Track4 抹茶で一休み
七生、ガララと扉を開けて休憩室に入る。
シートの上にどかっと腰を下ろして、
「はあ。疲れたぁ……じわじわとだけど、なんだか人が増えてきたわねぇ…………午後はもっと忙しくなるかも」
「あなたもお疲れ様。というか、あなたの方こそお疲れ様。大変だったでしょう……え? そんなことない? 謙遜しないで。なんだかちょっと、疲れた顔してる」
「……と。ここ、今は人がいないけれど、他に人が来るかもしれないのよね」
七生、ささやき声で
「念のため、小さな声でお喋りしましょうか。あなたまで囁く必要は、ないけれどね」
七生、立ってまわりを歩く。
そしてふと思い出したように、
「あ、そうだ。あなたってたしか、味は分からないけれど香りは楽しめるのよね」
「うん。そうよね。……だから
「ええと、たしかこの辺に……あったあった」
棚に置いた巾着袋を手に取る。
腰を下ろして袋を開ける。
茶筅や抹茶茶碗などを並べて言う。
「じゃーん。抹茶淹れセット。……茶道部の子に最近習ってたの、知ってるでしょ。あれ、実はあなたを労うために用意してたのよ」
「抹茶の香りも、抹茶を
「というわけで、旧校舎のヌシ様におかれましては……僭越ながらこの私めの点てた抹茶を味わいいただけますと……なんてね。ええ、それじゃあちょっと待っててちょうだい。まずはお湯を……カップに……このくらいかな」
給湯器からカップにお湯を少量入れる。
「これを別の容器に移して少し冷ますの。湯冷ましってやつね」
「さじで抹茶をすくって、ふるいにかける。……とん、とん、とん、と。こんなところね」
「抹茶茶碗に入れた抹茶の量はこれでよし、お湯の量も……よし。温度が……このくらいかしらね。まずはお湯を少しだけ、入れていくわ」
少量のお湯を抹茶茶碗に注ぐ音。
「そして、茶筅で溶くように混ぜる」
茶筅で混ぜる音。
「ダマができないよう、しっかりとね」
「……よし。できた。それじゃ、残りのお湯を注いで……そして勢いよく混ぜる!」
勢いよく茶筅を動かし、かき混ぜる音。
「これが……けっこう時間かかるのよね」
一心不乱に動かしていく。
「……泡になってきたら、動かし方をちょっと変えて……こう。表面の泡が盛り上がってきたら、茶筅を上げて……うん、良い感じ!」
「どお? この香り。この色合い。悪くないでしょう? 練習の成果が出てると思わない?」
「ええと、それじゃあ……あなたのために点てたのに、あなたが対面に座ってるとなんだかヘンな感じね。こっち、私の身体に重なって」
「気にならないのか……って? まあ、違和感はちょっとあるかもだけど、私としてはあなたに対面に座られてた方が違和感あるから」
あなたは七生の身体と重なる。
七生の囁き声が自分の喉から出ているかのように聞こえる。
「それじゃあ、飲んでいくわ。器をこっちに回して……と」
「まずは香りをゆったり楽しんで…………うん。いいわね、これ。あなたもそう思う? よかったぁ」
「さてさて、お味の方はいかがかな……と」
七生、一口呑む。
ごく、という嚥下する音が聞こえる。
「——ふう。うん。落ち着く、良い味わいね。ダマもないし、やっぱり、とても上手にできたみたい。自分史上一番かも」
「え? あなたにも分かるの? 味が? ……私と重なってる影響かしら…………わかった。それじゃあちょっと待ってて」
七生、立ち上がって棚のお茶菓子を持ってくる。
「じゃじゃーん。ここの休憩室にはなんと、偶然にも、甘い甘い抹茶にとてもよく合いそうな、
「…………え? 知ってる? 私がお茶菓子を用意してるの見てたって? もう、つまらないわね」
「ともかく、この最中も一緒に食べましょう。今なら、味がわかるんでしょ?」
個包装になった最中の袋を丁寧に開ける音。
最中を噛む心地良い音。
「…………ふう。やっぱり、この甘さが抹茶のほろ苦さと絶妙にマッチするわね…………。和菓子ってなんでこんなに甘いんだろうって思うことがあったのだけれど、きっとこの抹茶の苦みが前提だからこうなっているのね」
抹茶を飲んで、最中の残りを食べる。
「……ふう。文化祭の喧騒から一時離れて、こうしてのんびりするのも乙なものね。そうは思わない?」
「あはは。すっかり学園生活になじんじゃって。というか、さっきからずっと思っていたけれど、なんだか変な感じね。あなたの声が自分の身体から聞こえるの」
「なんだかまるで、あなたの言葉を私がしゃべってるみたい」
「…………同じこと思ってた? ふふっ。それじゃあ一心同体ね、私達」
「そうだ! お昼休憩はまだ時間があるし、お茶碗とか片付けたら文化祭の屋台巡りしましょう。そう、このままで!」
「せっかくなんだから、味覚でも文化祭を楽しまなきゃ損。——でしょ?」
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