第12話 大魔導士の交渉

「君では決めかねるか。ならばそこの震えている娘が決めてくれてもかまわないぞ?」




 彼女が常に余裕そうな理由は圧倒的な実力を持っているから。


 それに気づかされたさっきの一件。


何をされたのか分からなかった。しかしそれこそが、彼女とアサエルや俺に大きすぎる実力差がある証明になっていた。




 そんな彼女は背後の木を指さすと、そこに隠れているルィーズに交渉相手の権限を移そうとする。


 


「ルィーズに……気づけてたの?」




 アサエルはあっけに取られたように固まった。




 当然だ。


 ルィーズは、たくさんの魔法を併用し身をひそめる。


 その数、おおよそ十。そのどれも一級品の魔法であり、コミュ力がない彼女が人目につかぬよう極めたものたちばかりだ。




 現にアサエルはルィーズがこの場にいるかなど微塵も分からず、彼女が何故ルィーズに気づいたのか、見当もつかない。


    


「アサエル……ちょっと来て」




 気づかれたルィーズは焦ったようにアサエルを呼ぶと、アサエルも彼女のもとに急いで向かう。


 そしてルィーズは、アサエルの代わりに交渉の席に立つ。


  


「まず、なんでわかったか聞いてください」




「なんでルィーズがここにいるってわかったの?」




「視線、だな。背後には特に注意を払っているつもりだ」




 アサエルを驚かせた探知の仕組みは、とてもシンプルなものだった。


 そして逆にそのシンプルさは、またアサエルを恐怖させる。




「剣は渡しません。お金もいりません、って言って」




「剣は渡さない。お金もいらない、らしいわ」




「金ではないか。というかその工程はいるのか?」


 


「いるに決まってるでしょ!?」




「ああ。すまない」




 ルィーズがアサエルに伝えたいことを言い、それをアサエルが赤髪の少女に伝えるという工程。


 使っている言語が同じ者同士の会話に翻訳者がいるか、という問いだが愚問だ。


 いるに決まっている。




「思い出がいっぱいあるし、これから作っていこうと思ってたんです。まだ出会ってから短いけど、私のもとから離れていくのは寂しいです」




「剣にそこまで思い入れがあるか……剣マニアと言われる私だが、そんな気持ちにはなれないぞ。その意識、見習うべきなのかもな」




「ひ!?」




「私の通訳を挟んで!!」




「あ、ああ。本当に必要なんだな」




 なんなんだ? このカオス空間は。


 アサエルを挟んでやっとコミュニケーションをとれるルィーズと、通訳の必要性に気づかされた赤髪少女と、その工程を挟まなかったことに憤怒しているアサエルと、そんなに大事に思われていることに感動を覚えている俺。




 ヒモとかニートとか、自分の存在意義を感じていなかった俺だが自信を持てた気がする。


 すくなくとも一億円よりも彼女は俺という存在に価値を感じているのだから。




 というかこのまともな奴が一人もいない空間で、感傷に浸っている俺が一番狂っているのかもしれない。




「だがなあ。なんとしても欲しいのだ。他に欲しいものはないのか」




「あげません。ダメなんです」




「ダメ、だって」




「では貸与というのはどうだろうか。一年以内で返す」




「ダメ、です」




「ダメ、らしいよ」




「そうか……」




 彼女はどうしても俺のことが欲しいらしい。


 そのために好条件を次々とだしてくるが、ルィーズはそれを断固として認めない。


 二人の美少女が俺をめぐって揉めている、なんかすごく気分がいい。




 そんな俺をどうしても欲しがっている赤髪の少女は、少し視線を落とすと、落ち込んだような声を挙げた。




 ルィーズは押しに弱い気がしたのだが、よく耐えきったと賞賛したい。


 そして交渉は決裂。赤髪の少女もあきらめて帰宅、と思ったのだが__。




「私はなあ。どうしてもこの剣を振るいたい。実力行使をしても欲しいくらいだ。だがそれで奪い取ったとして、この剣を振る度に君たちの顔がちらつくのも目障りだ。故に、賭けをしないか」




「賭け?」




「決闘だ。この剣、それに勝った方がもらえる。というのはどうだろうか」




「ずるいでしょ!? あなためちゃくちゃ強いでしょ?」




 不意に出た提案にアサエルは猛反発。


 必要以上に赤髪の彼女のことを恐れているアサエルだが、そんなアサエルを横目にルィーズがはじめて顔を出した。


 


 先ほどまでは木陰に隠れていたルィーズ。


アサエルの通訳を挟んでやっと話せるという状態だったが、勇気をだし、彼女の前に出て直接話すことにしたようだ。




まだ目を合わせられはしないが、それでも成長。


そんなルィーズの健気な姿をアサエルは、泣きそうになりながら見ていた。




「い、いいですよ。のります、その賭け」




「ルィーズ!? 大丈夫なの? 相手、めちゃくちゃ強いのよ?」




「はい。大丈夫です。ちょうど、新調した杖を試したかったですし」


  


 ルィーズもまた乗り気。


 そんなルィーズを焦りながらアサエルは止めようとする。




「君はルィーズ卿の従者かい? だったら君は主人のことを舐め過ぎだ」




「ええ。まあ、はい」




「これは私に分の悪い賭けだ。私から吹っ掛けて変な話ではあるのだがな」




 そんなアサエルに、あくまで不利は自分という説明を施す。


 納得できていない様子のアサエルだが、ルィーズの態度的にもその言葉は正しいのかもしれない。


 彼女の性格上自分を過大評価などは絶対にしない。つまりその評価は事実なのか。




 そして自虐っぽく笑うと、それを凶悪な笑みへと変貌させた。




「我が名はナタリア・ヴァーナクル。剣聖の妹にして、剣技の頂きに踏み込んだもの」




 かなり豪華な自己紹介とともに、ナタリアと名乗った少女はルィーズに剣先を向けた。


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