第3話 森の中
翌朝は晴天だった。ぐっすりと眠ったソラと、初めて晴天の太陽光を浴びたハツには、昨日の疲れは見られない。
「結構深いとこまで来てたんだなぁ。」
「ハイ。」
窓の景色は深緑に埋め尽くされていた。雨上がりとは種類の違う、爽やかな湿気が肌を包む。空気そのものから土の香りがする。町の中やスクラップ場では見られない景色に、ソラが歓声をあげた。トラックから飛び降りてひざ丈の草むらをかき分けてゆく。ハツもそれについて行く。
「すごい、こんなとこあったんだなぁ。」
石畳やレンガの隙間に生えて、すぐに抜かれて消える小さな芽とも違う。人間も機械人形も世話をしていない、無法地帯の自然だ。目を凝らして足元を見ると真っ赤に錆びた金属片が落ちているが、いつの時代の遺物なのか見当もつかない。
「おー、虫がいる。」
「ムシ。」
ごみを漁る甲虫や羽虫とは違う虫。
「木が倒れてる。」
「キ。」
朽ちて新しい生命の苗床となる老木。
「きのこ! 知らないきのこ!」
「キノコ。」
瓦礫の下ではなく木の根でのびのびと育つきのこ。
「動物いた! 多分リス!」
「リス。」
家畜以外の動物。
「何ここ面白い!」
見るものすべてに気を取られながら、ソラはどんどん森を進んでいく。そしてソラ以上に初めてばかりのハツも、前後上下左右を見渡しながらソラに続く。
結果、2人は道に迷った。
「ここハ、森ノどノ辺りでしょうか。」
「いやぁ、ほんとにね。」
機械人形を連れていれば迷わないだろうと高を括っていた。まさかハツが、道に迷うほど夢中になっていたとは。
「森の歩き方までは教わってないなぁ。手遅れだから白状するけど、どちらかというと行くなって言われてた。」
「ハイ。手遅れですね。」
「まぁ、森の中って食べ物いっぱいあるらしいし。薄暗いけど太陽光もあるし。多分どっかに水もあるし。」
「ここニ住むつもりですか。」
「人間見つけるか森抜けるまでは、まぁ、強制的に?」
頭上の木で鳥がクルクルと鳴いた。弾かれたように2人が顔を上げる。
「……しばらくハ、それモいいかもしれません。」
「な。」
飛び立った白と黒の鳥を追って、2人はさらに森を奥へ進んだ。
しばらく森をさまよい、太陽が真上に差し掛かった頃、ソラの腹がグゥと鳴った。昨日はたらふく食べたが今日はまだ何も食べていない。
「うーん、燃料切れー。」
ソラが木のくぼみに腰を下ろすと、葉に擬態する蝶を探していたハツが振り返った。
「食事ヲ取るノですか。」
「うーん……そうしたいなぁ。」
ずっと背負っていたリュックサックから、ソラが銀色のライターを取り出した。
「食料は持ってないけど、とりあえず火でも起こしてみようと思う。大抵のもんは焼けば食べられるらしいから。」
そう言って軽く穴を掘り、枯れ葉や小枝を投げ入れて小さな焚火にした。
「ハツって食べられるものがどれかとか分かる?」
「イイエ。」
「俺も。」
スクラップ場では、ささやかな畑を作ったり鶏を飼ったり、たまに城壁の上から棄てられる生ごみを漁ったりして食いつないでいた。食料を探すことについてはそれなりに自信があったが、ここまで大きく環境が変わってはどうしようもない。
「そこらのもん片っ端から焼いてみるのもまぁ、面白そうだよなぁ。」
薪のために拾った小枝で、平べったいきのこをつついてみる。スクラップ場で見つけた丸っこいきのこを食べた時には3日腹を下したが、なんとなくこれは安全な気がする。ソラは視界に入るきのこを適当にかき集めて、枝に刺して炙ってみることにした。
「運だめし運だめし。ハツはエネルギー切れ起こしてない?」
「問題ハありません。」
「そか。」
きのこの表面から水分が飛んでゆく。そこでふと、ソラは重要なことを思い出した。
