彼は時々、そうやって自分に暗示をかけようとする。

しかも、それがかなりの割合で成功している。

じゃなきゃ、ドMでもないのに、長年にわたってブラック企業に奉公するはずがない。


紗和は、グラビアで見るような特別美人というタイプではなかったけれど「すごく緊張してます」とか言いながら、すぐに笑顔が出るあたり、爽やかでとても感じが良かった。

が、それが実は、彼女の器用さというか、あざとさの表れだと僕の守護霊センサーが警告している。


この、結局は変に人慣れしている感じなど、自分に何かを売りつけようと狙いを定めてくる新規開拓の営業ウーマン特有の匂いをぷんぷんさせている。

にやけて顔が緩みっぱなしの多良さんは、そういう意味ではすでに彼女の手の平で踊らされていると言っても、よいかもしれない。


食事は和やかに進み、二人は食後のコーヒーまで愉しんで店を出た。

そのあと、二人で街歩きして雑貨屋やペットショップを巡った。

そして大きな公園の噴水前のベンチで会話を楽しんで、日が傾くと、多良さんが彼女を駅まで見送ってから別れた。

お礼メールを送り合ったあと、上々だと彼は振り返った。

次に会う約束もまもなくできそうだと笑った。

ふうん。

そんな僕の生返事をよそに、家に戻ると彼は一気に定番のサワーを美味そうに飲み干した。


まだギャンブルが続いていることを彼が承知していないのが、僕は気掛かりだ。

競馬で、単に自分の好きな数字の馬番号で買った単勝馬券を当てて悦に入っているのを、端で見ているようなむず痒さが僕にはある。

もっと馬のポテンシャルと他馬との力関係、そのレースに臨んだ馬主や厩舎側の事情を加味して勝負を予想しないと面白くない、もとい、精度が上がらないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る