第8話 姉①
「うわぁ……」
「どうしたんですか?」
いつも通り
そしたら見たことを後悔する相手からメッセージがきていたので、そっとスマホをとじる。
「何も無いよ」
「嘘です。なんですか、浮気ですか?」
「俺も怒ることはあるんだからな?」
「あれ? 想像と違う反応」
いくら俺が珠唯さんを全肯定する人間だとしても、こいつと浮気を疑われたらさすがに怒る。
「
「別に大したことじゃないよ」
「隠すところが怪しいです」
「普通に姉が今日うちに来るとか言ってるから」
俺には認めたくないが姉がいる。
俺は実家暮らしをしているが、姉は家を出て一人暮らしをしている。
そしてたまにうちに来ることがある。
その連絡が今来た。
「お姉さんと会うの嫌なんですか?」
「うん」
「即答。怖い人なんですか?」
「怖いと言えば怖いかな。俺からしたらウザさしかないけど」
あいつは本当にウザい。
何もなくても俺にずっと構ってくるし、用があってももったいぶってなかなか話さない。
それ以外にも色々とあるが、一言で表すとウザい。
「悠夜さんがそこまで感情出すのも珍しいですね」
「それだけの奴なんだよ。割と真面目にあなたの部屋に泊まりたいと思ってるぐらいには会いたくない」
「是非に!」
珠唯さんが満面の笑みで言う。
絶対に拒絶はしないと思ったけど、さすがに冗談だから。
さすがに……
「あれ? ほんとに悩んでます?」
「いや、さすがに泊まる気はないよ? だけど避難先としてしばらく居させてもらうことはできないかと」
「結局あれから私が呼んだ時しか来てくれない悠夜さんが自分の意思で私の部屋に来たいなんて。悠夜さんにそれだけ言わせるお姉さんに興味が湧いてきました」
なんか珠唯さんが目をキラキラさせている。
俺は言い方を間違えたのだろうか。
「部屋の置き物にしてくれて構わないので、どうか」
「え、私のおもちゃになりたいんですか?」
「本望です」
「……」
冗談のつもりだったけど、珠唯さんが本気で思案してくれている。
やっぱりなんだかんだで優しい子だ。
「無理言ってごめん。軽く対応して帰らせるから大丈夫」
「え? あ、そうですか?」
なんか珠唯さんが少しガッカリしたように見えたけど、気のせいだ。
それはそれとして。
「そこのサボり、さっさと戻れ」
「あれ? 二人だけの世界に入ってたから私には気づいてないはずなんだけど」
つい先程休憩室に入って来て、流れるような動きで膝を折って座り込み、その膝に肘を置いて手のひらに顎を乗せながら楽しそうに俺達のやり取りを眺めていた
すると不思議そうに顔を傾ける。
わざとらしい。
「サボりのくせに堂々としすぎだろ」
「私はどっかの誰かと違って店長から許しを得た上でサボってるのだよ」
「サボりなことには変わりないし、誇るな」
確かにどっかの誰かと違うけど、サボってる事実は変わらない。
ちょっと鬱陶しいから早く戻って欲しい。
「あ、ごめんごめん。珠唯ちゃんとの空間を邪魔されたくなかったよね」
「そうだな、だから帰れ」
珠唯さんとの二人きりの時間が惜しいというのがないとは言わないけど、それよりも俺がこの二人の相手をするのが辛い。
だからさっさと仕事に戻って欲しい。
「もうちょっと気持ち込めたら珠唯ちゃんも……そうでもなかった」
山中 紅葉が珠唯さんの方を見てニマニマしている。
なんか素直に見るのは癪だけど、俺も珠唯さんの方を向くと、それ以上にニマニマしている珠唯さんがいた。
「この色男が」
「用がないなら帰れよ」
「照れちゃって」
「え、悠夜さん照れてるんですか!?」
「君も変なところで食いつかなくていいんだよ」
こうなるから二人を同時に相手したくないのだ。
というか珠唯さんだけならいいけど、山中 紅葉は一人でもめんどくさいが。
「いいから用件言え。そして仕事サボってる自覚を持て」
「怒られちった。まあこれ以上珠唯ちゃんとの逢瀬を邪魔したら余計に怒られるから本題に入ろう」
「……」
「あれ? 突っ込んでくれなくなった。まあ私は気にせず続けるが」
