夢の中で
「えっと、じゃあね?」
「は、はい。また明日です」
晴れて
多分一緒に居たら私が理性を保てないだろうし。
「詳しい話はまた今度するとして、しばらくは毎日来るけど大丈夫?」
「来てくれるんですか?」
「うん。あなたを一人にするのは怖いからやだ」
はい、可愛いです。
ほんとに悠夜さんはずるいんですから。
まあ、ちょっと不服なところはあるけど。
「じー」
「そんな可愛い顔したって今日は帰るからね?」
「そうじゃないです! 私の名前はなんですか?」
「……
「さん付けなのは気になりますけど、嬉しさの方が強いのでいいです」
あぁ、絶対にニヤけている。
こんなはしたない顔を見せたら悠夜さんに嫌われるかもだけど、緩む頬が引き締まらない。
「可愛い」
「無理して冗談言わなくていいですよ?」
「冗談とは? 今のあな……珠唯さんは可愛いしかないよ?」
ほんとにずるい。
そんなこと言われたら余計に頬が緩んでしまう。
だけど悠夜さんがこの顔の私も可愛いと言ってくれるなら別にいいか。
「あ、そういえば悠夜さん!」
「なんですか?」
「クリスマスにご予定はないですよね?」
「ごめん、バイト」
「私も同じ時間に入ってるから知ってますよ。そうじゃなくてバイトが終わった後です!」
「あるよ?」
悠夜さんがあまりにも自然に言うものだから言葉が出なかった。
遅かった?
私の本気が伝わるのが遅かったせいで悠夜さんのクリスマスの予定が他の人で埋まった?
あ、駄目だ、泣きそう……
「珠唯さんが言ったんじゃん。クリスマスまでに俺と付き合ってデートするって。それとも違った?」
「……悠夜さんのばか! 好きです!」
思わず悠夜さんに抱きついてしまった。
情緒不安定すぎて嫌われないだろうか。
確かに言ったけど、まさか悠夜さんが覚えているなんて思ってもなかったから余計に嬉しさが増す。
私との些細な会話も悠夜さんは覚えててくれて、そんな悠夜さんがやっぱり好き。
「俺も好きだよ。だからこうやって抱きつかれると帰りたくなくなるからやめようね?」
「……私、思ったんですけど、恋人になったんだからお泊まりしてもいいですよね? それで間違いが起こっても仕方ないってことで」
「そういうのはせめて高校卒業してから言いなさい」
「悠夜さんは我慢できますか?」
「するよ。俺は大好きな珠唯さんを幸せにするって決めたんだから」
悠夜さんが私のことをギュッと優しく抱きしめてくれた。
とても嬉しいけど、これは困ったことになった。
待つ側の悠夜さんは我慢できると言ってくれているけど、待たせる側の私が我慢できるかわからない。
正直今すぐにでも悠夜さんとあんなことやそんなことをしたくて仕方ない。
こんなえっちな子だと悠夜さんにバレて幻滅されるのは嫌なので、悠夜さんとできることだけを限界までして高校卒業まで耐えるしかない。
「じゃあせめて今度お泊まりしてください」
「いつかね。今日はとりあえず帰るから」
「バイバイのキスは?」
「駄目ですね。さすがに今日そんなことしたらほんとに帰らなくなるから」
そんなことを言われたらしたくなってしまう。
だけど今さっき我慢することを決めたのだから我慢する。
少なくとも今日でなければ許されるみたいだし。
「じゃあほんとに帰るね」
「はい……」
「寂しそうにしないの。帰ったら……いや、やめとこ」
「なんですか?」
「いや、帰ったら電話でもしようかと思ったけど、そんなことしたら俺が止まらなくなるからやめとこって」
悠夜さんが残念そうに言って私から離れようとするのを私が逆に抱きしめる力を強めて止める。
「します」
「え?」
「電話します。あれです、もしかしたら悠夜さんが帰った後に強盗さんとかが来るかもですよ? その時にすぐ対応する為にもしなきゃです。っていう建前があればしてくれますか?」
「……珠唯さんが眠くなったら終わりにするからね?」
やっぱり優しい悠夜さん。
その優しさに漬け込む私は最低ですね。
悠夜さんはそんな私も大好きって言ってくれるんだろうけど。
「んー、よし。悠夜さんの補給が完了しました。これで一時間ぐらいは持ちます」
「つまり一時間以内に電話しろってことね」
「駄目ですか……?」
「しますよ。お風呂入ったらすぐに電話するから」
「お風呂……。悠夜さん、あれやりましょ」
「やめときなさい。気まずくなったらどうするんだよ」
「間違えてビデオ通話にするハプニングとかやりたいですね」
「話聞こうね?」
悠夜さんの話を聞いてないわけがない。
聞いた上で私の話を聞いてもらっているだけだ。
だってお互いお風呂に入りながら電話をすると一緒のお風呂に入ってる感覚になるって聞いたことがあるし、一度悠夜さんとやってみたい。
「それともほんとに一緒に入ります?」
「高校卒業したらね」
「言いましたね! 私は聞きましたから絶対ですよ?」
「照れてうやむやになるとこじゃないのかよ……」