「ハツ、もし人間を見つけた時にはさ、人間のふりってできそ?」
「……承知しました。」
この森で村を作っている人間がいたら、それは機械人形を恐れている者たちだ。機械人形が突然現れたら、最悪の場合は正当防衛を掲げて総攻撃されるかもしれない。そうなれば、古い機械人形の群れを相手にするよりもやっかいだろう。
「ちょっと頼むな。」
その時、森の奥から男の声と足音が聞こえてきた。
「……誰かいるのかー?」
「人間だ! やった。おーい、こっちこっち。……おぉー、おじさん!」
「ソラ! 煙が上がったから何かと思えば……。」
草むらから出てきたのは、昨年スクラップ場を出て行った男だった。健康的に焼けた肌は以前よりもハリを持ち、相変わらずボロボロの歯を見せて笑っている。
「おじさん、生きてたんだなぁ。」
「なんとかな。ソラは元気になったなぁ。……でも、」
男の視線がハツに移った。
「機械人形になる代わりに機械人形の嫁を取ったのか。」
苦い思い出にソラが顔をしかめる。
「違うって。この子はハツ。」
「私ハ人間です。」
ソラの予想よりもハツは不器用だった。ソラが噴き出し、男がため息をつく。
「そういうことにしといてやるから、その子隠しとけよ。あとそれ食うなよ。」
「やっぱ駄目かぁ。」
「飯ならうちで食わせてやるから。」
「やりぃ。」
土をかけて火を消し、リュックサックを背負い直して男の後に続く。ハツも黙ってついて来た。
「ソラも移住か?」
獣道の先頭を歩きながら男が尋ねた。
「いやぁ、ニコニコさん探しの旅。ついでにユウリも探してる。なぁ、ユウリ知らねぇ? 半年前かな、あいつじっちゃんとこから家出したんだ。」
「ユウリか。」
その名を聞いて、男の声が低くなる。
「ソラ、ユウリ、とハ誰ですか」
後ろからハツに尋ねられ、ソラが小さく唸った。彼女を表せる柔らかい言葉が見つからない。
「じっちゃんの機械いじりの弟子、みたいな。町出てからかなーり世話になったんだよ。俺の姉貴みたいな人。じっちゃんがコッソリ心配してたから、会ったら声くらいかけようかと思って。」
「あいつはなぁ……ここに……村に立ち寄ったが……。」
男が頭を掻きむしった。それだけで察せてしまう。
「うわぁ、ここでも問題起こしてんのかぁ。」
「まあな。……あいつは、テロ組織に入りやがった。」
「わぁ。」
いつかはやると思っていた。ハツがソラの背をつつく。
「ソラ、そノ、テロ組織、とハ何ですか。」
「機械人形を格別嫌って、町を取り返そうとする奴ら、かな。……うーん……じっちゃんになんて説明しようかぁ。げんこつじゃ済まねぇぞ。」
町の城壁を破壊しようとしたり、線路に爆弾を仕掛けたり、簡単に言うと30年前の戦争の続きをしている集団だ。町を攻撃すると徹底的な反撃と報復を受けるため、生存確率は低い。
「おじさん、ユウリがどこ行ったか分かる?」
「西の町付近の拠点に行くらしい。村の奴らを一通り勧誘してから出て行った。」
「西の町かぁ。あそこは燃料と工場の町だったか。まぁ、首都狙うなら確実だわなぁ。」
さすがのソラも頭が痛い。世話になった姉貴分を連れ戻さないわけにはいかないだろう。
「とにかく、村では名前出すなよ。」
分かっているとは思うが、と男が念押しした。どこに行ってもユウリの名前は地雷になる。
「はいよぉ。」
「それから、なるべく顔も隠しとけ。ちょっとユウリがやらかしたから。」
「なんで? まぁ、分かった。」
面倒な恩人を持ったものだとソラは眉間を揉んだ。
機会仕掛けの虚無人形 ゆーばりにんじん @3939sakura39
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