第2話 南の町

 一方、加速し続けるトロッコに乗ったソラとハツは、次の行動について相談していた。


「これデ隣町ニ向かうノですか。」

「いんや、これじゃ入れてもらえないし後ろから列車に突っ込まれる。多分衝突されてから壊れるまで数分あるように作ってくれたはずだから、その間に……乗り移る?」


代り映えしないゴミ山の景色が光の速さで通り過ぎてゆく。


「不可能ト予測します。」

「確実に死ぬことはしたくないよなぁ。……ん?」


しかしトロッコの底に石が括り付けられた麻縄を見つけてしまった。


「んな原始的な……」


無駄を嫌うあの老人のことだ。これは確実に使えという意味だろう。遥か後方、手のひらに乗るほどの城壁から汽笛が聞こえてきた。次いで車輪が線路を走る音も。時間はあまり無い。


「ハツは力持ちだったよな。列車が来て俺が合図したら煙突にこの石を投げてほしい。そしたらくるくるって縄が巻き付くから。」

「承知しました。」


状況を把握しきれていないハツは、とりあえずその簡潔な指示に従うことにした。近付く轟音を拾い、渡された石を持って眼前に迫った黒い丸顔の、その上の煙突に焦点を合わせる。トロッコが大きく揺れた。車体が押され斜めに傾く。


「ハツ、頼む!」


ハツの投げた石は弧を描くことなく煙突にロープを絡めた。トロッコが倒れ、縄を握るハツとそれにしがみつくソラは列車に引かれて空を飛んだ。


「っぶねー。一瞬じゃんかよぉ。」


なんとか炭鉱車にしがみつき事なきを得た2人は、窓から無人の機関室に侵入した。機械人形の町では乗り物は無人が普通だ。様々なレバーやメーターが自動で調整される部屋は、炉が少々熱いくうるさいが居心地は良かった。とりあえず、腰を下ろして壁に背を預ける。その間ソラは愚痴りながらも目を輝かせていた。


「ハツも座りなよ。」

「承知しました。……ソラノ顔ニ、楽しいガ見えます。」

「分かる? これぞ旅!って感じだからさ。」


つい、とソラが口元をほころばせたが、視線はハツの腕に注がれていた。


「ハツは故障してない?」

「破損個所ハ確認されません。」

「そか、よかった。」


一般の機械人形ならば腕が取れるような衝撃だった。ハツはよほど頑丈に作られているらしい。機械人形は普通、専門分野にのみ特化した作りをしている。容姿や廃棄されていたことから愛玩用かと思っていたが、その頑丈さや腕力は建築現場用のものに近い。ということに意識が向きかけたが、まあいいかと今後のことを考える。列車の向かう先は首都を囲う東西南北4つの町のどれかだ。


「この列車がどこに着くのかとか着いた後でどうするかとかは着いてから考えるけど、動き回るのは確実だからハツはスリープモードに入っとくといいよ。多分数時間かかるから。」

「承知しました。」


ハツが目を閉じるのを確認してから、ソラは自分の眠気に気付いた。昨夜は町に侵入するのが楽しみで眠れなかったのだ。睡魔と戦いながら育ての親をどう探すかを考える。手がかりも見つかる可能性も無いと頭では分かっているが……。


「……ん?」


スリープモードの機械人形が肩にもたれかかってきた。もっとも重い心臓が無いため、人間の重みとあまり変わらない。ソラは列車の一定のリズムに促されるまま眠りに落ちた。




 目を覚まし機関室から顔を覗かせると、そこは首都のものと似た駅だった。天井からクレーンで吊られる列車、専用の重機、規則正しく動く機械人形、一面金属の無機質な空間……ただ、機械人形と重機を含むすべてが首都のそれよりも古く、空間も端が見えないというほど広くはなく、20両の列車でいっぱいになっていた。しかも、列車で届いた物資を運び込むために、町への入口が開いている。両開きの、重機やコンテナを運び出せる大きな扉だ。城門が閉ざされもっとも無防備である駅は厳しく管理されているが、やはり首都に比べると警備が緩い。温度センサーを誤魔化す装置も首都では通用しなかったが、ここでは気付かれる気配も無い。予想以上の自由に、ソラは興奮を抑えきれず傍らで眠っていたハツをゆすった。


「ハツ。ハツ、起きて。着いたみたい。」

「……起動シマス。」


ウィン、と微かな起動音の後にハツが空色の瞳を開いた。


「おはよ、見てあそこ。あの門の向こうに街がある。今、列車から降ろしたコンテナを中へ運び込んでるみたい。この町は警備が緩そうだから、荷物に紛れてくぐってしまおうと思う。」

