第19話 過去と未来③
「一旦無視したペナルティのキスしていいですか?」
「ペナルティって罰みたいなわけで、あなたとのキスはご褒美になるからペナルティとしては使えないので無しで」
やっと
思い返してみたら珠唯さんの両親が他界してるかどうかも聞いていないのに、勝手に想像しすぎていた。
「あ、ちなみに私の両親は事故で亡くなってます」
「そんなあっさり言うことじゃないでしょ」
「
珠唯さんがニコニコ笑顔で言ってくる。
きっとこれから重い話が始まるんだろうけど、こんな顔をされたらそういう気分にならない。
「多分悠夜さんは気づいてましたよね?」
「うん」
珠唯さんが棚の上に倒されていた写真立てを元通りに立たせる。
ずっと倒されていたから気になってはいたけど、毎回倒れているからわざと倒しているのがわかったから何も聞かないでいた。
その写真立てには中学生ぐらいの珠唯さんと、中学生珠唯さんの隣に優しそうな男の人と女の人が写っていた。
「これを見ると泣きたくなるから倒してるんです。だけど今日は泣いても悠夜さんが慰めてくれるから起こしますね」
「無理はしないでね?」
「はい。もしもの時はキスしてくれたら治るのでお願いします」
「場合が場合だと冗談に捉えられないからね?」
今は冗談だと思えるけど、話してる途中にいきなり発作が起こったりして、何をしても治らなかったら最終手段として試すかもしれない。
多分俺はそれぐらい気が動転するだろうから。
「割と真面目にして欲しいです。多分それぐらいしないと私、落ち着けないかもしれないので」
「いざとなったら本当にするからね?」
「喜んで」
そういう返しをされると冗談に聞こえてしまう。
だけど確かに珠唯さんは自分の世界に入ると簡単には戻ってこないし、何かに意識を持っていかれると相当の刺激を受けないと戻れないのかもしれない。
「じゃあ今度は私の話をしますね。私の両親が事故に遭ったのは去年の夏です。それでわかると思うんですけど、悠夜さんのお父さんが事故を起こしたのはいつ頃ですか?」
「
詳しい日は思い出すのが嫌だから忘れたけど、確か新年になって少しした頃だった気がする。
つまり……
「はい、多分『しまだ』違いです」
「こういうことは言ったら駄目なんだろうけど、良かった……」
現実に亡くなっている人がいるから良くはないんだけど、首の皮一枚という意味では良かった。
これで俺は珠唯さんと一緒に居る権利を手放さなくても……
「いいんだよな?」
「はい?」
「いや、確かにあなたの両親の事故とは関係なかったとしても、俺の父親が事故を起こしたのは事実なわけで……」
「はぁ……」
珠唯さんがものすごい呆れ顔でため息をつく。
「じゃあ問題です、悠夜さんは私のお父さんが誰かを轢いてしまって、その人が亡くなってしまった場合、私と一緒に居ることを嫌に思いますか?」
「絶対に思わないよ」
「即答できるなら最初から悩まないでください」
呆れ顔の珠唯さんに怒られてしまった。
確かに珠唯さんに俺が同じことを言われたら怒るだろうけど、やっぱり気にしてしまう。
「人が亡くなってるのは事実なわけで、そうなるとやっぱり気になるよ……」
「
「なんで?」
「お説教するので」
珠唯さんが少し怒った様子で言う。
聖空に説教をするのは別に構わないけど、珠唯さんがする理由がわからない。
もしかして聖空のウザさに気づいたのだろうか。
「この前、聖空さんと初めて会った日に送ってもらったじゃないですか」
まさかあいつが俺に隠れて珠唯さんに余計なことを吹き込んだのか。
もしもそうなら……
「その時は何もなかったんですけど」
「ないのかよ」
「そのちょっと後に
「……」
嫌な想像をしてしまった。
つまり聖空は紅葉には真実を話していたということなのか?
は?
