魔導士編

第2話 大天使の導き

「…………」



「ここは死後の世界。新栄修治さん。あなたは先ほど不幸にも亡くなりました。」




 その甘くとろけそうな声は、唐突に俺の人生の終わりを告げた。




 突然のことで何が起こったのか。


 宇宙空間のような暗く、どこまでも続いているこの場所で、なぜか俺は少女と向かい合いながら座っていた。


 


 美しい少女だ。


 長く眩い煌めきを放っている金色の髪。そして髪と同色の瞳で、こちらを見据えている。


 身長は俺より少し低いくらいだろうか。  


 白く、輝きすらも感じるその美しい体を、ガウンのようなゆったりとした服に包みこんでいる。




 天使という比喩がこの世でもっとも似合うような、そんな少女だった。




「私は、大天使アサエル。貴方を次の人生へと導く者です」




 比喩ではなく、本物の天使だった。


 しかし、その言葉を聞いて安心してしまうのは、彼女が人間よりもその存在の方が近いということを本能的に理解しているからなのだろう。


 アイドルや女優とは違う。彼女の見た目にはそんな人外の魅力が備わっていた。




「俺、本当に死んだのか? 実感が全くないんだけど」




 俺はアサエルと名乗った少女に問う。


 死後の世界とは、もっと重苦しいイメージがあったのだが。来てみれば謎の空間で美少女と向かい合って座っている始末。違和感を感じずにはいられない。


 


「はい。あなたは確かに死にました。出なければ貴方のような薄っぺらい人生のなかで、これほどまでに高貴で美しき人物に会えるはずがありません」




(ん?)




 何故だろう。いますごく失礼なことを言われた気がするのだが。




「というか、すごいかわいそうなスペックね。貴方を担当した天使に一つや二つ、文句をいってやりたい気分だわ」


「俺はお前に文句いいたいんだけど!?」




 なぜか俺を見てプンスカと怒り始めたアサエル。


 どう考えても俺をディスってるとしか思えないその発言に対して声を荒げる。


 


「何よ。あんたの為に言ってあげたのに」




 それにたいし、大天使様はご不満の様子だ。


 俺のため? なにいってんだ? この天使は。


 


「というかさっきから何いってんだよ!! 俺を担当した天使とか? 言ってる意味が分からねぇんだけど」




 俺はそんな彼女の態度に腹をたてながら彼女の意味不明な発言に突っ込みをいれる。




「あー。うん、そうよね。分からなくて当然よね。説明するわ。貴方たち人間のスペックは、私たち天使によって決められてるの。私たちのカードゲームによってね」




「へ、へえ」




 なんだろうか。生前の比喩が本当だったとは。謎に嬉しい。




「何にやついてんの? 私みたいな美女と話せてそんなに嬉しい? これだから童貞は」




 顔に出ていたのだろうか。アサエルは、嬉しそうな俺を見て盛大にため息をついた後、侮蔑の目をこちらに向ける。




「いっちいち腹立つやつだな!! 話の続きを!!」




 本当に。人を煽らなくては生きていけないのか? こいつは。




「はいはい。私たちの天使の仕事は、他の天使たちとカードゲームをすることなの。世の中の人々のバランスを保つためにね」 


 


 俺が続きを促すと、アサエルは気だるげそうに話を再開する。


 彼女の話によるとどうやら天使はカードで遊ぶことが仕事らしい。


 なんだ? そのイージー職は?