「承知しました。」


説明しながらソラは、今度は扉から機関室を抜け出し手招きした。ハツが着いて来ているのを横目で確認してからコンテナを積んだトラックの荷台に隠れる。列車と同じく運転席に機械人形はいない。“駅員”の機械人形に見つからずに駅を出られたら、しばらく捕まる心配は無いだろう。


「このまま駅出たらこの荷台から降りて、住人ですって顔で歩く。」

「それハどういう顔ですか。」

「んーとりあえずきょろきょろせず見慣れてる感じを出す?」


よく分かっていないハツにどう説明するかと考えているとトラックが動き始め、あまりにもあっけなく扉をくぐっていた。トラックの列を見るに、荷物はそのまま倉庫に運ばれるらしい。倉庫は塔の近くにある。少なくとも首都ではそうだったことをソラは覚えている。


「このまま塔の近くまで運んでもらおう。塔の近くは店もいっぱいあるはず。」

「塔とハ何ですか。」

「町で偉い人……王様?政党?みたいなのが町の機械人形の“役目”を決めてるとこ。もうやることも無さそうだけど。」


“農家”の機械人形が世話する畑がしばらく続く。食料を燃料にする機械人形もいるにはいるが、そういった機能はメインの補給機能とは別におまけとして付けられていることが多い。要するにこの畑も、街にあるだろうパン屋もケーキ屋も意味を持たない。


「ソラハ町ノことヲよく知っていますね。」

「んー、うん。俺2年前まで首都に住んでたんだよ。今探してる機械人形に育てられて。個体番号がS‐2525だからニコニコさんって呼んでたんだけど。知ってる?」

「イイエ。」

「だよなぁ。」


彼は“一般住民”という“役目”を与えられていた。パンを焼き、セーターを編んで、季節の行事を楽しむ。物心付いた頃からそんな彼に育てられていたから、2年前に機械人形が人間を嫌っていると知ってそれを疑った。今も疑っている。行事や呪いの意味を尋ねると必ず「人間の真似だよ」と返って来たから。


「ニコニコさんは俺をかくまってたのがばれてお偉いさん……機械人形のトップに壊されたんだよ。その、残骸、がさ。あのスクラップ場に無かったからそろそろ別の町も探そうかなって。もしかしたらどっかで再利用されてるかもだし。」


品種改良を繰り返し気温に関係なく栽培できるようになったサトウキビの畑が通り過ぎてゆく。味覚を持つ機械人形は滅多にいないため、彼らが作る料理はすべて30年以上前に人間が考案したレシピの再現だ。


「それヲ見つけてどうするノですか。」

「じっちゃんに直してもらう。」


本人には直せる保障は無いとはっきり言われてしまったが、ソラが立ち直るには必要な思い込みだった。


「……駄目だったらその時考える。酷い別れ方だったから心残りなんだよ。」


荷台に飛び乗ってきたバッタを指でつつくと、ハツもそれを真似する。


「心、残り。ソラノ心モ無いノですか。」


逃げたバッタを目で追って、そのまま遠くを見る目はやはり作り物だった。


「ん? ああ……あるよ。でも心に穴が開いたみたいな感じ?」

「でハS‐2525ハソラノ心なのですね。」


思いがけない発言にソラは固まった。ハツの視線がソラに戻る。


「うん。そうかも。」


ソラが笑っていると気付いたハツは再び青い麦畑を眺めた。相変わらずの無表情で。


 畑ばかりの景色が終わり店や家が並ぶ通りに差し掛かったので、ソラとハツはトラックを降りた。機械人形が住む家は水回りが使われていなかったり、ベッドや椅子が必要無かったりするため、人間が暮らせない状態のものが多い。そしてその割に塵一つ汚れ一つ無いほど綺麗に掃除されており、極端なものになるとドアが壊れているのに掃除はされているということもある。


「改めて見ると変だよなぁ。何が変かって言うと何がって感じなんだけど。」


石畳みの大通りには出店や飲食店、雑貨屋が立ち並んでおり、客の機械人形たちが商品を物色している。しかし雑談らしき雑談は無く、密度の割に活気は感じられない。「1ツクダサイ」「カシコマリマシタ」といったお決まりのやり取りがそこかしこで繰り返されている。しかし機械人形のそういった空気に慣れているソラは、店を片っ端から物色し串焼きやらジュースを受け取り頬張っていた。