俺が突っ込もうと黙ろうと、こいつは自由人だから気にしない。
だけど何も言わない方が話は進むので黙っているけど、そうすると……
「それで二人の馴れ初めは?」
「え……」
「適当に言ってるだけだから付き合わないでいいよ」
黙ってると珠唯さんが絡まれるし、意味のわからないことを話し続けるから結局突っ込んだ方が話の進みが早い。
ほんとにめんどくさい。
「だけど私のこと嫌いじゃないでしょ?」
「俺は嫌いな相手とこんなに話をしないからな」
「だよねー」
山中 紅葉がまたもニマついている。
何がそんなに楽しいのか。
「じー」
「やっぱり珠唯ちゃんって
ジト目で俺を見てくる珠唯さんを楽しそうに眺めながら山中 紅葉が言う。
珠唯さんが可愛いのは認めるけど、別に俺と一緒の時に限った話ではないと思う。
「からかってやるなよ。恥ずかしがっちゃったじゃん」
「事実を言ったまで。それに佐久間だって思ってるんでしょ?」
「そうだな。そうだけど、訂正しとけ、この子はいつでも可愛いから」
俺がそう言うと珠唯さんに頬をつねられた。
そして山中 紅葉は口とお腹を押さえて笑いを堪えている。
「ほんと佐久間は面白いよね。中学の時は何にも無関心の土偶かと思ってたのに」
「俺もお前がこんなに人をからかって遊ぶのが趣味な頭のおかしいやつとは思ってなかった」
「失礼すぎないかい? 否定はできないけど」
自覚があるのは余計にタチが悪い。
まあ中学の時に話していても、今みたいに話せるとは思わない。
何せあの時の俺は山中 紅葉の言う通り、何にも興味を示せない、土偶のような存在だったから。
「別に馬鹿にしてないからね?」
「いいよ、事実だし」
「でも、あの頃って結構モテてなかった?」
「詳しく聞きたいです!」
余計なことを言うから俺の腕をぺちぺちと可愛く叩いていた珠唯さんが興味を持ってしまった。
「別にモテてない。今のこいつみたいなのがたくさんいただけ」
「紅葉さんみたいな人がたくさん……ハーレムってやつですか?」
「想像力がすごいね。それとお前は笑いすぎだから」
ハーレムとは、一人の男が最低でも二人以上の女に好かれることを言う(自論)。
だからあの時のをハーレムと言って、それを山中 紅葉が大量に居ると説明する場合は山中 紅葉が俺を好きでなくてはいけなくなる。
「普通にからかわれてただけ。女子ってカースト大好きじゃん。とにかく自分が上に立ちたいから、俺みたいに何もしない奴をからかって上下関係を見せつけたいんだよ」
「言いたいことはわかりますけど、悠夜さんなら簡単にやり返せますよね?」
「知らない? 俺って人見知りなんだよ」
俺は人と接することが苦手だ。
だから学生時代はクラスの置き物として生活していた。
そしてそれが原因で女子達のおもちゃにされ、それを疎む男共にもからかわれることがあった。
まあ俺はその全てに興味がなかったから特に辛かったとかはないけど。
「悠夜さんって、人と接するのが苦手なのはわかるんですけど、私とは結構すぐに話してくれましたし、他の子ともお話してます……」
「そのジト目はなんだよ。俺は自分から行かないだけであなたみたいに来てくれる分には相手をするよ。それですぐに話せるようになったのは、あなたとの相性? みたいのが良かったんじゃないの。知らんけど」
さすがに話しかけられて無視をするほどの人見知りではない。
昔はそうだったけど、学生を辞めて(卒業)からは、話しかけてくる相手とは話すようにしている。
自分からは仕事のこと以外で誰かに話しかけることは絶対にないけど。
ある一部を除いて。
「聞いてないな」
その一部は「相性……」と呟いてニマニマしている。
「ほんと君達は見てて飽きないね」
「もういいから用件話して帰れ」
「本気で忘れてた。えっと、同窓会やるから来て」
「ちょっと待てや」
言ってほんとに戻ろうとした山中 紅葉を止める。
止められるのがわかっていたようで、すぐに止まってくれた。
「帰れって行ったの佐久間じゃーん」
「いいから説明しろ」
「怖いよぉ、とかいらない?」
「じゃあ返事は『行かない』で」