「顔とか、才能とか、そういうのが書かれているカードを使って他の天使たちとカードゲームをするの。ちょうど人間界でいえばポーカーに似てるかしら。そしてその手札のスペックがそのまま産まれてくる赤ちゃんになるわ」




 要約すると、天使たちのカードゲームで俺たちのスペックは決まるということだ。


 なんというか、不平等感が強くなった気がする。




「天使にも階級があってね。世の中に出た人間の功績によってその人を産んだ天使の評価も良くなるわ。もちろん、才能があればあるほど、功績は積みやすいし有利になる」




「なるほど。つまり俺は天使が大敗した証ということなのね」




「そういうこと。ま、私のようなエリート天使には考えられないことだけどね。あんたみたいな悲劇的な少年を産んじゃうなんて」




「悲劇的は言いすぎじゃないですかね!?」




 俺が作った流れのような気もするがさすがに言い過ぎだ。


 人によっては一生治癒しない大ダメージを負いかねない。




「それにしても、俺の生前の比喩が正しかったなんて……」




「え? 人生をカードゲームに例えてたの?」




「まあね」




 偶然とはいえ、さすがに自慢もしたくなる。


 アサエルも驚き、見直してくれたことだろう。




「でもさ。カードゲームだって分かってたなら、持ってる手札で最善を尽くして、成り上がろうとは思わなかったの?」




「え?」




 と、鼻を高くしているとアサエルから俺の生き方を疑問視した意見が。


 何か的を射ているような気がしてしまい、少し俯く。 




「まあでも、その思考に至れるかも、手札をうまくいかせるかも、結局は手札次第なんだけどね」




「なんなんだよ」




 そんな俺に先ほどの説教を無に帰す事実が。


 だったら今のやりとりは何だったのか。俺を茶化すため名だけというのは、この天使の性格的に分かってしまう。 




「でも好きだよね、人間って。人生を何かに例えようとするの。こういうのは偉人が言うから深みが出るのに、何も積み上げてこなかった冴えない高校生が言っても誰にも刺さらないっつーの」




 誰にも刺さらない、という言葉に胸を刺される。


 確かに、イタいのか。




「ごめん。死にたくなってきた」




「もう死んでんのよ」




「確かに」




 そういえば、俺は死んで天使に煽られているんだった。


 改めて考えるとどういう状況、というか俺は不憫過ぎないだろうか。




「まあでも、大丈夫!! 今回の貴方の担当は私だから。勝ち組確定よ!!」




 そんな萎えてしまった俺を慰めようと、アサエルは嬉しそうにその旨を話した。


 超朗報を伝えるかのような態度を取る彼女だが、正直不安しかない。こんな奴に来世を預けていいのだろうか。




「? なんで不安そうな顔してるの?」




「あんたに来世を任せたくないんだよ!! 不安しかない」


 


「はあ!? この私をなめてるの?」




「逆に今までのやり取りからどうやって信頼するんだよ?」




 半ギレのアサエルに俺は正論という暴力で立ち向かう。


 アサエルはそれに対し、顔をしかめながらも、返す言葉が見つかっていないようだ。




「まあ来世に行きたくないなら他に選択肢はないことはないけど……」




「それは? 教えてくれよ」




 この天使に次の人生を任せたくはない。


 その一心で何か選択肢はないかと探ったのだがあるではないか。早く提示してほしいものだ。


 


「天国行き、地獄行き、あとは……異世界転生とか?」




 地獄を選ぶバカなどいるのか、というツッコミは置いといて、一端アサエルの話を聞くことにする。 




「順番に説明していくわね。天国行きはまあ、天界の空きスペースで自由にしてくださいって感じ。天使に申告すれば、来世に行けるわ。みんな飽きて、一か月もすれば来世に行くわよ」




「それで天使って変わったりしないの?」




「う~ん。前例はないわね。って私以外を選びたいって、本当に頭のステータス下振れてるわね」




「ちょっと黙ろう」




 結局、天国に一端行き、違う天使に担当してもらう、という選択肢は取れなさそうだ。


となると次は説明を聞く前から論外な地獄になるのだが__。




「地獄はね。神様のストレス発散に付き合う場所。地獄に行ったらその時間が長ければ長いほど、いいステータスが振り分けられやすくなるわ」




「神様ってもしかしてろくでなし?」




「神は慈悲深くなきゃいけないから。そのストレスを裏で発散してるのよ」




 やっぱり論外だが、ついでに神様の株も下がってしまった。


天界にはろくな奴がいないのか?


