第6話 解放されし大天使

「……なに、やってんの? お前」




「あ、ああ~!! あんた、私が動けるようにしなさいよ!!」




「いや……へ?」




 俺を見るなり命令してきたその天使。


 間違いない。アサエルだ。 


天界で俺をバカにし続けた人物。そんな彼女が今、こんな時間に泥棒にきたことに溢れてくるのは動揺と疑問だ。




 曲がりなりにも天使。だったら天界にいるのが普通だ。この世界にいること事態意味が分からないのだ。それどころか泥棒に入って捕まっている、そんなことあっていいのだろうか。いや、ない。


 国語が苦手な俺かわ二重否定をだしてしまうほどにそれは考えられないことだった。




「知り合い……何ですか?」




「いや……しらん」




 ルィーズが俺に震えながら聞いてきた。


 知り合いの知り合いと出会ったとき、人は世界から孤立する。コミュ障の俺も何度も出くわしたシチュエーションだ。痛いほど分かる。そんな気持ちをルィーズに味わってほしくないと、精一杯否定するのだが__。




「私が転生のサポートしたの忘れたの!? この恩知らず!! そんなんだから友達も彼女もいないんだ!!」




 この天使が黙っているわけもない。


 俺に恩売りと罵詈雑言を同時に放つ。


 ルィーズ……お願いだから口も動かないようにしてくれ。


 


「仲、良さそうですね……」




「どこが!?」




 まずい。


 コミュニケーションを取る機会が極めて少ないルィーズにとってどんな会話をしていようが関係ない。会話をしているという行為事態が仲のよさを表す行為になってしまっているわけだ。


 瞳を震わせ、知り合いの知り合いに恐怖している。


 


「というか、この世界にも知り合いいるんですね。同類だと思ってたのに……」




 どんどんルィーズが卑屈になっていく。


 俯き、自信を無くしている。というか泥棒と知り合いなんて普通に思われたくないのだが。




「そこに誰かいるのね!? この魔法の主だったら解いて!!」




「ひっ!?」




 そうやって話していると、アサエルは標的を俺からルィーズに変える。


 話題を振られたことにさらに戦々恐々とし、俺のパジャマをぎゅっと掴んでいる。




 正直怯えているルィーズは滅茶苦茶可愛い。案外アサエルの襲来は悪くないのかも? 


 というかアサエルはなぜこんなところで泥棒しているのか。その疑問は全く解消されていないのだが。




「私がなんでここにいるか? この拘束といたら教えてあげないことはないわ」




「じゃあいいや」




「あんたには聞いてないし。私は天使よ!? ひれ伏しなさいよ」




 そんな俺の心を読み、交渉を仕掛けて来た彼女だがそこまで気になることではない。彼女が自由を取りも出したとき、何をしでかすかのリスクの方が大きい気がする。




「へ? 天使?」




 と、アサエルの戯言を聞いていると、その言葉に食いついたのは俺の後ろで怯えているルィーズだ。


 彼女は恐る恐る俺の背中の後ろから部屋の中を覗き込むと、アサエルの外見に目を輝かせた。




「か、かわいい」


 ルィーズが紡いだ言葉に目を見開く。


 確かに可愛いかもしれないが泥棒だぞ? そんな顔で見れるものなのか。


 


「私、天使に憧れてたんですよ。神話でよく語られてたんですけど、すごい魅力的じゃないですか。でもなんで天使がここに……って聞いてください」




「なんでここに?」




「だからあ、それを聞きたかったら魔法を解きなさい!!」




 何故だかルィーズとアサエルの橋渡しとして機能しはじめている俺は、アサエルに最初から気になっていた質問をする。


 それに先程と同じ解答。そういえば答えは出ていたなと納得するようにルィーズは拘束魔法を解いた。そして次の瞬間__。




「しゃああ!! この部屋だけでも金目のものは大量じゃあ!! ってぷぎゎあ」




 動けるようになったと同時にこの部屋においてあった、鏡や絵画などを俊足で奪い取ると、その尊大な羽を広げ逃走を図った。


侵入経路と同じ場所を避難経路にし、盗品とともに夜空に消えようと試みたようなのだが、見えない壁にぶつかりその目論みは崩れ去る。


  


「どこまでカスなんだよお前は」




「この部屋からは出れないようになってます。すいません」




 一連の動作は、さすがにツッコミを入れざるを得ないものだった。


 ルィーズはそんなアサエルにおどおどしながら彼女の置かれている現状を説明しだす。別に謝ることでもないだろうに。




「で? 何があったの?」




「い、いやあの~―」




 失敗し、気まずそうに振り返るアサエル。


 そんな彼女に今に至るまでの経緯を問うと、言いにくそうに頬を掻きながら話し始めた。 




「天使の階級を決めるゲームってあったじゃん? あれのイカサマがばれて、神様から天界追い出されて……」




「どこまでカスなんだ? おまえは……」




ツッコミではなくドン引き。


この天使の腐り具合はやはり想像を越えてくる。




「でも仕方ないでしょ!? イカサマいくらでもできるようなガバガバ環境だったんだから」




「神様は対策とかしてなかったのか?」




「いあ、天使だからイカサマなんてしないだろ、って」




 確かに、神様の適当さにも問題がある気がしてくるがさすがにこの天使が悪いだろう。


 天使という信頼を利用して、やってきたことなのだから。 




「それで路頭に迷って、彷徨い飛んでたら、この見るからに成金の屋敷があったから……」




 そうして泥棒に入ろうとし、トラップを踏んで今に至る、といった感じらしい。


う~ん。カス過ぎる。


 そんなカス話を聞き終えると、ルィーズは不意にアサエルに近づき始めた。




「行く当てがないんだったら家に来ませんかね。条件さえ飲んでくれれば、大歓迎ですよ? いいですよね。シュウジ」




 何をしようとしているのか、彼女の行動に注目していた二人だが、出てきた言葉は驚くべきものだった。


 入った泥棒を住まわせる。


前代未聞だ。ただそれほどルィーズは天使のルックスを気に入ってしまったのだろう。天使の威厳何てなく、幻滅するのが普通だと思うのだが。




「いや、家主の意見に従うしかないけど……俺は」




「え? いいの? でも条件って……」


 


 俺に許可を求められても決定権はルィーズにしかない。


故に俺はなにも言えないのだが、アサエルはルィーズの提案の気掛りを慎重に聞こうとしている。


ルィーズの口からどんなお願い事が飛び出してくるのか、気になるものだ。




「羽、触りたいです。それと王都に私の欲しい杖があるので、それを買いに行ってくれるなら住人と認めます」




「そんなんでいいの!? 全然いいわよ」




破格すぎる条件にアサエルは驚き、即決断。


 この家の住人に加わることが決定する。不安すぎる気もするが、まあルィーズもいるし大丈夫だろう。




 一方ルィーズは、緊張しながら嬉しそうにアサエルの羽に手を伸ばしていた。




「うわあ。柔らかい。可愛い」




「あんた、シュウジと違ってみる目あるわね。もっとがっつり触っていいわよ」




「い、イヒヒヒヒヒヒ。最高」




「何見せられてるんだ?」




 アサエルの羽の触り心地にキモイ笑い方を披露するルィーズ。


 かなりの珍風景にそんな疑問の声も出てしまうが、まあルィーズが幸せそうに笑っているならばそれが一番なのだろう。


 こうして、また新たな住人が加わった。




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