「そノ行動ハ良いのですか。」

「ん? ああ、金の心配? 人間と違って通貨は無いんだよ。……ってハツに言ってもびっくりしてくれないかぁ。」


じっちゃんたちにはいいネタになったんだけどなぁ、とぼやくソラを無視してハツが続ける。


「今ノソラハ『住人ですって顔』ヲしていないト判断しました。」


ソラの肩がぎくりと跳ねる。


「だって人間エネルギー補給が必須なんだもーん。ハツも同じだろ?」


それにこの町の機械人形はあらかじめ決められたプログラム通りに動いているだけ、ということを機械人形であるハツに言うのはためらわれた。ここの機械人形に道を訊いても商品を押し付けられるだけだろう。そういった機械人形はソラの人間じみた行動を気に留めず、ソラもまた会話の成り立たない機械人形に興味は無い。


「ほらあそこ、燃料ドリンクある。補給しといた方が良くない?」


話を逸らそうと、燃料をカップに入れて売る屋台にハツを押し出す。もうすぐ日が暮れる。現在ハツが動力源にしている太陽光が消えれば、明日の朝まで動けないだろう。自覚があるのか、ハツは促されえるままに燃料を1杯受け取って戻ってきた。


「貰って来ました。」

「かんぱーい。」


カップにオレンジジュースをぶつけられたハツが、不思議そうに2つのカップを見比べる。そしてしばらく考えてから同じようにカップを当て返した。


「カンパ、イ。」

「うん!」


粘り気のある黒い液体を1口飲んで、ハツが目を見開いた。燃料の補給は初めてだったのだ。味覚は無くとも、底をつきかけていたエネルギーが満たされる感覚は分かるらしい。一気に飲み干し再び同じ屋台でおかわりを貰って来た。


「なっ? こうやって外で食べるのが一番沁みる……おいしいよなぁ。」

「オイシイ、ガ分かりました。ソラヲ止めません。」


またからになったカップを持って屋台に並ぼうとするハツを、今度はソラが止める。


「待てハツ。こんなに店があるのに一か所で満腹は惜しいだろ。……制覇するぞ。」

「セイハ。賛成します。」

「よっしゃやるぞー。」


おー、と突き上げられたソラの拳に、ハツがからのカップでカンパイした。

 機械人形の町は眠らない。ソラとハツが食い倒れている間にとっぷりと日が暮れてしまった。


「はぁー食った食った。泊まれる宿ねぇのに夜になったなぁ。」

「ハイ。」


綺麗な廃墟が並ぶ機械人形の町に、人間が宿泊できる建物は無い。満腹の眠気と戦いながらソラが呟く。見上げた正面には天をも貫く高さの塔がそびえ立っていた。石造りでありながら、屋根やドアは錆びた鉄で作られている。塔の前の大通りを、食べ歩きながらここまで来たのだ。ソラたちがいるのは大通り側で、塔の向こう側にはコンテナが運び込まれたであろう倉庫が見える。店の群れのランタンに照らされて、塔の中腹に掘られた麦と歯車の紋章が浮かび上がった。


「南の町かぁ、ここ。食いもん美味いと思った。あ、そうだ。塔って機械人形の検索できるんだよ。」

「私たちモ使えるノですか。」

燃料を補給したハツはご満悦だ。製作者のこだわりなのか、肌の潤いがさらに増している。

「多分。古い機種が仕事仲間の情報を受け取るために行くらしいから、そういう雰囲気出せばどうにかなるかもしれない。」

「私ガ行きますか?」

「俺のこれ、人間感知のセンサー誤魔化すやつなんだ。」


ソラ自分の首にはまった金属の輪をつついた。同じ物が手足首にも着けられている。


「首都の駅じゃ微妙に通用しなかったけど。ま、どーにかなるなるぅ。」

「そうですか。」


相談しながら、2人の足は塔に向かっていた。門番が錆びた扉を開いて出迎えてくれる。


「逃走ルートの案とかある? 俺たちどうやってこの町から出るんだろう。」

「ドウニカ、ナルナル、ウ。」

「いいなそれ。」

「さっきソラガ言いました。」

「だっけ?」


塔の1階は外見から予想できたものと相違無く、殺風景な石造りだった。中央に立った検索用の機械人形が、薄暗い空間に立っている。機械人形は裏切らない。データは首都の塔にすべて共有され管理され、町に登録され個体番号を持つ機械人形であれば大抵の施設に出入りできる。故に機械人形のみが住まう町のセキュリティはあって無いようなものである。町の機械人形であれば。


