第5話 それでも僕はお医者さん

いい人ってのは損をする。全くこの世界も世知辛いよな。僕もこっちに来て痛感したよ。親切は身を滅ぼすって。


ま、そんなことは置いといて。

このスラムにいるのは大体3種類だ。

1つ目はサルサのような孤児。

そして2つ目はマフィアや裏稼業の者、3つ目は教会に救いを求める者だ。

1つ目の奴らは生きるためになんでもやるし、2つ目の奴らは法に背くことを厭わない。

3つ目に至っては教会が保護する対象である。結局ほぼ無賃で重労働させられるからよほど後がない奴しか行かないけど。

一応僕は1つ目って設定。サルサと考えた。


今日は僕の診療所に一人の客が来た。

名前はエマ、冒険者をしているそうだ。

彼女のような存在はスラムでは珍しくない。


『最近ラスラトの方に診療所が出来たらしいわよ』


『なんでも高級娼婦のスレッタの頬の傷が無くなったとか』


『教会のクソ神官様に身体触られるのそろそろ我慢ならなかったのよね。

私も次からそちらにしようかしら。』


『娼館がいくつかラスラトの傘下に入ったらしいわよ』


クチコミ様々だね。僕の仕事が増えたけど。

それはそうと今日のお客様、エマという女性の冒険者らしい。最近思ったけどこっちの人綺麗すぎてなんというか変な気分だ。僕もまだまだ染まれてないのかな。


「頼む、お前は腕が立つと聞いた。ブルースパイダーに噛まれて左腕が千切れた。今手持ちはこれしかないがもし足りないと言うならいずれ必ず払う。どうか頼む、この子を治してくれ。」


ふむ、どうやらそういうことらしい。目の前には大金貨が2枚、こちらの呼び方では20万サンク。物価的に考えれば大体20万円前後。教会で欠損部位の再生とか余裕で50万サンクを超える。それに御布施だったりチップ的なものだったりまぁぼったくられる。特に女の子ともなるとねぇ。多分想像通りだよ。


さてさて僕はとっても親切なお医者さんもどき。カッコイイとこ見しちゃおうじゃないの?

とはいえさっきこの子の言ったブルースパイダーの毒は普通のものじゃない。片腕だけなら大きな問題はないのだが、ここで恩を売っておいて損はない。


それに最近の僕は少しツイていて機嫌が良い。

この前シャノと一緒に参加したネズミレースで大勝ちしたのだ。サルサに怒られたけど収支的にはプラスなのだから許してほしい。


それはさておき僕はサラの左腕のブルースパイダーが噛んだという部分を酒で消毒し、治癒魔法をかける。


酒を患部にかけた瞬間患者の女の子はめちゃくちゃに叫んだが勘弁してくれ。ここは闇医者なんでぃ。


「シャノ、口に何か噛ませてあげて。」


「うぃ」


いつものように僕は彼女の肩に手をかざす。指先がどす黒く変色し彼女の皮膚に浸透していく。彼女の肩からジュワジュワという音と共に綺麗な白い肌の腕が生えてきた。


これにはエマも驚いたようだ。


しかしこれはあくまで応急処置だ。だからこの腕はいずれ腐るだろうし、身体の他の部位が安心とも限らない。僕は彼女に疲れたような微笑みを返しながら、 さて、次はどうしたもんかと頭を捻った。


ブルースパイダーの毒は遅効性の非常に強力な腐食毒だ。なんでもこの蜘蛛腐ったものしか食べないらしい。しかも獲物をわざわざ逃がし獲物が仲間の元に帰還したあたりで腐食毒が発動する。その後を追って仲間共々パクリ。なんともまぁ狡猾で残忍な魔物だ。魔物ってそういうもんらしいけど。


ちなみに通常の治癒術ではこの毒を消せない。

よく教会で折角高い金を出して怪我を治してもらったのに数日後に腕が腐り落ちたなんて言うのは聞かない話じゃない。

ただ教会にはちゃんと解毒の治癒術が存在する。勿論怪我を治す治癒術とは別料金。


最初から解毒だけお願いして傷跡は聖水なりポーションなりで自力で治した方が安上がりだったのに、なんて声もよく聞く。


たださっきも言った通り今日の僕はルンルン状態だ。毒も治してあげようじゃないの。


「エマさん、ブルースパイダーの毒についてはご存知?」


「あぁ、勿論だ。だがこの子は噛まれた部位ごと持っていかれたから毒については大丈夫だと思っているが……

まさかなのか?…」


「毒ってのは僕たち人間が自分で全身に回しちゃうものなの。噛まれた部位が切り離されたからって安心しちゃダメだよ。」


「………」


「あれだね、君みたいなのが教会にぼったくられるんだ。まぁいいよ、今回は毒も一緒に治してあげる。教会なら大金貨8枚は飛んでたよ。」


「すまない……ウゥ……」


毒の解毒は実は部位再生よりは楽だ。なんせ言うなれば再生は組み立てなのに対し解毒は掃除と言っていい。


いつものように指先から彼女の中に僕の血を媒介して魔力を通して彼女の中を探る。


既に汚染された血が心臓に達して全身に回っている。そういう時はもう毒を取り除くよりも毒を殺した方が早い。治癒魔法そのものを彼女の心臓に置いてくるイメージ。後は彼女の血が巡る度に解毒されるはずだ。


「はい、終わったよ。お疲れ様。

右腕は暫くは違和感あると思うけどただの筋力の低下だから安心して沢山動かしてね。」


そうして彼女たちは帰っていった。


「あ、片方の女の子の名前聞くの忘れた……」


僕の名はシオ。


明日をも知れぬ闇医者さ。


_______________


「なぁシオ。」


「なにシャノ?」


「今更だけど大丈夫か?俺は馬鹿だから分かんねぇけど絶対今日の客20万サンクじゃ足りねぇだろ。噂になるぜ?」


「あ………」


この噂が広がりしばらく僕は低賃金労働を強いられ親分ラスラトへの上納金に苦しむのであった。

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