第20話 過去と未来④

「お父さんとお母さんの写真を見た時は泣かなかったのに、悠夜ゆうやさんに抱かれて泣いちゃいました」


「言い方な?」


 珠唯すいさんが涙を袖で拭いながら語弊を生みそうなことを言い出す。


 言ってることは事実だけど、冗談が言えるぐらいにはなっているということだろう。


「そういえば、紅葉もみじってどこまで知ってるの?」


「私を抱いてすぐに他の女の人の話をするなんて……」


「照れ隠し」


「それなら可愛いので許します」


 自分で言っておいて「それでいいのか?」とは思うけど、ニコニコ笑顔の珠唯さんを見てればそれでいいんだと思える。


「えっとですね、正確に言うと私は何も聞いていません。ただ、悠夜さんは絶対に勘違いをしてるから最後まで話を聞いて欲しいとは言われました」


「要は聖空せいらが紅葉には話したってことでしょ?」


「そこは私にはわからないですけど、聖空さんは悠夜さんが心配だったんじゃないですか?」


「心配?」


 俺が聖空に何を心配されると言うのか。


 心配になるのはむしろ聖空の方であって、そこでまで俺を子供扱いしようと言うのか。


「ちなみに私が聖空さんの立場なら心配になります」


「なぜに?」


「だって悠夜さん、自己犠牲がすぎるじゃないですか」


 珠唯さんが悲しそうに言う。


 一体何を言っているのか。


 俺は自己犠牲とはかけ離れていて、むしろ他人を犠牲にしているような最低な存在だ。


「私は知ってるんですからね、悠夜さんは誰かが何かを忘れてると何も言わずに終わらせてたり、誰かが何かを探してるとその人が見えるところに静かに捜し物を置いてたりすることを」


「それは別に自己犠牲ではないでしょ」


「そうです。それは序の口で、聖空さんが陰口を言われたらその対処をしたり、今回も、私を助ける為にいっぱい苦しんでました」


 何を言うのかと思ったら、そんなのは自己犠牲ではなく、当たり前のことだ。


 聖空のことに関しては、オレも関係してることだから仕方なくだし、今回のことに至っては珠唯さんは完全な被害者で、俺にも悪いところがある。


「ちゃんと話すとさ、今回のことって事前に対処できたのを確実な証拠を抑える為に泳がしてたんだよ。だから本当にはあなたが怖い思いをする必要はなくて、俺があなたを怖がらせた加害者なんだよ」


 俺は板東ばんどうが珠唯さんを襲うのがわかっていた。


 食事会の時に気持ち悪いぐらいに静かで、帰る時もいつの間にか消えていた。


 それで何かしらの行動に出るのはわかっていて、紅葉達の方には倉中くらなかさんがいるから手は出さないのがわかっていたから、おのずと珠唯さんに行くと想像がついた。


 だから俺は珠唯さんとの約束を無しにして一人で帰らせた。


「俺がもう少し上手くやってればあなたは怖い思いをしなくて済んだのに、俺が無能だったから……」


 こんなの言い訳だ。


 どこまでいっても俺はクズ呼ばわりしたあいつと同じなんだ。


 結局俺もクズであって、珠唯さんと話す権利なんて──


「ほら、自己犠牲」


「え?」


「悠夜さんは優しすぎるんですよ。嫌いだって言ってる板東さんも許そうとしてるんですから」


「そんなこと──」


「あるんですー。確かに私は板東さんに襲われて怖い思いをしました。だけど心の底ではそんなに怖いって思ってなかったんです」


「嘘だろ?」


「まあ嘘ですけど。ほんとにちょっとだけ、怖い以外の『希望』はありました」


 珠唯さんがまっすぐ俺の目を見ながら言う。


「希望ってのは?」


「悠夜さんが来てくれるっていう希望です。悠夜さんを困らせた罰だって受け入れようとしてましたけど、私を絶望から救ってくれた悠夜さんなら、また救ってくれるんじゃないかって」


「前も言ってたけど、俺がいつ救ったんだよ。それに今回のことはほとんど俺の自作自演みたいなものだからあなたに許されるべきじゃないって話をだな──」


「だーかーらー、悠夜さんは私を救う為の最善手を選んで、それが結果的に私が怖がることだったってことですよね? 認めます、悠夜さんのせいで怖い思いをしました。それじゃあ悠夜さんは怖い思いをした私に何をすればいいんですか?」


