第37話
「シオ、起きてシオ。」
僕は目を覚ます。目を覚ますとそこは草原。
「サルサ……?」
「うん、そうだよ。シオ。」
僕は彼女の姿を確認すると思わず抱きつき泣き出す。
「ごめん……ごめんよサルサ……」
「いいんだ……だから顔を上げてくれ。」
彼女は僕の背中を優しくさすりながら言った。その優しさが余計に僕の涙腺を刺激する。
そしてしばらく泣き、落ち着きを取り戻す。
「……それでここは何処?」
と僕は尋ねる。
すると彼女は少し困った顔をして言った。
「それがだな、アタシが言うには、ここは魂の霊廟って場所らしい。」
彼女の指さす先にはサルサがいた。だが今僕を抱いているのもサルサである。
この展開を僕は知っている。
「サルサ、あれサルサじゃないよ。」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!テメェネタバレはなしだろぅが!!」
サルサだったものはドロドロと崩れ黒いスライムのような異形となる。
僕は知っている魂の霊廟について説明し………
「…………ってことはサルサも魔法使いなの?……」
「……どうやらそういうことらしいな。」
すると黒い異形が僕たちの会話に割り込んでくる。
『いやぁ!こんな珍事は久しぶりだねぇ!まさか共鳴が起こるとは!あ、お二方のために説明するとね、共鳴ってのは魔法使い同士が無意識下で互いに干渉することさ。その前兆として………例えばやけに身体の相性が良かったり………どちらかの過去を覗いてしまったり…』
その言葉に僕達はハッとする。
「……確かにアタシはシオの過去を覗いたことがある。」
『これはその延長線上って訳。どっちにしろサルサ、君が死ぬ運命はもう変わらない。最後の最後、シオ、君と話したいという強い思いが本来目覚めなかった魔法使いの才能を呼び起こしたのだ。』
「そうか……でも良かった…最期にシオと話せて。」
サルサが笑顔で言う。その笑みには嘘偽りのない、純粋なものだった。
「良くない!!……だってサルサは…僕のせいで拷問なんて受けて!僕のせいで!…………死んじゃうんだよ?」
「それは違う。そもそもアタシは、シオが居なかったらあの薄汚い路地で無様に死んでいたんだ。」
サルサは僕の涙を拭き、しっかりとした声で言う。その目には涙こそ浮かんでいたがもう悲しみの色はなかった。
「……サルサ……」
「だから泣かないでくれ。……なぁ、最期にまた撫でてくれないか?」
僕はただ黙って彼女を抱き寄せせ、ゆっくり頭を撫でる。彼女は目を閉じ、静かに呼吸を始めた。その顔には安らぎの笑みが浮かんでおり、これから死に行く人とは思えなかった。
彼女は僕の胸元に耳を当てる。
「うん、やっぱりシオの鼓動は心地が良い。」
僕を見上げる彼女の瞳から、涙が一筋流れた。僕はそっとそれを拭い、再び彼女を胸に抱く。
「まだ…時間はある。だからシオ、いっぱい声を聞かせてくれ。アタシはこの時間が大好きなんだ。」
僕は優しくサルサに声をかけながら頭や背中を撫で続ける。 沢山話した。これまでの思い出を指折り数えながら、愛の言葉を交わしながら。
時間は無常だ。幸せな時間ほどあっという間に過ぎていく。
「シオ……シオは復讐するつもりか?」
「……もちろん、僕達をこんな目に遭わせた奴を許せるはずが無い。」
そう言うシオは震えていた。きっとこれはどうしよもない怒りだろう。だけど……
「シオ……これはアタシのエゴだ。こんな世界じゃ難しいかもしれないけど………どうかシオには、人を殺さないで欲しい。」
「サルサ……でも僕は!」
「シオ。アタシはね、シオと出会えて本当に良かったと思ってるんだ。救われた、生きる意味を与えてくれた。だからシオにはできるだけ人を殺して欲しくない。あんな思いを……して欲しくは無い。」
「サルサ……」
シオにそっとキスをする。そしてそのまま抱きしめる。
「シオ、あいつらはアタシが全部持っていく。シオの怒りも憎しみも全部持っていく。だからアタシの分まで生きてくれ。そしていつか…また会おう。」
「……うん……分かったよ……もしいつか会えたなら、また一緒に生きてくれる?」
「当たり前だ!……」
シオを強く抱きしめる。最後は笑って送り出してあげたかったが、目から涙が零れてしまう。
いつものように頭を撫でる。少し癖のある柔らかい髪、いつもと同じ体温。その全てに愛おしさを感じる。
シオの温かさがアタシの中に流れ込んでくる。アタシの命も、もうじき終わりを迎えるだろう。でも不思議と恐怖は感じなかった。だって最期までシオと一緒に居られるから。
二人の思い出を一つ一つ思い出す。初めて出会った時の事、一緒に過ごした日々の事。
あぁ………アタシは今とても幸せだ。
シオを抱く指先が少し透けてきた。
……もう時間なのか…………本当のことを言えば……やっぱり死にたくない。シオをもっともっと幸せにしてあげたい。昔のことなど笑い飛ばせるくらい幸せになって欲しい。
でも、それはもう叶わない夢物語。だからこそ最期まで笑顔でいよう。それがきっとシオの幸せに繋がると信じて。
「……シオ、最後に一つ聞いていいか?」
「何?」
「アタシのこと、愛してるか?……」
「愛してる。」
シオは笑顔で言った。
「良かった……それだけでアタシは幸せだよ。」
暖かな草原に星空が広がっている。星が堕ち、草原を、魂の霊廟を破壊していく。僕はこの景色を死ぬまで、いや、死んでも忘れないだろう。
彼女と手を繋ぎながらこの光景を見つめる。
やがて僕達の元にも星がやってきた。これが本当に最期の瞬間。彼女の姿を忘れないようにしっかりと目に焼き付ける。
彼女が僕の目を見て微笑むと同時に最後の星が墜ちた。
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