「こんにちはぁ。」

「ゴ用件ハ。」


その機械人形には髪が無く、恐らく関節の痛みを隠すためにドレス型の給仕服を着せられていた。塔の人形も首都ほどの性能は持っていない。南の町は農作の町だから、高性能のものをあてがう必要が無いのかもしれないが。とりあえず、この町で必要以上に警戒する必要は無さそうだ。


「個体番号S‐2525を探してるんだけど位置情報の確認できるかな。」

「承知イタシマシタ。……首都ノ“一般住民”。現在モ稼働中。以上。」


稼働中。そんなデータがあえて表示されることはない。ソラが眉をひそめる。


「……続きは?」

「S-2525ハ現在、首都ノ──」


機械音声に雑音が混じった。


「──S-2525ニツイテの情報ハアリマセン。」


ビーッと警告音が鳴る。


「……え?」


まるで消し残しのような、今急いで消去されたような、不自然に中途半端な情報。ソラはその意味を少し考えて、


「じゃあ、いいや。番号間違えたかな。」


問題を起こさないよう努めることにした。


「あとこの子が心臓落としたから探して欲しいんだ。」

「個体番号ヲ入力シテクダサイ。」


だよな、とソラがハツを振り返った。ハツは自分の個体番号を含む全ての記憶を、心臓と共に失っている。燃料を得てどういう訳か血色はよくなったが、記憶が戻ることは無かった。


「この子、心臓にメモリーが入ってたみたいで個体番号も忘れちゃったんだ。」

「コチラデ調査デキマス。」

「だって。やってもらう?」

「ハイ。よろしくお願いします。」


機械人形に促されるまま、ハツはそれと額を合わせ視線を重ねた。心臓が見つかれば記憶が戻るかもしれない。記憶が戻れば自分の“役目”が分かる。だからハツはこの件についてはためらわない。瞳から情報を読み取らせて数秒後、今度こそ本格的に警告音が鳴った。


「違法個体。違法個体。違法個体──」

「まじか。」


町全体に爆音のサイレンが響く。首都の駅で聞いたものより少々かさついてひび割れた音で、それが一層不快感を煽った。


「イホウ、コタイ、とハ」

「ハツ、逃げるぞ!」


詳しく尋ねようとするハツの腕を引いてソラは塔の外に飛び出した。店番をしていた機械人形たちが、サイレンの強い指示に誘われおぼつかない足取りで集まって来る。店番役の機械人形は走るように作られていない。


「これって捕まったらまずいやつだよなぁ。」

「そのようニ見えます。」


武器を持っているわけではないが、機械人形は人間よりも頑丈だ。それに追われては人間のソラはひとたまりも無い。狙われているのはそれなりに上部なハツだが、ハツも数で押し切られてはかなわないだろう。


「裏、回るぞ!」


倉庫の見張りはあまり設置されていない。あわよくばトラックを借りてやろうと、ソラはハツの手を引いた。


「ハツってなんかすごいみたいだな。」

「記憶ニありません。」


ハツはどこか腑に落ちない様子だった。自分過去が分かると思った直後のこの仕打ちだ。無理もないだろう。倉庫が並ぶ通りを走りながら名残惜しげに振り返る表情は、迷子の子どものようだ。


「“役目”ガ無ければ、私ハ……」

「手がかりにはなったじゃん。人間が造った、町のじゃない機械人形……30年以上前のは全部町に属してるはずだから、案外生まれたてかもよ。」

「誰ガ、私ヲ造ったノでしょうか。」

「誰だろうなぁ。……あ、トラックあった。ちょっと待ってて。」


大型トラックが数十台並ぶ駐車場を見渡し、もっとも古そうな機種を選んで乗り込む。駅からここまで来る際にこのトラックは無人だった。つまり、今2人を追っている機械人形たちと同じように、遠隔からの信号とプログラムで動いているということだ。しかしこの町の機械人形たちを見た限り、古いものならば手動で動く可能性も──


「駄ァ目だ、動かね。」


緊急事態ということでロックがかけられたのかもしれない。


「ハツ、なんか乗れそうなトラック探してほしい。半分くらい壊れてそうなやつ。」

「承知しまし……ソラ。」


運転席から、真下で周囲を警戒するハツに指示を出す。その時、駐車場に機械人形たちが押し寄せてきた。歩みが遅いと油断していたが、町全体が敵となってしまっては逃げ場が無い。