「君はほんとに来ないだろうからちゃんと説明するよ。同窓会って言っても、中学の時の同級生を集めて食事会をするとかじゃないの。高校卒業と同時にバイトを辞めた同級生いるじゃん? それと今も続けてる全員集めて軽い食事会をしようって話になったのさ」
「そう、じゃあ俺は行かないからバイバイ」
話は終わった。
確かに中学の時の同級生が何人かバイトをしていたり、今もしているが、別に仲が良かったわけでもないので俺が行く必要はない。
「ちなみに主催者は
「それを言ったら俺が余計に行かないのわかってるよな?」
「うん。だけど知っての通り、私達の同級生で男子って佐久間と板東と、君の親友がいるけど、あいつは来ないでしょ?」
「絶対に来ない。何を言っても来ない」
親友かは置いておくとして、俺が未だに交流を持っているやつが一人いる。
そいつもここでバイトをしていたけど、結構早く辞めた。
「それなら君達が行かなきゃいいじゃん」
「それがね、主催者は板東なんだけど、立案者は私達なんですよ」
「なんであいつの前でそういう話をする……」
要は山中 紅葉含めた女子達で食事会を考えて話し合っていたけど、それをたまたま板東が聞いて女好きはあいつが勝手に主催したということらしい。
ほんとにめんどくさい。
「今更断ったらグチグチとうるさいから断るに断れないと」
「そう。だから君に白羽の矢が立ったわけですよ」
「なんで俺が行くと思ったんだよ」
「優しいから」
さっきまでのからかう笑顔とは違う。
本気でそう思ってるように思わせる、そんな笑顔を向けられた。
「優しくない」
「絶対に認めないよね。君のことをイエスマンって馬鹿にする人もいるけどさ、君は相手のことを考えられる優しい人だよ」
「そうやって俺を騙そうとしても嫌なものは嫌だ」
「本音九割だから」
つまり一割は打診があるということだ。
そんなことを言われたら余計に行くわけが──
「こうやって嫌がってても結局悠夜さんは行くんですよね」
「は?」
「紅葉さんが心配だから」
珠唯さんが少し拗ねたように言う。
いきなり何を言い出すのか。
確かに俺は言われたことを断るのが苦手だけど、本当に嫌な時は断る。
だから今回だって。
「悠夜さんは行きますよ。だって紅葉さんは本当に困ってますから」
「……」
「ということで、私も行っていいですか?」
珠唯さんが怒涛の勢いで意味のわからないことを言い出すから頭の整理が追いつかないけど……
今なんて言った?
「紅葉さんだけじゃなくて、他にも女の人が居るところに悠夜さんを一人で行かせるのは危ないですから」
「私達は全然いいけど、いいの?」
それは珠唯さんに聞いているのか、それとも俺に聞いているのか。
俺にだったら答えはノーだ。
「悠夜さんは断りませんよ。だって私の気持ちを知ってるんですから」
珠唯さんにまっすぐ見つめられながらそう言われる。
要は「私は好きな人が他の女の人と一緒に居るのは嫌なんですけど?」ということだ。
拡大解釈だけど。
「だから俺は行かないって──」
「じゃあ私だけで行きます。板東さんは私に興味を持っているみたいですし、紅葉さん達のボディガードになるはずです」
「じゃあ決まったね。佐久間と珠唯ちゃんが行くの確定と」
「俺はまだ……」
「珠唯ちゃんだけ行かせるの?」
「……行くよ」
そもそも最初からその選択肢しかない。
珠唯さんの言う通り、板東が来るなら女子だけで相手させるのは怖い。
さすがにあいつも変なことはしないだろうけど、何かあってからでは遅いのだから。
「優しい二人に感謝だよ」
「もう帰れよ……」
「ん? 帰るよ? 家に」
「お前ほんとに嫌い」
最初から全部が嘘まみれ。
暇になって早上がりになったから俺に話しかけに来たようだ。
こういうことばかりするから俺はこいつが苦手で、嫌いになれない。
もう疲れたので、俺は珠唯さんを連れて家に帰るのだった。
更に疲れることになるのを忘れて。
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