大天使編

第5話 囚われの大天使

「私はルィーズって言います。よろしくお願いします。姓はログボナスです」




「あ、ああ。じゃあ俺は、修治。新坂修治って言います」




「シュウジ? 分かりました。じゃあそう呼びますね」




 相手が名乗ってきた名前がファーストネームっぽく、俺も反射的にファーストネームを先に名乗ってしまったのだが、呼ばれるとムズムズしてしまう。


 女の子に『新坂君』以外で呼ばれたことも、数える程度しかないのだから。




「つきましたよ」




「え? どこにもないけど……」




 そんなことで一々ニヤニヤしている俺に、ルィーズは到着を宣言した。


 家に案内すると言われついてきたのに、そこに広がっているのは平地だ。  


 森を抜け、不自然に木々がないスペースが存在しているのだがそこには家と呼べるようなものは見当たらなかった。




 まさかこの子は、常に野宿しているのか。


 雨風防げる住居を持っているというのは、異世界では非常識なことなのか、そう考えていると、ゆらゆらと、建物が視界に現れ始めた。


 


「隠蔽魔法です。森からくる人には見えないようになってます」




「なんでそんなこと……ってでか」




 そこは家というよりは屋敷。


 住居という役割だけを果たすには、余りにも豪勢なものだった。世間一般的な金持ちですら、もっと質素な家に住んでいそうと思えるほどに、大きい豪邸だ。




 何故直前までこれが見えなかったのか、魔法と言われても疑問に思ってしまう。




「いや……訪問者がきたら、困るじゃないですか」




「な、なるほどねえ」




 俺が疑問を呈すると、実に彼女らしい解答が。


 この森を抜ける旅人も少なくはないだろう。ルィーズはそんな人たちが訪ねてくる、という状況を恐れているようだ。


 そんなことを考えながら屋敷の中、大きい庭を超え、巨大な玄関にたどり着く。


 中は本当に整備されており、貴族の家そのものだ。


 正直これからこんな家に住めるなんて実感が湧かない。しかし、ある疑問が。




「お手伝いさんとか、執事とか、家族とかっているの?」




「へ?」




 俺は少し不安に思いながら聞いた。


 こんな豪邸に一人で住んでいるなんて考えられるのか。超箱入り娘、なんてこともあるのではないか。その場合知らない男を連れてきて、どう思われるかなんて考えたくもない。


それにこれほどの広さを全てこれほど綺麗な状態で維持するなど、不可能に近い。というか不可能だ。


となるとまた新たな人間とのコミュニケ―ションが必要になって非常に困る。




「いや、家族はいません。妹が一人いますが、ここには住んでませんし。それに執事とかは、コミュ障な私にはハードルが……」




 俺の心配事は杞憂だったようだ。


 しかし疑問は消えない。




「でも、こんなきれいに。どうやって維持してんの?」




「いや、魔法で……」




 少し気まずそうに頬を掻くと、実に都合のいい言葉で返される。


 魔法とはそんなこともできるのか。屋敷を透明にして、掃除もして、どれだけ便利なのか。


 


「とりあえずはここをシュウジの部屋にします。一応客室として存在していた場所です。今日初めて使うけど。あとはお風呂とかトイレとか、いろいろ案内しますね」




 そうして案内された部屋は、これまた豪華なものだった。


 


 こうして、俺とルィーズの異世界ライフが始まった。




   ***




「……ぐすっ。ぐすっ」




 異世界に来て一週間。なれてきたつもりだったのだが。


 異世界には、幽霊がいるのだろうか。


 上の階から、女性のすすり泣く声が聞こえる。


 使い古された会談だとは思っていたが、実際に遭遇すると相当怖い。


 泣き声になぜか聞き覚えがあることが、より一層恐怖を引き立たせていた。




「はぁ。恐くて眠れねえ。こう言う日はルィーズと寝てぇよ。っていつものことか」 


 


「入りますよー」




「ってルィーズ!?」




 恐怖を紛らわすため、大きめの声でバカな独り言をぼやいていると、ノックと、そして可愛い声が聞こえ、ドアが開かれる。


 今の独り言、聞こえてないよな?


 


「なんですか? そんな驚いて」




 そんな心配をしていると、ルィーズは俺のオーバーリアクションに対し気だるげそうに問いかける。


 目をこすり欠伸をしながら、可愛いパジャマに身を包んで。


 


「いや、上の部屋がうるさいなぁって」




「泥棒が入ったみたいです。場所は……まあ分かりますね」




 このすすり泣く声の答えを言う。


 泥棒か。幽霊ではないことはなんとなく安心だが、なんで泣いているのか、よくわからない。




「たぶん、不法侵入者限定のトラップ魔法をこの家全体にかけているので、それに引っかかって泣いてるんじゃないですかね。あれマジで動けないので」




「どれだけ魔法掛けてんだよ」




この屋敷全体に何かと掛けられている魔法。


隠蔽、維持、防犯、それらすべてを平然とやっているのだが、それってかなり大変なことではないのか。


そう思いながらも、ルィーズが何故この部屋に来たのか、それに気づいてしまい固まる。




「まああって損はないですから。では、上に一緒に行きましょう。というか行ってください」




「追い出す、だけじゃダメなの?」




「方向が気になるんですよね。泥棒が入ってきたのは王都側。この屋敷の周りの森抜けると王都に行けるんですけど、王都じゃこの家って結構有名なんですよ。そんな家に泥棒に入るっていうのが、気になっちゃって」




 ベッドから連れ出され、問題の部屋の真ん前で説明を受ける。


 つまりは泥棒から気になることを聞き出したいが、嫌なコミュニケーションを俺に押しつけているという訳だ。




 ただ、動けなくなっているとは言え、泥棒と相対するのはかなり怖い。


 俺の部屋は二階。つまり入ってきたのは三階。窓から三階の部屋に侵入してきている時点で結構すごい相手ではないのか。




「大丈夫です。危なくなったら私がいます」




 そんな心配事を察知したのか、ルィーズが後ろで震えながらグーサイン。


 全然言葉通りには受け取れないが行くしかない。俺も男。勇気を見せる時が来たのだ。




「あれ? そういえば、この声って?」




 そしてドアノブに手を掛けた瞬間、その声をどこで聞いたかを思い出した。


 あれは一週間前。天界。俺がトラックにひかれて連れてこられた場所で__。 




 ドアを開けると、そこには尊大な翼と神々しい輝きを放つ大天使、アサエルがいた。


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