第3話 衝突する運命

冷たい風がソウルの夜を包み込む中、ルナはビルの屋上を滑るように駆け抜けていた。彼女の足音は夜の喧騒に消え、ただ軽やかに月明かりの下を進んでいく。追ってくる警察の存在を感じつつも、彼女の心は不思議なほどに冷静だった。長年にわたり、この街を舞台にして多くの盗みを成功させてきたが、今夜の追跡はいつもと違う。警察が自分のすぐ背後に迫っているのを、明確に感じていた。


**ハン・ジウン**――彼の名前は、ルナも当然のように知っていた。ソウル警察の若きエリート捜査官。幾多の事件で名を挙げ、卓越した推理力と冷静な判断力で多くの犯罪者を捕まえてきた彼が、ついに自分を追い詰めにきたことを、ルナは理解していた。


「さすがにしつこいわね…」


ルナはビルの屋上から隣のビルへと一気に飛び移った。数メートルの間隔を軽々と越え、そのまま屋上の端まで走り続ける。その動きは、もはや人間のものとは思えないほど速く、正確だ。しかし、彼女が次のステップを考えた瞬間、耳元に警察の無線の音が響いてきた。


「こちらハン・ジウン、目標のルナを視認。ビルの屋上にて追跡を続行。全隊、東側の出口を封鎖せよ。」


彼の声がすぐそこに迫っていることを感じ、ルナは眉をひそめた。ジウンがこれほどまでに自分に近づいているとは、予想外だった。しかし、彼女の冷静さは揺るがない。これまでにも幾度となく警察をかわしてきた経験が、彼女に自信を与えていた。


ビルの端に差し掛かったルナは、下の通りを見下ろした。そこにはパトカーが数台、すでに集まっている。追い詰められている――普通の人間であれば、そう感じるだろう。しかし、ルナは違った。彼女は逃げる道が閉ざされることを恐れてはいない。むしろ、それは次の一手を考えるためのきっかけに過ぎないのだ。


彼女は一瞬、後ろを振り返った。そこには、ビルの屋上へと上がってきたばかりのジウンの姿があった。彼は、息を切らせながらも、彼女の背中をじっと見据えている。


「終わりだ、ルナ!」


ジウンの声が冷たく響く。彼の鋭い目が、ルナのすべての動きを見逃さないように追いかけている。その目には、彼女を逮捕し、正義を遂行しようという強い決意が込められていた。


ルナは笑みを浮かべ、振り返った。


「そうかしら?まだ遊びは終わってないわ。」


彼女の声には余裕があり、まるでこの状況すら計算に入れていたかのようだ。ジウンは、その余裕に少し苛立ちを感じたが、すぐに冷静さを取り戻す。彼女を追い詰めるためには、感情に流されるわけにはいかない。


ルナはふと、ポケットに手を差し入れ、「青い月」の宝石を確かめた。彼女が今夜手に入れたこの財閥の象徴が、彼女にとってどれほど重要な意味を持っているかは、ジウンにはわからないだろう。これはただの盗みではなく、長年にわたる復讐の第一歩なのだ。


「あなたは何を考えている?」ジウンが口を開いた。「ただの犯罪者じゃないのは分かっている。ジェハン財閥とどう関係があるんだ?」


ルナは微笑みながら答えた。「あなたが知りたいのは、私の過去かしら?それとも、ジェハン財閥の秘密?」


「どちらもだ。」


ジウンの声には決意がこもっていた。彼はただ彼女を逮捕するだけでなく、その背後にある真実を追い求めている。ルナはその視線に、彼が自分の敵でありながらも、同時に理解者たり得る存在であることを感じ取った。しかし、今はその真実を明かす時ではない。


「あなたに答えを教えるわけにはいかないわ。」


ルナは、静かに言うと同時に、ビルの端に足を掛けた。ジウンが動こうとした瞬間、彼女は一気に飛び降りた。彼の目の前で、ルナは闇の中に消えていく。


「くそっ…!」


ジウンはすぐにビルの端に駆け寄ったが、下を見てもルナの姿はすでになかった。彼女は再び、月明かりの下に溶け込むように逃げ去ってしまったのだ。だが、彼は決してあきらめることはなかった。ルナは必ず次の行動を起こす。その時こそ、彼女を捕らえる――彼の心に再び強い決意が宿った。


---


数分後、ルナは静かな路地裏に身を隠し、警察の動きを確認していた。ジウンの執拗な追跡に冷や汗をかきつつも、彼女の表情には確信があった。彼の追跡は思った以上に鋭く、予想を上回るものだった。しかし、それでも彼女は次の一手を考えていた。


「ジウン、あなたは確かに優秀ね。でも、私にはまだ隠されたカードがある。」


ルナはポケットから「青い月」を取り出し、その冷たい輝きを見つめた。この宝石が、彼女の過去と未来をつなぐ鍵であり、ジェハン財閥の闇を暴くための重要なピースであることを彼女は知っていた。


彼女の目は、冷たくも強い光を宿していた。


「もうすぐ、すべてが動き出す…」


そう呟くと、ルナは再び闇の中に消えていった。彼女の復讐は、今まさに始まろうとしていた。そしてその先には、さらなる衝突と裏切り、そして真実が待ち構えている。ジウンとの追跡劇は、まだ始まったばかりだった。


---


ルナの背後には月が輝き、彼女の姿は再び夜の闇に溶け込んでいく。ジウンは彼女を捕らえることができるのか。そして、ルナが追い求める真実とは一体何なのか――その謎はますます深まっていく。

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