機会仕掛けの虚無人形
ゆーばりにんじん
第1話 棄てられた人形
30年前。人間が造った機械人形たちはやがて人間の手を離れ、新人類を名乗り反乱を起こした。人間の技術を詰め込んだそれらは7日7夜で首都を制圧し、追い出された人間たちは遠方へと散った。機械人形は現在も自然を淘汰しながらじわじわと支配の領域を広げており、人間はやがて絶滅するとさえ言われている。
そこは、判る者には異様な街だった。人間が暮らしていたかつては流通と政治の中枢を担い、この大陸でもっとも栄えていた町だ。しかし今は生活感の感じられない古びた家が並び、小石1つ無いほどに整備された道が通っている。そこを歩いているモノから生き物の気配は感じられない。鉄の部品が剥き出しのモノ、動物を模したモノ、人工皮膚を被ったモノ……。それらがそれぞれの店で食事を作ったり服を縫ったりと、彼らには必要の無い仕事をしている。ここは機械人形が人間の真似事をするハリボテの町だ。
その町の一角。城壁に沿って作られた四角い駅の構内で体温のある声が上がった。装飾も窓も無い金属の建物は音がよく反響する。
「頼むってぇ。ちょっと荷台に乗るだけだから、なっ?」
雑にまとめられた紺色の髪とみずみずしい同色の瞳、自然な困り顔に擦りむいた膝の赤い血。そして何よりその体温。この町にはいるはずの無い、生きている人間だ。
「侵入者ヲ排除シマス。」
少年をリュックごとつまみ上げた機械人形が無機質な警告音を発した。それに連動するように駅にサイレンが響き周囲の機械人形たちの視線が少年に集まる。
「待って待って! あー、ほら、侵入経路とか目的とか聞きたくない?」
少年がサイレンと列車を点検する轟音にかき消されないよう声を張り上げると、その首を締めようと伸びた手が止まった。駅は、町を護る城壁の、城門以外で唯一の出入り口である。東西南北の城門は30年前から閉ざされており、他地域で発掘した燃料を運び入れたり遠方の町を整備するための物資を届けたりする際にはこの駅が使われる。しかし列車は出発前の点検中で、車両がくぐる扉は固く閉ざされている。つまり、少年が入る隙はこの町には無かったのだ。
「俺、ソラって名前。この町出身! 隣町に行くの、列車なら手っ取り早いと思ってさ。どっから入ったかは秘密。」
賄賂でも無いかとオーバーオールのポケットをまさぐりながら少年が名乗った瞬間、サイレンがぴたりとやんだ。点検の終わった列車が天井から伸びるワイヤーに吊るされ線路に並べられてゆく。駅は町で2番目に大きな建物だ。20両の列車を並べてもまだ余裕がある。ソラが車両に積まれるコンテナを目で追っていると、鉄の扉が高く低い不協和音を軋ませながら持ち上がっていった。正午の曇り空に目が眩む。
「おぉー……中から見ると迫力あるなぁ。……うおっ!?」
機械人形は耳を塞いではしゃぐソラを古いトロッコに放り込んで、開ききっていない扉に向かって転がし始めた。
「ちょっと待って話だけでも」
必死に食い下がるソラを乗せて、トロッコは線路ではなく金属の床を進んでゆく。見上げられた機械人形は躊躇い無くトロッコを城壁の外へと押し出した。動力を積んだトロッコが、機械人形の指示を受信して走り出す。
「おぉ!? うぁあああああ!!」
町は緩やかな丘の上にある。城壁から飛び出したトロッコは順調に加速し最終的には超特急で城壁から遠ざかって行った。城壁の外には30年前まで人間が使っていた道具や、町に不要とされた機械が山になって捨てられている。遠隔操作のため手動ブレーキが無いトロッコは、小さな部品を踏むたびに弾み進行方向を微妙に変えながらスクラップの山に突っ込んだ。
「いっ!! ……てぇ……え?」
追い打ちをかけるように、ガラクタの山が雪崩を起こしてソラを埋めてしまう。
「ぷはっ……乱暴だなぁ。」
トタン板の下から這い出したソラに荒い足音が近づいた。
「こらぁ!! 崩すなと言っとろうが! また寝床が埋まっただろ。」
油と泥にまみれた繋ぎを着た初老の男だ。気難しさが顔の皺に現れ始めているが、細い体躯には一切のたるみも無く筋肉で引き締まっている。老人を見た瞬間、ソラの顔が一気に晴れた。