「ハツ、こっち来い。」

「イイエ。ソラハまだ認識されていないため、別行動ヲ取るべきト判断しました。」


──ソラは逃げて。

懐かしい機械音声がよみがえる。


「ハツ!」


ハツを引き戻すため運転席から飛び降りた時、機械人形の1人がハツの頭を殴った。ハツの身体が力なく倒れる。ハツには心臓が無くすべての行動を頭の部品で補っているため、頭が弱点なのだ。


「ハツ!!」


ソラの声が悲鳴に変わる。その瞬間、機械人形たちが動きを止めトラックのエンジンがかかった。状況は把握できないが今しか無いと判断したソラは、ハツを担いで助手席に座らせてアクセルを踏み込んだ。トラックはからっぽの機械人形たちを跳ね飛ばしながら進んでいく。街を抜け畑の道を危なっかしい運転で走っている間も、さっきの淡く輝くハツの瞳がソラの脳裏を離れなかった。


「……ソラハ運転ガできたノですね。」

「お! 調子どう?……やっぱ目ぇ光ってるな。」


目を覚ましシートベルトを着用するハツの目は、まだ青白く輝いている。


「あれハ電波障害です。指示ガ受け取れなかった。……私ノ仕業ト思われます。」

「記憶戻った?」

「機械人形ノ勘です。」


シートベルトを握りしめるハツはまだ浮かない顔をしていた。初対面から変わらぬ無表情なためソラの主観だが。


「正面に見えるあれがこの町の城門。ハツのそれでエラー起きたら開くかもなぁって。だからそのままキープで頼む。」

「承知しました。」


石積みの城壁に錆びた鉄の門。その直前にトラックを止めて、ソラは城門の脇に駆け寄った。門を挟むように守衛室があるが、そこへの梯子は完全に朽ちてただの縄と板になっている。ソラは梯子の裏の壁の石を1つ1つ障って、小さな隙間を発見した。


「みっけ。」


外れた石の下から出てきた錆びたレバーを躊躇い無く引き下げる。城門が小さく震え始めた。これはスクラップ場の男から教わった緊急用の開門レバーだ。両開きの門が悲鳴をあげながら押し開かれていく。南の町の城門が30年ぶりに開いた。すぐにソラは運転席に戻り、トラックを発進させた。


「門の開け方はじっちゃんが、運転はニコニコさんが教えてくれたんだよなぁ。いざという時のためって。いざという時ってこういう時だったりして。」

「恐らくそノ1人ト1体ハ、こノような状況ハ考慮していなかったト思われます。」

「やっぱり?」


南の町は農作の町であったため、町周辺にも首都ほどスクラップは落ちていない。ゴミ山というよりは、金属片と機械の残骸にまみれた草原といった景色が広がる。ヘッドライトは自動運転のセンサーに必要な最低限の、ロウソク程度の光量しか持たないため、ソラにはほとんど景色が見えていない。


「ハツ、障害物あったら教え──あ、もう目ぇ光らせないでいいよ。町を出たから塔の指示も聞こえないはず。」


ソラがトラックのハンドルをポンと叩く。首都周辺のスクラップ場が安全なのは、塔の電波範囲が大きく影響している。指示がプログラムに直接書き込まれていればそれも関係ないが、機械人形のトップは統治しづらい場所をわざわざ掃除しようとは思わないらしい。それを踏まえると、町の外でも動くハツがさらに不可解になるわけだが。


「……電波妨害ガ、切れません。燃料ノ消費ガ激しいです。」

「おぉう……とりあえず、食べ歩いといてよかった。」


頭を振ったり目を覆ったりいろいろと試しているようだが、瞳の光が消える気配は無い。初めて存在を知った機能は、本人でも扱いきれないようだ。そもそも、この機能が見つかったのもほとんど事故だった。


「ああ、そうだ。……そりゃ。」


何かを閃いたソラがハツの頭を軽く小突くと、無事光は収まった。


「……消えました。」

「よかったよかった。」


ハツの機能は頭部に集中している。頭を殴られて発動した機能ならば、同じ場所を殴れば切れると考えたのだ。スクラップ場の老人がこれを見たら、再び「雑な機械もあるもんだ。」と言うだろう。


