Track5 お疲れ様のスライム耳洗浄

 文化祭後。

 人のいないオカルト研究部の部室にて。


 七生は椅子に腰を下ろす。


 七生、疲れ切った声で言う。


「ふう……なんとかやり切ったわね。お疲れ様。いやあ口コミの効果ナメてたわ…………二日目になってお客さんが前日比で3倍くらい来るとは…………」


「あはは……あなたも大変だったでしょう。ていうか、お客さんの中に霊感ある人いたわよね。どう考えてもあなたが見えてるって感じのリアクションだったし」


 七生、んーと短く唸って、


「変に大事にならないといいけれど……ほら、話を聞きつけた自称霊能力者がウチに来るとかそういうの。あなたみたいな地縛霊、けっこういるみたいでね、オカ研ネットワークで色々情報が入ってくるのよ。地縛霊との付き合い方とか厄介な自称霊能力者の存在とか、ね」


「これがねー、ほんっとに大変なんだって。霊はみんな悪いものだと決めつけてね、強制的に成仏させようとするの。学校に不法侵入して魔除けの札を貼ったり、真夜中の学校をお経を唱えながらうろついたり…………」


「ひどいのだと、呪物を校庭の木の下に埋めてより強い霊——それも悪霊!——に学校の無害な霊を食べさせる、なんてのもあるみたいよ。まったくひどい話よね……犯人は、『霊は一箇所にまとめてから祓った方が楽でいい』なんて言ってたんですって。わざわざ悪霊を強くするなんてバカなんじゃないのって話よ」


「…………と、ごめんなさい。つい熱くなってしまって……。ま、たぶんウチは大丈夫よ。少なくとも、このあたりに住んでる霊能力者はみんな、私のお父さんに逆らえないから。手を出してくるとしたら余所者——なんだけど、余所者の霊能力者が来たらすぐわかるから、あまり心配しなくていいわ」


「……え? うん。そう。あれ、言ってなかったかしら? 私の家、霊能力者の一族なの。というかこの街には霊能力者ってけっこう多くてね。オカ研に入ってくるのも大抵、霊能力者の家の子。入ってくるというかほぼ強制ね、強制」


「そう。オカ研に兼部してる生徒がやたら多いのもそういうことよ……ああ、だからってあなたが罪悪感を覚えることなんかないわ。むしろ私達はあなたに感謝しないといけない。あなたがいるから、私達は長年にわたって霊との付き合い方、向き合い方の勉強ができたんだもの」


「……ただ、私は正直、いつまでもあなたを教材扱いするなんてのは、良くないと思ったのよ」


「そう。だから部長になってすぐ、あなたを成仏させると決めた。あなたの未練は楽しい学園生活。だから、私の霊媒の力を使って、あなたを教室の外に連れだして——たくさんの楽しいことを、味わってもらおうと思った」


「今までの分の罪滅ぼし——なんて言うつもりじゃあないけれど、ね」


「ん? 自分がいなくなったらオカ研はどうなるのか……? 大丈夫よ。心配しないで。霊っていうのは、案外身近にいるものだから」


「…………たとえば、そう。これはあくまでも例え話なんだけどね」


 七生、真面目な口調で語る。


「昔、この学校に通っていたある生徒——Aくんとしましょうか——Aくんは熱狂的なエジプト好きで、いつかピラミッドを建てるのが夢でした。それがゆえに古代エジプト同好会まで作って、けれどピラミッドなんて建てられるわけがない。だから彼は諦めて、そのまま卒業し、大人になった…………けれど命を失う間際になって、彼はかつて、青春の日に叶わなかった望みを思い出して強く悔いるの。ピラミッドを作りたかった。ファラオに並ぶ存在になりたかった……と。その後悔——妄念が霊となって現古代エジプト同好会の会長に憑依した。そうして、会長は知らず知らずのうちにその妄念に突き動かされて、ピラミッドの建設を始めようとしていた…………とか、ね」


 七生、少しおどけて。


「あはは、ウソよ。ウソ。そんな事実はないわ。そもそもこの学校に古代エジプト同好会ができたのは

先月のことだしね」


「だけど、霊っていうのは大往生したはずの人からも生まれたりするものだから、不幸な死に方でなくとも発生するのよ。人間、誰だって諦めざるを得なかったことや後悔してることの一つや二つは持ってるものだから」


