聖騎士編
第10話 最強の剣と聖騎士
川の流れる音が心地よく鼓膜を震わせる。葉の匂いが鼻腔を優しく満たす。
暖かい太陽光は肌をもの柔らかく照らし、涼しい風は木々を揺らした。
五感全てを楽しませてくれそうなこの自然空間。
現代日本では珍しくなってしまった広大な自然とルィーズによって担保された安全は眠気を誘った。
全てをルィーズに任せ寝ている俺は完全にヒモなのかも知れない。
でも仕方ない。
だって彼女の魔法が万能過ぎるのだから。仕事なんて作れないほどに彼女の魔法はすごすぎる。
故にこうして、惰眠を貪るしかないわけだ。
少し前の俺はこんなことになっているなんて夢にも思ってなかったな。
異世界に来てくそ強い魔法使いのヒモになって。天使と罵詈雑言を浴びせ合うなんて……。本当にどう言うことだよ。
冷静に考えると訳が分からなすぎる境遇にたたされたものだ。
異世界とはもっと過酷で、冒険で満ち溢れているものと思ったのだが、現代日本の高校生活よりも平和だ。
そんなことを考えながら、俺は静かに眠りについた。
***
「あれ?」
「うん? どうしたの?」
就寝している本人よりも先に気付いたのは紅茶を冷まそうと、息を吹き掛けていたルィーズだ。
森の全てを常に把握しているルィーズは無論、シュウジがいる場所も彼の状態も常に把握している。
故にでた疑問の声に、近くにいたアサエルが反応した。
「いや、シュウジが消えた? ような気がしたんですけど。でもさっきまでシュウジが居た場所に剣があるんですよね。すさまじい名剣が」
「あ、ああ。今か」
シュウジの消失と謎の剣の登場。
それを聞いて訳知り顔のアサエルは気まずそうな笑みを浮かべる。そしてルィーズにとりあえずはその事実を伝えることにしたようだ。
「たぶん……その剣がシュウジ」
「え?」
意味の分からないセリフにルィーズは固まる。
拘束魔法を受けていた時のアサエル並みに固まっているルィーズだが、脳が時間を掛けて情報を処理していった。
「いや。どういうことですか?」
処理した結果分からないという結論に至った。
人間が剣になるなんて聞いたことがない。
変身魔法? まあありうるが結構上級魔法。シュウジは使えるのか? 使えるとして何故剣に?
「転生成功者が謎の力持ってるってこと、よく言わない?」
「ああ。伝承ではよく聞きますけど、本当なんですか? シュウジにそんな力ある気はしてなかったのですが……」
「いる世界が変わるって本当はすごい大変なことなのよ。転生者の犬死も絶えなかった。そんな人の救済措置として設けられたのが転生特典っていう制度なのよ。自分で自分に一つだけ優れた才能や能力をつけれるってものなんだけど……」
「そんなチャンスを自分を剣にしてってお願いに使ったってことですか? 普通なら最強の剣が欲しいとか……」
「いや、伝達ミス」
「道理で……罪悪感持っていたわけですね」
シュウジは転生特典を決めるとき、「最強の剣にしといて」と言っていた。
転生特典は神様から与えられるのだが、神様はアサエルにこう質問したのだ。彼のなりたいものは? と。
その時にそのままシュウジの文言を伝えてしまった結果、こうして最強の剣として、シュウジは転生したのだ。
それを隠しながら罪を軽減する方法を考えていた結果、いろいろやってきた。例えばチンピラに襲わせて剣化したところを救い出す、とか。
しかし彼の危機回避能力は意外と高く、今になって発現してしまったようだ。
「ちょっといってくるわ」
さすがに人間形態には戻れるだろうが、さすがに剣になれるとかいう訳の分からない能力を付与されてしまったら、怒られる気がしてならない。
「気を付けてくださいね。森内に旅人もいますから」
そんな思いから、アサエルはシュウジのところへ向かうことを決意した。
***
一方、離れている二人に遅れてシュウジは自分の変化に気づく。
そういえば昔、自分がでかい虫になる話を読んだ気がする。
自分が今どういう状況になっているかは知らないが、自分という存在の形態が変化しているのはとても気色が悪い。
一緒にしていいのか分からないが、気持ちが分かる気もする。
聞こえていたせせらぎも、嗅いでいた葉の匂いも、肌で感じる太陽光や風も、感じる全てが違った感覚で伝わってくる。
それはひどく違和感があり、気持ちが悪い。
体を起こそうとするも起きれない。
すべての部位が固く、動かせない。どうなっているのか、金縛りの感覚似ているきもするが、元から動かせないような気もしてしまうほど、体の全てが動かない。
自分の状態を、把握したいのに。
そんなふうに困っていたとき、不意に足音が近づいてくることを感じた。
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