第11話 偽りの同盟

ソウルの雨は一向に止む気配を見せず、街に冷たく降り注いでいた。ルナとテジュンは、濡れたアスファルトの路地に立ち尽くし、互いの瞳を見つめ合っていた。二人の間に張り詰める緊張感が、まるで剃刀のように鋭い。


「真実を見つけるために、俺と手を組む気はあるか?」


テジュンが差し出した傘の柄から、水滴が静かに落ちる。彼の声は低く、どこか哀しみを含んでいた。それはルナの心をかき乱す。彼の言葉が本物であるかどうか、まだ判断できない。だが、彼女に選択の余地がないのも事実だった。


「私はまだあなたを信じない。でも、手を組むことで得られるものがあるなら…」


ルナの言葉に、テジュンの表情がわずかに変わった。彼は目を伏せ、静かに息をついた。そしてゆっくりと頷く。


「それでいい。俺たちの同盟は、互いの利益のためだ。」


彼のその言葉に、ルナは一瞬だけ胸をえぐられるような痛みを感じた。信じてはならない。テジュンもまた、財閥の一員であり、父の死に関わる存在だ。しかし、その手を取らなければ、彼女は真実に近づくことはできない。


「わかったわ。」


ルナは傘の柄を掴む。彼女の手に触れた瞬間、テジュンはその目をルナの瞳に向けた。彼の眼差しには複雑な感情が交錯していた。憎しみ、哀しみ、そしてどこかに秘められた優しさ。それらが彼の真意を隠している。


「ついてきて。」


テジュンはそう言うと、彼女を連れて路地の奥へと進んだ。雨が激しくなる中、二人は沈黙のまま歩き続ける。ルナの心は複雑な感情に支配されていた。彼の背中を見つめながら、父とジョンウ、そしてイネの裏切りを思い出す。彼女がこの復讐の道を歩むことを決意した瞬間、すでに戻ることはできなかった。


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テジュンに連れられた先は、ソウル郊外にある廃工場だった。廃棄物が散乱し、まるで人の出入りを拒むかのように寂れた場所。彼らは静かに工場内に入った。暗闇の中、テジュンは懐中電灯を取り出し、床の一角を照らす。


「ここに隠されている。」


彼は床の一部を指さした。その場所には、不自然に板が敷かれていた。ルナは緊張しながらテジュンの動きを見つめる。彼は慎重に板を剥がし、そこに現れた鉄のフタを開けた。中には地下へと続く階段が見えた。


「ジェハン財閥の秘密アーカイブだ。俺の父と君の父がここで何をしていたのか、その記録が残っている。」


彼の言葉に、ルナの心臓が激しく鼓動した。父の死の真相に近づく手がかり。彼女は息を飲み、テジュンの後に続いて階段を下りた。


地下室はひんやりとした空気に包まれ、壁には無数のファイルキャビネットが並んでいた。テジュンはその中の一つを開け、古いファイルを取り出した。彼は慎重にファイルを開き、その中の書類をルナに差し出した。


「これが、君の父と俺の父が交わした秘密の契約だ。」


ルナは手にした書類に目を通した。そこには、二人の男がジェハン財閥の裏事業を拡大するために協力し、利益を分け合う内容が記されていた。さらに、彼女の父がその後財閥の闇に気づき、暴露を試みた痕跡があった。しかし、その試みが失敗し、命を落としたことが示唆されていた。


「父は…本当に財閥のために働いていたの…?」


ルナの声は震えていた。彼女の頭の中で、過去の記憶と新たな事実が衝突し、混乱を生じていた。彼女の父は敵でありながら、同時に被害者だったのか。テジュンはその横顔を見つめ、静かに言葉を発した。


「君の父は俺の父に騙されたんだ。最初は協力者だったが、真実に気づいた時にはすでに遅かった。彼は反抗し、そして…」


「殺されたの?」


ルナの声に悲痛な響きが混ざった。テジュンは答えず、代わりに別の書類を取り出した。それは監視カメラの映像が保存されたディスクだった。


「この映像を見れば、真実が分かる。」


ルナはそのディスクを受け取ると、そっとポケットにしまった。彼女の中で、怒りと悲しみが渦巻く。しかし、今は感情に支配されている場合ではない。彼女にはこの戦いを終わらせるための手段が必要だった。


「これを公開すれば、財閥は終わる。」


テジュンの言葉に、ルナは冷たく答えた。「でも、あなたもその財閥の一員でしょう?」


彼は微かに笑い、悲しげに首を振った。「俺は父の行為を許さない。俺のためにも、君のためにも、これを終わらせる。」


その瞬間、背後から響いた銃声が二人の耳をつんざいた。ルナは反射的に身をかがめ、テジュンは彼女を庇うように立ちはだかった。次の瞬間、工場の入口から黒い服に身を包んだ男たちがなだれ込んできた。


「やはり…罠だったのか。」


ルナはテジュンを睨みつけたが、彼は必死に否定する。


「違う!俺じゃない、これは…」


しかし、その言葉を遮るように、男たちは銃を構えた。絶体絶命の状況。ルナはディスクを握りしめ、どう動くべきかを瞬時に判断しなければならなかった。


「信じるわけにはいかない。でも、今は…」


彼女はテジュンの手を取り、地下室の奥へと走り出した。暗闇の中で繰り広げられる追跡劇。敵か味方か分からないまま、二人は手を取り合い、脱出の道を探す。


「必ず真実を暴く。」


ルナの心に燃え上がる決意。その炎は、彼女の道を照らし続ける。

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