「……少し、堅苦しい話をしすぎちゃったわね」


 七生、少し沈黙して、


「あっ。そうだ」


 はっと声を上げる。


「文化祭の準備のために、オカ研の部室の棚とか色々片付けたでしょう? その時に見つけたものなんだけど……ええと、たしかこの辺に……」


 がさごそ、と七生が鞄を漁る。


「あったあった! この箱! これ、なんだと思う?」


「呪物? うーん、当たらずとも遠からず、ね」


 パカ、と開ける。


「じゃーん! なんとスライム! しかも霊体を通り抜けないやつ!」


「貴重なのよ、これ。私の家にも昔置いてあったんだけど……生霊を出して操作する練習用にね……けっこういいお値段するのよねぇ」


 七生、スライムを取り出す。スライムのねとぉという音が聞こえる。


「放置されてた割には状態もかなり良いし……今日はねぎらいの意味も込めて、あなたをこれで癒してあげる!」


「いわゆる、ASMRってやつよ。autonomous sensory meridian response——自律感覚絶頂反応、とか日本語では訳されるわね。聞いてて気持ちのいい音を聞いて気持ち良くなろう、みたいな話よ。要は」


「……え? 幽霊でも気持ち良くなれるのかって? それは……わからないわ」


「だけど、何かを心地良いと思う心があるのならそれはASMR適性があるってことだと思うの」


「そう、重要なのは心持ち! というわけで気持ちよくなるぞ、と気合いを込めてここ、私の膝の上に頭を置きなさい!」


 ぽんぽん、と七生が自分の膝の上を叩く。


「まさかもなにも、見ての通り膝枕よ。さ、遠慮せずに」


 あなたは七生の膝に頭を置く。


「よしよし。それじゃあ、さっそくこのスライムをお耳に流し込んでいくからねぇ……ああ、心配しないで、耳の中に残ったりはしないから。その辺はちゃんとやるわ」


「……そうでないと、あなたが歩くたびにスライムの破片が空中浮遊しちゃって、誰がどう見ても怪奇現象だもの……」


「それじゃあ、いくわよ……まずは、右耳からね」


 七生、スライムを右耳にゆっくりと流し込んでいく。


「こう、ぴとーっと。どう? 気持ちいいかしら? ひんやりとしていて、ちょっとくすぐったい? そう、ちゃんと感じとってくれていて、嬉しいわ」


 七生の吐息。


「…………よし。これで全部、ね。重力に従って、ゆっくりと耳の奥の方へと入っていくわ」


 右耳の中をスライムが埋め尽くしていくような音。


 だんだんと七生の声が遠くなる。


「どう? 不思議な感じ? まるで水の中にいるみたい? ……そう。たしかに、スライムで耳が塞がれるって、そんな感じかもね」


 しばらくスライムが耳の中に入り込んでいく。


 七生の声がくぐもって聞こえる。


「そろそろ頃合いかしら。引き抜いていくわ…………この、耳かきみたいな細長い棒、を差し込んでゆっくりと……スライムと耳の間、に、隙間を……作って……」


 スライムがゆっくりと引き抜かれていく。


 七生の吐息。徐々に音がクリアに聞こえるようになっていく。


「………………よし! これで引き抜けたと思うのだけど……どう? 耳の中、何か残ってる感じとかしない? そう。なら良かった」


「じゃあ、次はこっち向いて。左耳もやってあげる」


 あなたが頭の向きを変える。


 七生、恥ずかしそうに呟く。


「……自分の身体の方に顔を向けられるのって、なんだかちょっと恥ずかしいわね」


「じゃ、いくわ」


 左耳にスライムがゆっくりと流し込まれていく。


 集中する七生の吐息。


 右耳の中をスライムが埋め尽くしていくような音。


 だんだんと七生の吐息、声が遠くなる。


「……ふう。こんなところ、かしら。どう? ちゃんと奥まで入った感じ、する?」


「うん、ならよし。……それじゃあ、引き抜いて行くわね。また、さっきも使ったこの棒でスライムと耳の間に隙間を作って……」


 スライムがゆっくりと引き抜かれていく。


 七生の吐息。徐々に音がクリアに聞こえるようになっていく。


「はい! おしまい!」


 あなたは身を起こす。


「どうだった? 気持ちよかったかしら? よくわからない? 不思議な感じ? …………ふうん。それならきっと大成功ね」


 鐘の音が鳴る。


「……と。もうこんな時間か。もうすぐ後夜祭。校庭でキャンプファイヤーをする時間よ」


「ある意味で定番だけど、この学校のキャンプファイヤーにもあるいわれがあってね。聞いたことあるかしら? キャンプファイヤーのフォークダンスで一緒に踊ったカップルは結ばれるってやつ」


「……だけど、オカ研の部長は代々の伝統でね、キャンプファイヤーには参加できないの。ほら、毎年文化祭の日はあなたと過ごしていたでしょう?」


「あなたが謝る必要はないわ。勝手に哀れんでたのは、私達の方なんだから」


「……まあでも、みんなウチの事情は知ってるわけで、要するに誰にも誘われてないのよね。私」


「というわけで、旧校舎裏でひっそりと、二人きりのキャンプファイヤーを楽しもうと思うの。付き合ってくれる?」

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