悠夜さんは私のことを舐めすぎだ。
私の悠夜さん好き好き度は尋常ではない。
それこそ今すぐにでも結婚して新しい家族を迎えたいほどに。
「とりあえずお風呂上がったら電話するよ」
「じゃあお風呂に入って待ってます」
「君は俺の理性を破壊したいの?」
「あわよくば?」
「頑張ろ。じゃあ今度こそほんとにじゃあね」
「はい。電話くるの待ってます」
なぜか疲れたような顔になっている悠夜さんに手を振る。
悠夜さんは手をお腹のところまで持ってきたけど、途中で戻して会釈してから部屋を出た。
悠夜さんは手を振るのが恥ずかしいみたいで誰にも手を振ることをしない。
ほんとに可愛い。
「あ、でもこの前してた」
悠夜さんは基本的に人と接するのが苦手だけど、相手の方から話しかけてくる分には返事をする。
少し前に私と同い年で誰とでも友達になれる特技を持った男の子が悠夜さんに手を振られていた。
その子はお調子者みたいな感じで、悠夜さんからは軽くあしらわれることが多い。
だから手を振られたのも「早く帰れ」みたいな意味合いなんだろうけど、私だって手を振ってもらいたい。
今の途中でやめるのも可愛くて好きなんだけど。
「悠夜さんは何してても可愛いんですから」
私はルンルン気分で部屋に戻ろうとして、思い出した。
「鍵とチェーンしないと。もう悠夜さんを悲しませることは絶対にしたら駄目」
悠夜さんは私が襲われたのを自分のせいみたいに言ってたけど、私が悠夜さんの言いつけを守って鍵とチェーンをちゃんと掛けていれば結果は変わっていたと思う。
要は
「鍵とチェーンを掛けたのを写真に撮って悠夜さんに送ろうかな。ダブルチェックは大切だよね」
悠夜さんを二度と悲しませない為には私が無事でいなければいけない。
私が悲しめば悠仁さんが悲しんで、悠夜さんが悲しめば私も悲しい。
「なんか運命共同体みたい。悠夜さんと結婚したらそうなるのかぁ」
今日はいつも以上にニヤける。
これから悠夜さんと寝るまでお話ができるって考えるだけでニヤけるんだから、お話してる時もずっとニヤけてしまうだろう。
悠夜さんにバレないようにしないと。
「ここから悠夜さんのお家までは十分かかるかかからないかだよね。悠夜さんはシャワーだけって言ってたからお風呂に時間はかからないだろうし、全部で二十分ぐらいかな?」
二十分なんて悠夜さんのことを考えていたらすぐだけど、私にも準備がある。
「悠夜さんが電話してくれた時にたまたまお風呂に入ってないと切られちゃうかもだからね」
ということで悠夜さんから電話がかかってくる時間を逆算してお風呂に入らなければ。
私が湯船に浸かったタイミングで悠夜さんから電話がかかってくるのが完璧だ。
だからそれまでに全ての準備を終わらせる。
「まずは悠夜さんに見られてもいいように体を隅々まで洗わないと。それからほんとに見えたら悠夜さんが切っちゃうだろうから偶然見えるにしても上手く計算しないと」
ということで私は大急ぎでお風呂の準備を進める。
正直私も湯船に浸かるのはめったに無く、普段はシャワーで済ませるけど今日は特別だ。
たまたまお風呂に入ってて、偶然湯船に浸かったタイミングで悠夜さんから電話がかかってきて、なんでか知らないけど袋に入れて防水加工されたスマホが手元に置かれてる状態を作らないといけない。
最終的には手が滑ってビデオ通話になる可能性まである。
悠夜さんは怒るだろうけど、仕方ないんだ、全部偶然の産物だから。
なので私は偶然の準備を始める。
だけどさすがは悠夜さんと言うべきか、おそらく私が時間の逆算をすることを予測して走って帰ったんだろう。
私が体を丁寧に洗っているタイミングで電話がかかってきた。
だから仕方なく体を洗いながらスマホを取った。
ちゃんと状況説明をしたら「ばか」と言われて電話を切られた。
それだけで私の努力は報われた。
だから今度はちゃんと湯船に浸かったタイミングで私から悠夜さんに電話をかけて「お風呂出ましたー」と伝えた。
悠夜さんからは全てを察したため息が返ってきたけど、諦めたようにお話してくれた。
悠夜さんに『のぼせる前に出なさいよ』と言われてお風呂から出たけど、結局悠夜さんとのお話が楽しくてビデオ通話にすることを忘れていた。
それから私は悠夜さんとずっとお話していた。
日付けが変わって私が寝落ちするまで。
夢の中で悠夜さんに『おやすみなさい。大好きだよ、珠唯』と言われた気がした。
悠夜さんと寝る前までお話してたからだろうか。
こんな最高の夢か見れるなら毎日悠夜さんとお話して寝たいものだ。
もしも悠夜さんが先に寝落ちしたら「大好きだよ、悠夜」って言ってみたい。
考えただけで顔が熱くなったけど。
ほんとに、どんなことでも嬉しいしかない日々になりそうです。
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