「ごめんじっちゃんでもいいとこに来た! ここに埋まってるトロッコ改造してくれ。列車出発までに。」
満面の笑みに押されて、老人は説教の続きをため息にして吐き出した。トロッコに乗った瓦礫を蹴とばすとソラも発掘に取り掛かる。列車の往来は不定期だ。今回を逃すと次は何日後か何十日後かわからない。
「よく殺されなかったな。」
ひび割れたゴムのタイヤを放り投げ、錆びた鉄骨で鉄板を持ち上げる。
「裏道教えてくれたのじっちゃんだろー?」
錆びていないねじが出てきたので老人に渡す。
「ばれたか。」
「いんや、ぜーんぜん。聞かれもしなかった。」
「ならいい。」
老人の眼に宿った緊張を、ソラは緩い笑顔で躱した。というより気付かなかった。
「あと師匠と呼べと言っとろうが。」
「俺に言うなよなー。」
ガシャンッと轟音を最後に耳障りな金属音がやんだ。駅の扉が開ききったのだ。
「そういや駅の中面白くてふらふらしてたら見つかってさ。」
「ばかもんが。」
「だってさ、列車が天井にぶら下がっ──じっちゃんこれ見て! 機械人形出てきた!」
ただでさえ弾んでいるソラの声に興奮が混じる。手を止めて視線をやると、ソラが白い長髪の機械人形を引っ張りだしているところだった。機械人形の部品は稀に落ちているが、五体満足の完品は30年ここに住む老人も初めて見た。戦争以降は人々にトラウマが植え付けられていた上に材料も無く、人間は機械人形を作っていない。そのため人間が機械人形を見る機会など滅多に無い。
「んー? ほーぉ……作った奴は人間だな。」
華奢な少女を模したそれは、人工の皮膚を被っているだけでなく肉の柔さまで再現されていた。触れることが憚られるほどに生々しい。薄汚れた白いワンピースも、誰かが罪悪感に駆られて着せてやったのかもしれない。それほどまでに人間に近く、しかし明らかに作り物の顔立ちをした機械人形だ。
「なんで分かるんだ?」
そう判断する決定的な何かがあるのかと、ソラが機械人形の顔を覗き込む。
「人間じゃねぇとここまで見た目にこだわらねぇ。」
疑問でいっぱいという様子だった割に、ソラはあっさりと頷いた。
「確かに町の量産されたのはもっと機械って感じだったなぁ。じっちゃん、こいつ動かせそう?」
「そうだなぁ。」
老人が右手の甲で機械人形の鎖骨の間を軽く小突いた。人間の身体からは発されることの無い、無機質な空洞の音が響く。
「こりゃあ駄目だ。心臓が無い。そこだけ再利用してガワだけ捨てたか。」
機械人形の心臓はバッテリーや動作の管理を行う最も重要な部品だ。その重要さ故に修理を重ねながら再利用されることが多い。30年以上前に人間に作られ、戦争を経て町の住人となり、故障か何かが原因で心臓だけ抜かれ棄てられた、と言ったところだろうか。
「じゃあ作ってやってよ。」
「断る。」
「ちぇーせっかくの機械人形なのに……とりゃ。」
老人が直してくれる可能性を捨てたソラは、得意のゴリ押し修理をすべく機械人形の眉間に手刀を落とした。
「お前いつの時代の人間だぁ? 何度も言ってるだろ。精密機械は──」
鼻で笑う老人をよそに機械人形が水色の眼を開いた。
「起動シマス。」
「やりぃ!」
平坦な機械音声にソラの声が重なる。
「雑な機械もあるもんだ……。」
老人があっけにとられる背後で、今度は列車に燃料が詰まれる音が響いた。
「……あんま入れ込むなよ。トロッコ弄ってやっから邪魔すんな。」
「ありがとじっちゃん!!」
トロッコの隣に道具を並べる老人を見届けてソラは機械人形に向き直った。
「俺はソラ。君の名前は?」
「名前ハ、アリマセン。」
機械人形の声は子守唄が似合う心地よさだったが、言葉の発し方からは一切の熱を感じない。水色の瞳に宿る光も、ガラス玉のように冷たい。それでもソラはかまわなかった。未知の機械人形と、とにかく機械人形と話せる状況に興奮した。
「ごめん、名前は無いよな。個体番号は?」
「個体番号ハ、アリマセン。」
「個体番号も?」
個体番号とは、町の機械人形すべてが持つ名前のようなものだ。人間が与えたものではなく、30年前から機械人形のトップが機械人形に付けるようになった。個体番号を覚えていないということは心臓と共に別個体に引き継がれたか棄てる際にリセットされたかだろうか。