 珠唯さんが両手を仰向けにして俺に問いかける。


 そんなの……


「二度とあなたに関わら──」


「はい赤点。ちなみに点数にすると二点です」


「ゼロではないんだ」


「物理的に二度と会えなくなろうとするのがゼロ点です。そんなことしたら私もゼロ点の行動をしますけど」


 言わなくて良かった。


 俺がいなくなるだけなら別にいいけど、珠唯さんが俺の後を追うなんて絶対に許されない。


 俺はそんなことをさせた俺自信を許せない。


「じゃあどうすればいいんだよ。俺があなたを怖がらせた事実は消えないのに、そんな俺が出来ることなんて……」


「私にとっての幸せってなんだかわかりますか?」


「あなたの幸せ?」


 なんだろうか。


 思い返してみたら、俺は珠唯さんの趣味なんかを何も知らない。


 いや、知ろうとしなかったのか。


 今更だけど、深く関わって本気で好きになって諦められなくなるのが怖くて。


「ごめん、わからない」


「ですよね。多分悠夜さんには絶対にわからないことですから」


「あなたのことを知ったら好きになって尽くすのがわかりきってたから、なんて言い訳だよな」


「そうやっていきなり私を口説くのやめてください。今更口説かなくても私はずっと悠夜さんが好きですから」


 別に口説いてるわけではないのだけど、珠唯さんに『好き』と言われるだけで心臓が痛い。


 というかドキドキが止まらない。


「顔赤いですけど、照れちゃいました?」


「うん」


「素直に認められると私が照れちゃいますね。えっと、話を戻しますと、私の幸せは『好きな人と過ごすこと』です」


「好きな人……」


 少しだけ胸がチクッとした。


 これはどっちに捉えればいいのだろうか。


 好きになった俺と幸せになりたいのか、幸せになりたいから俺を好きになったのか、どちらが先なのかで意味が変わってしまう。


 傲慢だけど、前者がいいと思う自分がいるのが本当に嫌になる。


「これはあれですね、悠夜さんが勘違いしてる時の顔」


「どんな顔だよ」


「すごい悲しそうな顔です。もー、そんなに私のことが大好きなんですかー?」


「……好き」


「……どもです」


 なんか微妙な雰囲気になってしまった。


 さっきの『好き』は多分本気には捉えられてないだろうけど、これはどう捉えられただろうか。


「え、えっとですね、私は悠夜さんのことが好きです。とりあえずこれは信じてください」


「信じる」


「返事が可愛い……じゃなくて、なんで悠夜さんのことを好きになったのかはまた今度話すとして、私は両親を失って気づいたんです、大切な人がいないのは寂しいって」


「大切なものは無くなってから気づくってやつ?」


「はい。そんな中で悠夜さんと出会って、好きになって、この人なら私の寂しさを埋めてくれるって思えたんです。だから私は自分の幸せを掴む為に悠夜さんと付き合おうと頑張りました。だからですね、私が悠夜さんに初めて話しかけた時は下心からなんです、すいません……」


 珠唯さんが俺に頭を下げる。


 なんだか久しぶりな気がする。


「可愛いつむじ」


「……悠夜さんって、私が謝った時になんて言えばいいのかわからないからつむじの話してます?」


「実際に可愛いとは思ってるけど、それもあるかも? ぶっちゃけるとさ、あなたは下心で俺に話しかけたって言ってるけど、多分俺もあなたと話す時は下心あったよ? 気づいてなかっただけで」


 ずっと違和感はあった。


 なんで人と話すのが好きではない俺が、珠唯さんとはむしろ話したいと思えたのか。


 多分俺は珠唯さんのことが好きだった。


 だけどそれを認めたら俺の過去とも向き合わなきゃだし、そもそも珠唯さんが俺のことなんか好きなわけないのに好きになっても仕方ないというのが無意識にあったんだと思う。


「つ、つまり悠夜さんも私のこと……」


「好きだったんだろうね。一目惚れってやつで」


「……ちょっと耳を塞いでもらっていいですか?」


「なんかもったいない気がするから嫌なんだけど?」


「お願いします」


 珠唯さんがうずうずしながら言うので仕方なく耳を塞ぐ。


 すると珠唯さんが綺麗に折り畳まれている布団に顔を埋めた。


 多分何かを叫んでるのだろうけど布団に向かってるのと耳を塞いでいるせいで何も聞こえない。


 すごく気になる。


「いい?」


 少しして珠唯さんが顔を上げたので手を外していいか聞くと、珠唯さんが頷いて答えたので手を離した。


「大丈夫?」


「はい。正直心臓は大丈夫じゃないですけど、大分よくはなりました」


「俺も最近なる。これが好きってことなんだよね?」


「私の心臓を爆発させる気ですか? えっと、確認いいですか?」


「なに?」


「私は悠夜さんのことを異性として好きです。だから付き合いたいです、もちろんキスもしたいです、あわよくばその先もしたいです。そして最終的には結婚して幸せな家庭を築きたいですぅ……」


 珠唯さんが言いながら顔を緩める。


 とてつもなく可愛い。


「はわ、変な顔を見せちゃいました」


「可愛かったよ」


「言うと思いましたよ! 冗談言ってないで悠夜さんもちゃんと言葉にしてください!」


 珠唯さんが頬を膨らませて怒ってしまった。


 別に冗談ではなく事実で、なんなら今も可愛くて仕方ない。


 まあ言ったら怒られるから言わないけど。


「言葉にか。俺はあなたのことが好きだよ。一生懸命な真面目なところとか、怒った時のむくれた時とか、拗ねた時のいじけた時とか、喜んだ時の嬉しそうな時とか、言ったらキリがないけど、あなたの全てが好き。あなたの未来を俺にください」


 これは確かにやばい。


 人を好きになったのは初めてで、だから告白なんて当たり前だけど初めてのことだけど、こんなの心臓が持たないだろ。


 顔が熱いのに指先は冷たい。


 頭は真っ白なのに悪い想像だけは鮮明に浮かぶ。


 二度とやりたくない。


「えっと、無言ってのはつまり……」


「は! 嬉しさが振り切って固まってました。えっと、九十点です!」


 珠唯さんがそう言って笑顔で俺に抱きついてきた。


「後の十点は自分で考えてくだ──」


「珠唯さん、大好きです。結婚を前提にお付き合いしてください」


「……ひゃい」


「可愛い」


 顔を真っ赤にして尋常じゃなく可愛い珠唯さんを抱きしめ、俺と珠唯さんは恋人になった。


 これからちゃんと話さなければいけないことはあるけど一段落だ。


 とりあえずは可愛い珠唯さんを存分に堪能してから考えることにした。

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