第6話 駅
目を覚まし機関室から顔を覗かせると、そこは首都のものと似た駅だった。
天井からクレーンで吊られる列車、専用の重機、規則正しく動く機械人形、一面金属の無機質な空間……ただ、機械人形と重機を含むすべてが首都のそれよりも古く、空間も端が見えないというほど広くはなく、20両の列車でいっぱいになっていた。
しかも、列車で届いた物資を運び込むために、町への入口が開いている。両開きの、重機やコンテナを運び出せる大きな扉だ。城門が閉ざされもっとも無防備である駅は厳しく管理されているが、やはり首都に比べると警備が緩い。
温度センサーを誤魔化す装置も首都では通用しなかったが、ここでは気付かれる気配も無い。予想以上の自由に、ソラは興奮を抑えきれず傍らで眠っていたハツをゆすった。
「ハツ。ハツ、起きて。着いたみたい。」
「……起動シマス。」
ウィン、と微かな起動音の後にハツが空色の瞳を開いた。
「おはよ、見てあそこ。あの門の向こうに街がある。今、列車から降ろしたコンテナを中へ運び込んでるみたい。この町は警備が緩そうだから、荷物に紛れてくぐってしまおうと思う。」
「承知しました。」
説明しながらソラは、今度は扉から機関室を抜け出し手招きした。ハツが着いて来ているのを横目で確認してからコンテナを積んだトラックの荷台に隠れる。列車と同じく運転席に機械人形はいない。“駅員”の機械人形に見つからずに駅を出られたら、しばらく捕まる心配は無いだろう。
「このまま駅出たらこの荷台から降りて、住人ですって顔で歩く。」
「それハどういう顔ですか。」
「んーとりあえずきょろきょろせず見慣れてる感じを出す?」
よく分かっていないハツにどう説明するかと考えているとトラックが動き始め、あまりにもあっけなく扉をくぐっていた。トラックの列を見るに、荷物はそのまま倉庫に運ばれるらしい。倉庫は塔の近くにある。少なくとも首都ではそうだったことをソラは覚えている。
「このまま塔の近くまで運んでもらおう。塔の近くは店もいっぱいあるはず。」
「塔とハ何ですか。」
「町で偉い人……王様?政党?みたいなのが町の機械人形の“役目”を決めてるとこ。もうやることも無さそうだけど。」
“農家”の機械人形が世話する畑がしばらく続く。食料を燃料にする機械人形もいるにはいるが、そういった機能はメインの補給機能とは別におまけとして付けられていることが多い。要するにこの畑も、街にあるだろうパン屋もケーキ屋も意味を持たない。
「ソラハ町ノことヲよく知っていますね。」
「んー、うん。俺2年前まで首都に住んでたんだよ。今探してる機械人形に育てられて。個体番号がS‐2525だからニコニコさんって呼んでたんだけど。知ってる?」
「イイエ。」
「だよなぁ。」
彼は“一般住民”という“役目”を与えられていた。パンを焼き、セーターを編んで、季節の行事を楽しむ。物心付いた頃からそんな彼に育てられていたから、2年前に機械人形が人間を嫌っていると知ってそれを疑った。今も疑っている。行事や呪いの意味を尋ねると必ず「人間の真似だよ」と返って来たから。
「ニコニコさんは俺をかくまってたのがばれてお偉いさん……機械人形のトップに壊されたんだよ。その、残骸、がさ。あのスクラップ場に無かったからそろそろ別の町も探そうかなって。もしかしたらどっかで再利用されてるかもだし。」
品種改良を繰り返し気温に関係なく栽培できるようになったサトウキビの畑が通り過ぎてゆく。味覚を持つ機械人形は滅多にいないため、彼らが作る料理はすべて30年以上前に人間が考案したレシピの再現だ。
「それヲ見つけてどうするノですか。」
「じっちゃんに直してもらう。」
本人には直せる保障は無いとはっきり言われてしまったが、ソラが立ち直るには必要な思い込みだった。
「……駄目だったらその時考える。酷い別れ方だったから心残りなんだよ。」
荷台に飛び乗ってきたバッタを指でつつくと、ハツもそれを真似する。
「心、残り。ソラノ心モ無いノですか。」
逃げたバッタを目で追って、そのまま遠くを見る目はやはり作り物だった。
「ん? ああ……あるよ。でも心に穴が開いたみたいな感じ?」
「でハS‐2525ハソラノ心なのですね。」
思いがけない発言にソラは固まった。ハツの視線がソラに戻る。
「うん。そうかも。」
ソラが笑っていると気付いたハツは再び青い麦畑を眺めた。相変わらずの無表情で。
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