第9話 大天使の苦難

「あ……ああ。疲れた」




 杖を杖として使うとは思わなかった。


 金貨三十枚。日本円で三千万円の高級品だが、それを地面につけ、バランスを取りながら歩く。


 


「そういえば……シュウジ助けなきゃな」




 とんだ外れくじを引いてしまった。


 これじゃあ嫌がらせじゃなくて庇保だ。


何十年も更けた気がする。現に今杖突いてるし。


 


 そうやって進んでいるのだが、自分のやるべきことを思い出して深いため息を突く。正直滅茶苦茶めんどうくさい。


見捨てることを視野に入れるくらいには、早く帰りたい。


ちなみにこれ程疲れている理由だが__。




「あの店長。本当にテンション高すぎ」




 ルィーズが言っていた陽キャ過ぎ。


 彼女が優しいのか、陽キャという言葉の意味を間違えているのかは知らないが、オブラートに包まれすぎている。


 


 あれは立派な精神攻撃だ。


 意味の分からないコーレス要求、彼しか知らないであろう身内ノリ、それらが終始ウザテンションで発動され、精神はボロボロだ。


 ルィーズがあの店に行くことを避けていた理由もよくわかった。なんなら一回でも、あの店にいったのはよく頑張ったと思う。


帰ったら天使の抱擁をプレゼントすることを誓う。




 そうやってヨボヨボになっていた時、目の前にシュウジが現れた。




「杖、もとっか?」


 


「へえ? 無傷で来れたんだ。意外ね」




 元気ピンピンでなんなら普段なら見せない気遣いすら見せてくれるシュウジに若干違和感を持ちつつ、それを疑う体力はない。


 従って杖を彼に渡す。とその時、急激にシュウジは悪い笑みを浮かべる。


 


「シャアアあああああああああああ!!! 行けえ!! お前ら!!」




「「「「おう!!」」」」




「はああああ!?」




 どうやら、自分という共通の敵を見つけて結託したようだ。


 シュウジはチンピラたちを従え、私を襲わせようとしている。 


 まったく。せっかくあの店長から守ってあげたのに、恩知らず野郎が。 




「ぐえっ」「ぐはっ」「かはっ」「ずほっ」「ぐわあ」




「ほら。くだらないことしてないで帰るわよ」




「え? あ、ああ」




 帰りたくないと駄々をこねる子供になだめるように、帰宅を促す。


 一方四人の仲間を簡単にあしらわれたシュウジは茫然、とりあえず小走りで帰路にたつアサエルの隣へ立った。




「お前って、そんなに強かったの?」




「天使って上位種よ? ただの人間くらいに負けるわけないでしょ?」




 自分と同じレベル、飛べるか飛べないか程度にしか考えていなかったシュウジは絶句する。


 確かに、あれだけの速さで飛べるのだからそれなりの戦闘力は兼ね備えているか。




 ただ、彼女の妙な態度にシュウジは問い掛けた。




「疲れてる?」




「そんくらいの気遣いはできるんだね。だったらおぶってよ」




「なんで?」




「あんたはあの店長と会ったことがないからそんなこと言えるのよ」




「そんなに陽キャなのか?」




「陽キャというか……精神攻撃系の魔物」




「あの煽りカスのお前がそんなダメージ受けるなんて……」




 どんな人間なのか。


 若干気になるところだが、こいつをこれほど消耗させるなど、相当な猛者なことは間違いない。


好奇心は時に人を滅ぼす。その店長に若干の興味を持ちつつ、それでも行かないことを誓う。


 ルィーズに聞いたときはルィーズ側に問題があると思ったのだが、これは店長に問題がありそうだ。




「もう。おぶっておぶっておぶって」




 駄々をこねているのはアサエルの方だったようだ。


 疲弊は頂点に達し、疲れ歩けなくなった幼児のように、シュウジの背中に飛びつくと、ぎゃんぎゃん喚き散らかした。


 


(まずい。この感触、勝てるわけがない)




 結局、背中の柔らかい感触に欲望が撃ち負けた。


 こんなごみカスを性的な目で見てしまったことにプライドが傷つくが、さすがに仕方ない。顔とスタイルはすごくいいし。


 あと天使だからかすごく軽い。


 


 そうやってルィーズ邸に到着。


 背中で寝ているアサエルを下すと、ルィーズが落ち込んだ様子で出迎えてくれた。




「杖。ありがとうございます」




 杖を満足そうに見つめているルィーズだったが、俺を見つめる目は暗い。 


 はて? 俺は彼女に何かしたのだろうか。




「仲、よさそうですね。楽しかったですか? デート」




「あ……」




 そんなシュウジたちを見て、彼女にひどい疎外感を与えてしまった。


 


 そんな後悔とともに、杖のお使いは幕を閉じた。

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