「じっちゃ……」
思わず老人を呼びそうになって、彼が集中すると聞こえなくなるたちだと思い出し踏みとどまる。
「まぁ、そんなこともあるか。……そうだ、ちょっと身体動かしてみて。それで動かない関節があったら教えて。」
「承知シマシタ。」
ソラの指示に従って機械人形が立ったり跳んだりして見せる。心臓が無いから動けないかとも思ったが、幸いこれは頭から信号を送るタイプだったようだ。心臓がバッテリーとメモリーだけを担っていたとしたら、燃費が悪いくらいしか弊害は無いかもしれない。大抵の機械人形は光や水、その他燃料で動く。この曇り空である程度動けているならば心配はいらないだろう。
「問題なし、かな。よかったぁ。座っていいよ。他、なんか知っときたいものとかある?」
「“役目”ヲクダサイ。」
「無いの?」
ほっと安堵の息をつくソラに機械人形が詰め寄った。想定外の質問にソラは目を瞬かせた。
「あ、そっか。覚えてないもんな。」
機械人形は決められた仕事のみを行い、それ以外で動くことは基本的に無い。“役目”とは、機械人形の存在意義である。しかしその“役目”を決めるのは町を収めている機械人形の“役目”であり、個体番号を持たない機械人形が得られるものではない。
「でも俺はあげられないんだよなぁ。それ以外で頼む。」
「私ノ心ハドコデスカ。」
「心?」
「心ガ宿ッタ、心ノ部品ハドコデスカ。」
ぎこちない発音が繰り返される。ソラの胸が高鳴った。
「心の部品って何か分かる!?」
「心ハ部品ニ宿リマス。」
はじめて聞くが、記憶を失くした機械人形が唯一覚えているとなればむしろ信憑性が高いかもしれない。
「君、心臓の部品が無いんだってさ。それのことかなぁ。」
「心ノ部品ハドコデスカ。」
機械人形が“役目”以上に興味を示すことがあるとは。ソラの胸に好奇心とは別の、淡い企みが根付いた。
「心ノ部品ヲクダサイ。」
「じゃあさ、ハツって呼んでいい?」
「ハツ」
「そ。心臓って意味だった気がする。」
「シンゾウ」
機械人形は何度か心臓、ハツ、と呟いてソラの目をじっと見た。
「承知しました。これから私ハ、そノ名前ヲ名乗ります。」
ソラの口角が自然に上がる。
「気に入ってくれてよかった! 心の部品ってのかは分からないけど、お前の心臓はどっかで再利用されてるかもだってさ。俺今から列車に乗って育て親の機械人形探しに行くんだ。一緒に来てくれるなら心臓探し手伝う!」
「ハイ。私モ行きます。」
即答だった。ソラの笑顔がさらに輝く。
「やった。旅の仲間ゲットー。一人旅とかつまらないよな!」
「ナカマ」
「そ。旅は道連れってやつ。」
鼻歌でも歌い出しそうなソラと無表情のハツの間に、やけにごつくなったトロッコが突っ込んできた。
「おい、できたぞ。車両の後ろは警備が固い。前から行け。」
「さすがじっちゃん! 頼りになるぅ。」
「手動に切り替えただけだからな。」
ソラの感謝を手で払って、老人がハツに視線を移した。からっぽだったが、目が合うようになっているのだ。
「ハツもついて来るってさ。」
「ハイ。」
置いて行け。ギリギリのところで老人は言葉を飲み込んだ。列車がボイラーを温め始めている。老人に背中を叩かれて、ソラはリュックを背負い直した。
「ソラ。今から出発するノですか。」
「するする! これ線路に乗せるの手伝ってくれ。」
「承知しました。」
ハツが手を添えた途端、改造され重量を増したトロッコが瓦礫をかき分け悠々と進む。
「おわっ! 力あるなぁ。助かる。」
線路に設置されたトロッコに2人が乗り込んだことを確認し、老人は備え付けた1つのボタンを指した。
「それを押すと──」
「うん。」
ソラの指が迷わずそれを深く押す。トロッコが走り出した。予想した通りの反応に老人はため息をついて見送った。
「ありがとじっちゃん! 行ってきまーす!」
機械人形がソラを真似して手を振っている。あの人形と喋るソラの嬉しげな様子がよみがえった。
「あれはやっぱり人形がいいんだなぁ。」
その声は誰の耳にも届くことなくスクラップの山に消えた。
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