第10話 絡み合う陰謀

ルナは夜の闇に身を潜めながら、ソウルの街を駆け抜けていた。雨に打たれた冷たい空気が肌を刺す。先ほどのホテルでの出来事が彼女の頭を離れない。ソ・イネの裏切り、そして最後に渡された銀色のケース。その中身を確かめることができないまま、彼女はイネの言葉に戸惑っていた。


「本当の鍵…一体、何が隠されているの?」


心の中で何度もその言葉が繰り返される。彼女はイネを信じるべきなのか、それとも再び罠にはまってしまったのか。雨の中、彼女の心は揺れていた。


街の明かりが途切れる場所に着くと、彼女は建物の陰に身を潜め、呼吸を整えた。そして慎重に銀色のケースを取り出し、そっと開いた。中には小さなメモリーチップと一枚の紙片が入っていた。ルナは紙片を取り出し、雨に濡れないようにして読み始める。


そこには、「真実は血の中に隠されている」という謎めいたメッセージと、いくつかの数字とアルファベットの羅列が記されていた。彼女の脳裏に浮かぶのは、父の死、カン・ジョンウ、そしてジェハン財閥の数々の闇。すべてがこのメッセージに繋がるのだろうか?


突然、彼女の背後から足音が聞こえた。ルナはとっさにメモリーチップと紙片をケースにしまい、身を低くした。暗闇の中に浮かび上がったのは、見覚えのあるシルエットだった。カン・テジュン。彼は傘を差し、ルナの方に静かに歩み寄ってくる。


「どうしてここに?」


ルナは冷たい視線を彼に向けた。テジュンは少しだけ肩をすくめ、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「君が無事か確認しに来た。ソ・イネが動いたから。」


その言葉にルナの心臓が跳ねた。彼は最初から彼女を追っていたのか。イネとテジュンは一体どんな関係なのか、疑念が深まるばかりだった。


「心配するふりをして、私を捕らえるつもり?」


ルナは鋭く問いかけた。彼女の中で彼への疑念がますます強まる。テジュンは彼女に対して敵なのか、それとも…。


「君を捕らえるつもりなら、すでにしている。俺が何をしに来たか、理解しているだろう?」


彼の言葉に、ルナは一瞬だけ息を呑んだ。彼の眼差しには複雑な感情が渦巻いている。それは敵意でもあり、憐れみでもあるように見えた。ルナは自分の胸に浮かぶ疑念と恐れを抑え、彼の動きを見守った。


テジュンはゆっくりと傘を閉じ、ルナの前に立った。雨が二人の間を打つ音だけが響く。


「イネが君に渡したのは、本当の秘密の一部だ。彼女は君にチャンスを与えようとしている。」


「チャンス?」


「彼女は君に、復讐ではなく真実を選んでほしいと願っている。君の父と俺の父がかつて何をしたのか、その真実を。」


ルナの心は激しく揺れた。復讐ではなく真実?彼女は今まで父の敵討ちだけを目的に生きてきた。しかし、もしその復讐の先に何か別の真実があるとすれば…。


「君に選択肢を与えよう。君がこれ以上ジェハン財閥と戦うなら、俺たちは君を排除しなければならない。しかし、真実を追求するなら、俺は君を助ける。」


テジュンの声は真摯で、その瞳には真剣さがあった。彼の言葉が彼女の胸に突き刺さる。敵としてしか見ていなかった彼が、今、協力を申し出ている。だが、それが罠でない保証はどこにもない。


「私を信じさせる理由があるの?」


ルナは静かに問いかけた。彼女の心の中で、復讐と真実の狭間で揺れる想いがせめぎ合っていた。


「理由なんてない。ただ、君が何を選ぶのか、それだけが重要だ。」


テジュンはそのまま傘を彼女に差し出した。雨が激しさを増す中、二人の間に張り詰めた緊張が一瞬解けるような気がした。ルナは傘を見つめ、その手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。


「私はまだあなたを信じない。でも…」


彼女は銀色のケースをポケットに押し込み、テジュンの瞳を見つめた。


「私は真実を見つける。」


その言葉にテジュンは一瞬だけ微笑を浮かべ、静かに頷いた。そして、二人は再び雨の中に立ち尽くす。


「真実は血の中に隠されている」と記されたメモ。その謎が、彼女たちをさらなる陰謀と危機へと誘う。彼女の選択は、すべてを変える鍵となるのか。それとも、新たな罠への一歩に過ぎないのか――。

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