第4話 大魔導士との死闘(決着)

 そういえば言われた気がする。


 初対面とはとりあえず天気の話をしとけって。数少ないしゃべれる知り合いが内向的な自分にそんなアドバイスをしてきた気がする。


 よし。それでいこう。


 


「え~~っと。今日は、いい天気ですね」




 と、そんな頼りないアドバイスから先制したのは青髪の少女。


 唇を引きつらせ、人生最大の勇気を振り絞りながら声を挙げる。




「あ、あははは。確かに、いい天気ですね」




 それに対し修治は空を見上げた後、頬を掻きながら卑屈な笑みを浮かべる。


 異世界に来て一番に振られた話題が天気ということに疑問を持つ。


 なんなら少し雲がかかっている空はそんなにいい天気とも言えなし。もっと言うべきことはいろいろとある気がしてならない。


 


「……」




「……」




(へ? へ? 終わっちゃったんだけど。続き。続きは?)




 このアドバイスをしたやつに聞きたい。


 この後どうすればいい? そう思いながら空を見上げて気が付く。そんなにいい天気じゃねえ。彼の反応が悪いのもそれによるものなのかもしれない。




(晴れろ晴れろ)




 彼女の余りある魔力は天気を容易に変えられる。


 少しかかっている雲をどかすくらいならばなおさら。彼に悟られないように、あくまで元から晴れている体で。


 


(ふう。晴れた。これで一安心。じゃねえよ。晴らしてもいみねえよ)




 これで心も天気も晴れ晴れ、なんてこと言っている場合ではない。


 こんな歪なセリフの辻褄合わせをやって何を喜んでいるのか。結局それで話が広がるわけなんてないのに。


 


(あれ? ……晴れてる)




 月明かりが出てきた空を見上げ、修治は違和感を抱く。


 しかし今は美少女との無言対面。永遠とも思える気まずすぎる状況は体感を狂わせた。天気が変わるほどの時間がたった、その認識が体感と状況を奇跡的に重ねあわせる。


 


(そんな時間、俺たちは何をしているのだろ)




 そんな要らなすぎる奇跡は修治を焦らせた。


 どう考えても無駄な時間というか訳の分からない時間。自分にコミュ力があれば、彼女と今頃談笑しているのではないか。


 まじで彼女が自分を見捨てるのも秒読みなのではないか。先ほどの天気発言に乗っかるべきだった。ツッコミ待ちだったのかもしれない。そんな後悔が頭を支配しようとしていたとき、頭に妙案が浮かぶ。




「わあ~。異世界だ。すげえ~」




 やっと回ってきた修治のターン。


 彼女本人に話しかけることが難しいのなら、しなければいい。よくよく考えれば自分は異世界に転生してきたのだ。


そんな人物の反応、興味深いに違いない。


 


(へ? へ? へ? 何今の棒読み。どゆこと?)




 そんな妙案が不発に終わったことは、さすがに分かる。


 よくよく考えると今見える情景は現代の日本でも再現可能だ。鬱蒼とした森の中で異世界に来た実感を沸かせようとする方が無理な話な気がしてしまう。


 


 唯一目の前にいる彼女だけが異世界感を存分に出しているが、森中でコスプレイヤ―といる、と言われても納得できてしまう程度には異世界感がない。


 その実感のなさがもたらした棒読みは、少女を困惑させるだけだった。しかし__。




(こ、これに乗っかる? 乗っかるしかなくないか?)




「い、異世界ですよ~。す、す、すごいでしょ~」




「……へ?」




 無理矢理乗っかったことで、困惑が共鳴する。


 自分の世界をあんな風に自慢することがあるのだろうか。棒読み、噛み噛み、震え、セリフどれをとっても困惑するには十分すぎるものだ。


 しかしそんな彼女を見ている修治は気づいている。先ほどは自分が会話を終わらせた。二回連続で終わらせていいはずがない。




 みすぼらしくボロボロなこの乗り物で、最後まで走りきることを決意する。 




「異世界で、召喚されて、俺はどうしたらいいんだろう」




 ちらちらと少女を見ながら、そんな独り言を述べる。


 これならば絶対に直接、まっすぐにお願いした方がいい。チキン、クズ、カス、客観的に見れば明らかにそうなのだが、彼は正真正銘の陰キャ。




 独り言の体はあくまで崩さない。しかし__。




「そうですねえ。見つかったらいいですねえ」




 少女は瞬発的に自分を対照から外す。


 よってその発言は、二人を絶望の淵に追い込んだ。




(あ、終わった。やっぱり自分なんか家に連れ込むなんて嫌だよなあ)




(なんであんなこと言っちゃったんだろう。異世界召喚されたばかりの人が行く当て何てあるわけないじゃん)




((何か、反撃の糸口は__))




(あ、ああ。もう無理だ)




 一手で心が折れ、二人があきらめの境地に絶たされた時、極度の緊張感に少女の体が溶けていく。


 溶解魔法。彼女は緊張しすぎるとよくスライムになってしまうのだが、それはそのまま修治を絶望させた。


 


「終わった。完全に」




 人間が急にスライムになるとは考えられず、逃げられたと考えた修治はそのスライムを見て絶望する。


 そして残されたスライムを触りながら、途方に暮れた。 




(うわあ。なんか急に積極的!? 触ってきた)




「はあ。なんで俺は、この機会逃したら終わるって分かってたのに。勇気も何も出せないんだよ」




 急にボディタッチしてきた修治に動揺していると、聞こえてきたのは彼の後悔だ。


 自分がここにいることを彼は知らないのだろう。それゆえに出てきた本音は、聞き逃せないものだった。




「コミュ障だからって、命がかかってたのに。ああ俺、このまま死ぬのかな」




「あなたも、コミュ障なんですね」




 また人間形態に戻ると、今知った事実を述べた。


 修治は驚いたように固まったあと、すぐに体から手を離すと、少し明るい顔になり頷く。




「私もなんですよ。だから話を切り出せなくて」


 


「そう、だったんですね」




 今度は正直に、自分の思いを伝える。


 それを聞いた彼も少し微笑むと、納得したように頷いた。


 かなり遠回りしたけど、簡単な話だった。先程までの気まずさが嘘だったかのように打ち解けられた。




「コミュ障をこじらせているなら、最初からそう言えばよかったのに」




「それができないからコミュ障なんだよ」




「そうですね。家、案内しますよ」




 こうして、何とか召喚者と大魔道士の死闘は幕を閉じた。

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