけ」


「私は、私のやり方で霊を祓えるんだぞって証明したかっただけ、なの」


 七生、涙声で。鼻をスンと鳴らし、


「……ごめんなさい。言われても、困るわよね。こんなこと」


「焚き火のせいかしら。なんだか、あなたにウソをつき続けるのは、良くない気がして」


 ぽつぽつと、雨が降り出す。


「………………あれ。これって」


 雨はにわかに勢いを増す。


 焚き火が消える。


「あ、雨……? 天気予報じゃ雨は降らないって予報だったのに……」


 七生、立ち上がる。


「残念だけど、焚き火はここまでね」


「すぐそばに旧校舎があるから、そこ入りましょう。そうね、あなたがいた教室にでも」

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