 どんなことが待ってるかわからない地獄何て、やっぱごめんだ。




「じゃあ異世界転生だけど、あんまりお勧めしないわ」




「なんで?」




「というか時間の無駄なのよ。確立低いっていうか」




 乗り気ではなさそうなアサエルにその真意を問うと、けだるそうな返事が返って来る。


 俺としては一番気になるものだったのだが。




「まず召喚魔法を唱えている人間を見つけなければいけない。そしてその人間が召喚魔法を成功させなければいけない。そんな運ゲーやるだけ無駄なのよ」




「どんくらい確率が低いんだ?」




 どうやらやりたくない理由は確率の問題らしい。


 正直アサエルの手間が増えることに関しては何も感じないため、引き下がらずに話を聞き続ける。


 というか当たり前に出てきた魔法という単語だけで、行きたさは増していった。




「まずね。召喚師の魔力量にも寄るけど成功率は滅茶苦茶低いの。だって天界にあなたみたいな異世界転生を求めている人間がちょうどいなきゃいけないわけだし。いたとして、中堅魔法使いで確率は千回に一回くらいだわ」




「なるほど」




「もっといっちゃうと、わざわざそんな低確率のごみ魔法何てする奴そうそういないのよ。だから今この瞬間にその魔法をやっている人間を見つけるのも大変ってわけ」




「失敗したら?」




「特にデメリットもないけど……」




「よし決めた。挑戦するだけしてみよう!!」




「はあ。あったかな水晶」




 デメリットがないならばやるだけ損はない。無料の宝くじのようなものだ。


 そんな俺の決断にため息を突くと、アサエルは亜空間のような場所に手を突っこみ、何かを探し始めた。




「あ。あったあった。もうめんどくさいなあ。どうせいない……っていた」  




「まじ? どれどれ?」




 いやいや水晶を取り出し、何かをさすりながら探しているアサエル。


 だが見つけたことに驚きの声を挙げると、俺も我慢をできずに水晶の中をのぞく。




「成功したらこの子が可哀そうだな。そこに立ってて」




「ここでいいのか?」




 水晶に映っているのは、ザ、魔法使いの格好をした青髪の少女だ。


 魔法陣の前でいろんな身振り手振りをしているのは見ていて愛らしい。


この子と一緒に冒険できたら、きっと楽しいんだろうなと妄想していたその瞬間。足もとが急激に光出した。  




「え!? 成功!?」




 その光を見て、驚いたようにアサエルは俺の方を見た。


 どうやら、妄想は現実になりそうだ。そんなとき、アサエルは急激に焦りだす。




「どうせ失敗すると思って聞いてなかった。異世界に行くときはさすがに現代と世界観のギャップがありすぎるから、あらかじめ望んだもの与える決まりになってるの。何でもいいから言って?」




「急に言われても……」




 と、アサエルは俺に焦りだした理由を話し出す。


 光もどんどん強まっていき、時間は限られているようだ。こんなシチュエーション、いくらでも妄想していたつもりだったのだが、いざというときには浮かばない。




「最強の剣とか、無限の魔力とか、本当に何でもいいから」




「じゃあ、最強の剣にしといて」




 俺の異世界ライフに直結する重要な選択。


 もっとじっくり悩みたいところだが、何も言わなかった時の恐怖心と焦りからアサエルが最初に出した例にすることにした。


 そしてそれを聞いたアサエルは安心したようにまた座ると、俺を見守り始めた。






「ラッキーね!! 異世界転生の瞬間を見れるなんて。あと、言語は最初から読み書きと話せるレベルにはなってるから安心して」


 


 きゃっきゃと喜びだすアサエル。なんだろうか。どんどん彼女の威厳がなくなっていくことを感じる。


 どうやら天使なのは見た目だけだったようだ。




「あれ? ちょっとミスった……」




 そんなアサエルの不穏な独り言は届かず、俺の第二の人生が始まった。

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