第5話 出発
鼻歌でも歌い出しそうなソラと無表情のハツの間に、やけにごつくなったトロッコが突っ込んできた。
「おい、できたぞ。車両の後ろは警備が固い。前から行け。」
「さすがじっちゃん! 頼りになるぅ。」
「手動に切り替えただけだからな。」
ソラの感謝を手で払って、老人がハツに視線を移した。からっぽだったが、目が合うようになっているのだ。
「ハツもついて来るってさ。」
「ハイ。」
置いて行け。ギリギリのところで老人は言葉を飲み込んだ。列車がボイラーを温め始めている。老人に背中を叩かれて、ソラはリュックを背負い直した。
「ソラ。今から出発するノですか。」
「するする! これ線路に乗せるの手伝ってくれ。」
「承知しました。」
ハツが手を添えた途端、改造され重量を増したトロッコが瓦礫をかき分け悠々と進む。
「おわっ! 力あるなぁ。助かる。」
線路に設置されたトロッコに2人が乗り込んだことを確認し、老人は備え付けた1つのボタンを指した。
「それを押すと──」
「うん。」
ソラの指が迷わずそれを深く押す。トロッコが走り出した。予想した通りの反応に老人はため息をついて見送った。
「ありがとじっちゃん! 行ってきまーす!」
機械人形がソラを真似して手を振っている。あの人形と喋るソラの嬉しげな様子がよみがえった。
「あれはやっぱり人形がいいんだなぁ。」
その声は誰の耳にも届くことなくスクラップの山に消えた。
一方、加速し続けるトロッコに乗ったソラとハツは、次の行動について相談していた。
「これデ隣町ニ向かうノですか。」
「いんや、これじゃ入れてもらえないし後ろから列車に突っ込まれる。多分衝突されてから壊れるまで数分あるように作ってくれたはずだから、その間に……乗り移る?」
代り映えしないゴミ山の景色が光の速さで通り過ぎてゆく。
「不可能ト予測します。」
「確実に死ぬことはしたくないよなぁ。……ん?」
しかしトロッコの底に石が括り付けられた麻縄を見つけてしまった。
「んな原始的な……」
無駄を嫌うあの老人のことだ。これは確実に使えという意味だろう。遥か後方、手のひらに乗るほどの城壁から汽笛が聞こえてきた。次いで車輪が線路を走る音も。時間はあまり無い。
「ハツは力持ちだったよな。列車が来て俺が合図したら煙突にこの石を投げてほしい。そしたらくるくるって縄が巻き付くから。」
「承知しました。」
状況を把握しきれていないハツは、とりあえずその簡潔な指示に従うことにした。近付く轟音を拾い、渡された石を持って眼前に迫った黒い丸顔の、その上の煙突に焦点を合わせる。トロッコが大きく揺れた。車体が押され斜めに傾く。
「ハツ、頼む!」
ハツの投げた石は弧を描くことなく煙突にロープを絡めた。トロッコが倒れ、縄を握るハツとそれにしがみつくソラは列車に引かれて空を飛んだ。
「っぶねー。一瞬じゃんかよぉ。」
なんとか炭鉱車にしがみつき事なきを得た2人は、窓から無人の機関室に侵入した。機械人形の町では乗り物は無人が普通だ。様々なレバーやメーターが自動で調整される部屋は、炉が少々熱いくうるさいが居心地は良かった。とりあえず、腰を下ろして壁に背を預ける。その間ソラは愚痴りながらも目を輝かせていた。
「ハツも座りなよ。」
「承知しました。……ソラノ顔ニ、楽しいガ見えます。」
「分かる? これぞ旅!って感じだからさ。」
つい、とソラが口元をほころばせたが、視線はハツの腕に注がれていた。
「ハツは故障してない?」
「破損個所ハ確認されません。」
「そか、よかった。」
一般の機械人形ならば腕が取れるような衝撃だった。ハツはよほど頑丈に作られているらしい。機械人形は普通、専門分野にのみ特化した作りをしている。容姿や廃棄されていたことから愛玩用かと思っていたが、その頑丈さや腕力は建築現場用のものに近い。
ということに意識が向きかけたが、まあいいかと今後のことを考える。列車の向かう先は首都を囲う東西南北4つの町のどれかだ。
「この列車がどこに着くのかとか着いた後でどうするかとかは着いてから考えるけど、動き回るのは確実だからハツはスリープモードに入っとくといいよ。多分数時間かかるから。」
「承知しました。」
ハツが目を閉じるのを確認してから、ソラは自分の眠気に気付いた。昨夜は町に侵入するのが楽しみで眠れなかったのだ。睡魔と戦いながら育ての親をどう探すかを考える。手がかりも見つかる可能性も無いと頭では分かっているが……。
「……ん?」
スリープモードの機械人形が肩にもたれかかってきた。もっとも重い心臓が無いため、人間の重みとあまり変わらない。ソラは列車の一定のリズムに促されるまま眠りに落ちた。
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