「紅葉さんに言われた通りに悠夜さんが怒りました」
「……」
「なんか紅葉さんと分かり合ってるみたいで嫉妬します。私も怒ってください」
珠唯さんが意味のわからないことを言って頬を膨らます。
こうして珠唯さんを見てると力が抜ける。
「あれ? 怒ってくれないんですか?」
「男って単純だから付き合う前の好きな相手を怒れないんだよ」
「つまり私と悠夜さんは今日を境に結婚を前提にお付き合いをするから明日からは怒ってくれるんですか?」
「なんでそんなに怒られたいんだよ。それと付き合ってから怒るのは関係の崩壊を意味してるからな?」
珠唯さんの謎の怒られたい欲がなんなのかわからないけど、今のところ俺が珠唯さんを怒る予定はない。
そもそも俺は珠唯さんに怒りの感情を持てたことがないから多分一生怒ることができない。
「何か理由があるなら考えるけど」
「悠夜さんのお父さんが事故を起こした相手と私の両親は別人でしたけど、私の両親も亡くなってるじゃないですか」
「うん」
「私は悠夜さんとは逆なんです。みんなが優しくしてくれるんです。去年の夏以降で私が怒られたのは二回だけ」
珠唯さんは優秀すぎてバイトに入ってから一度も怒られたところを見ていない。
それに可愛らしい容姿もあって理不尽な怒りを向けられることもない。
そんな珠唯さんが怒られるなんて一体なんなのか。
「じー」
「なに?」
「なんでもないでーす。それよりも、それが私の怒られたい理由です。決して怒られるのが好きとかではありません」
少しだけ安心した。
珠唯さんがドMとかならそれはそれで可愛いけど、怒ることを強要されても困る。
結局怒れるかどうかは別だけど。
「ということで、悠夜さん!」
「怒れって?」
「はい! 私はいつでも準備万端です!」
珠唯さんが両手を広げて受け入れ態勢を整えた。
俺にどうしろと言うのか。
怒ればいいんたろうけど、怒るのにも理由がいるし、やっぱり俺は珠唯さんの要望に答えることはできない。
だから──
「こういう代案は駄目?」
「代案、で!?」
珠唯さんが耳元で叫ぶものだから耳が痛い。
珠唯さんが両手を広げたから抱きしめただけなのに。
「は、はわ……幸せ過ぎてお父さんとお母さんが見えてきました……」
「やめる?」
「やです! 私が飽きるまで、つまり一生抱きしめてください!」
珠唯さんが離すまいと俺の背中に腕を回す。
「ぶっちゃけ抱きしめたかったわけじゃないんだよな」
「本当はキスしたかったけど恥ずかしくなりました?」
「あなたは頑張ったって伝えたかった」
「え?」
写真立てを飾ってるぐらいだから親子仲が悪かったわけではないだろう。
いなくなってから初めて気づくものの可能性もあるけど、俺の偏見を含めてそれはない。
中学三年生の忙しい時期に両親を亡くして、まだ子供として生きてていいのに心無い視線に晒され。
辛かったはずなのに笑顔を絶やさずにいる珠唯さんを心から尊敬する。
「多分言われすぎて嫌になってるだろうけどさ、あなたは頑張ったよ。俺なんかに言われても困るだろうけど、あなたのそういうところが好きだよ」
今の『好き』をそういう意味で捉えられても構わない。
俺は、辛くてもそんな感じを見せずに、むしろ周りに笑顔を向けて楽しい気分にしてくれる珠唯さんが好きだ。
俺の過去を含めてもそう思える。
「ど、同情とかじゃないですか?」
「うん。俺はあなたの辛さを理解できるなんてわかったようなことは言えないよ」
「私が可哀想な子だから優しいことを言ってるわけじゃないですよね?」
「うん。可哀想かどうかなんて俺が決めることじゃないし。あなたが今幸せならそれでいいんだよ。もしも辛いなら俺の全てを持ってあなたを幸せにする。できるかは別として」
「そこは私を幸せにするって言ってくださいよ。悠夜さんらしいですけど……」
珠唯さんはそう言って俺の胸に顔を埋める。
「じゃあちょっと頼っていいですか?」
「もちろん」
「しばらくこのままで、私の頭を撫でてください」
「喜んで」
俺はそう言って珠唯さんを強く抱きしめて頭を優しく撫でる。
珠唯さんの両親が亡くなってからどういう対応を受けてきたのかはわからないけど、怒られないこと以外にもこうして優しくされることはあったのだろうか。
もしも無かったのならこれから俺が珠唯さんを大切にする。
他意はある。
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