「ソラ、こノ機能から私ノ“役目”ヲ予測できませんか。」

「思いつかないなぁ。」


これだけ機械人形に詳しければあるいは、と淡い期待を持ったハツを、ソラはバッサリ切り捨てた。


「だってさ、こんな機械人形の敵みたいな能力聞いたこと無いし。」

「ソラでモ無いノですか。」


平坦な声色が落ち込んでいるように聞こえて、ソラは慌てて説明を付け足す。


「そもそも機械人形って“役目”に特化した能力しか無いんだよ。工事するやつは力が強いし、細かい作業するやつは湧き水の中の虫まで見える。でもその分……ほら、店番してたやつは走れなかっただろ?」

「ハイ。」


ハツは機械人形として万能すぎる。そのせいで“役目”を想像する余地が無い。


「でもハツは力持ちだし走れるし外見凝ってるし機械人形の動きも止められる。そんなの、首都でも見たこと無い。“一般住民”のニコニコさんは15歳くらいの俺を抱き上げて腕が取れてた。」


久々に町に入ってよみがえった思い出を付け足してみる。機械人形に人間の成長は分からなかったのだ。


「まぁとにかく、謎がいっぱいってこと。俺の方だってなんも分かってないのに、ハツだけ旅が終わったら寂しいだろ。次があるあるぅ。」

「次モあるノですか。」

「うん。旅、出たばっかじゃん。」


ハツが首を傾げた。今回が唯一の情報だと思い込んでいたようだ。


「ハツは困ってるかもしんないけど、俺にとっては他人事だからさ、ちょっとわくわくした! 存在が違法とかかっこいいじゃん。」


さらに正直に言うと、ソラにとってハツの“役目”はどうでもよかった。会話が成立する機械人形と話している、という事実が楽しくて仕方がないのだ。


「ソラハ町ヲ出てからずっと、嬉しい、ノ顔ヲしていますね。」


ハツの意識がやっと自分の“役目”から逸れた。


「うん! ニコニコさんのデータ変だった。なんかある。もしかしたら生きてるかも!」


ソラの声が弾む。その言葉が「ニコニコさんは死んでいると思っていた」と自白しているようなものとは気づいていない。


「ツギガアルアル、ですね。」

「そうそう。次はどこ行こうかなぁ。……でも眠いしこの辺りで寝る?」

目を凝らしての運転に疲れたソラがブレーキを踏むと、ハツが首を振った。

「それハできません。後ろニ車ガ見えます。追われています。」

「まじか。」


トラックが加速する。


「じゃあ振り切るから、障害物の少ない道教えて。俺なんも見えてないから。あと追って来てる車はどんなのか見える?」

「承知しました。正面ニ木ガあります。……車ハ、」


ハツが窓から頭を出して後方を確認する。


「これと同じ大型ノトラックが3台です。1台、機械人形ガ1体乗っています。」

「ありがと。」


町の外で動けるトラックと機械人形はそれだけしかいなかったのだろう。つまり、あまり性能はよくないはずだ。しかも機械人形が1体乗っているということは、それが3台を操作している。


「もしかして、髪と顔が無い、卵みたいな頭のやつ?」

「ハイ。」


ニコニコさんに見せられた、大量生産機種の一覧に似たようなシリーズが載っていた。首都でしょっちゅうエラーを起こしたため、まとめて他の町に移されたものだ。「ハツを追え」という命令の途中で対象が町を出たせいで制御がきかなくなったか。


「どこから追って来てた? このトラックって町の外でも位置情報ばれるのかな。」

「イイエ。町を出たところカラ後ろニいました。」

「じゃあ振り切れば安心だな。これが通れる程度に木が生えてる方向はどっち? 南の町の近くには森があるって聞いたんだよな。」

「左手です。」

「りょーかい。」


ハンドルが左に切られる。


「斜め右ニ廃墟ガ。そノ向こうニ木ガ3本──」

トラックはハツの指示通り右へ左へ曲がりながらしばらく走った。たまに後方から何かがぶつかる音が聞こえ、やがて静かになった。トラックは、木が生い茂りこれ以上進めない、森の手前で止まった。


「いなくなりました。」

「おつかれー。ちょうど次の目的地決まったよ。南の町の森の中。人間が住む……村があるって聞いたことあるんだ。」


スクラップ場に住んでいた人間がそこを目指して出て行くところを何度か見た。せっかくここまで来たのだから探してみてもいいだろう。それに、探しものの手がかりがつかめるかもしれない。


「人間ガ、ですか。」

「そう。明日の朝、探検してみよう。」

「ハイ。」

「んじゃ、おやすみー。」

「オヤ、スミ。」


ソラがエンジンを切ると微かなヘッドライトも消えた。曇り空の夜の真っ暗闇で2人は眠った。

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