2023.03.19(0)

加藤那由多

2023.03.19(0)

 イヤホンをする。クラスの喧騒が遠くなった。

 スマホを操作して、ファイルアプリを起動。スクロールして音声ファイルを開く。

 タイトルに日付とナンバーを使った簡素なデータがずらりと並ぶ。

 わたしは気まぐれに『2023.09.24(9)』を押した。

 はじめは無音。二度機械を通したイントロが始まり、誰かが歌い出す。

 曲は数年前に流行ったJPOP。

 やがてアウトロが流れ、余韻を残しながらその曲は終わった。

「96.7点」

 小さく呟く。

『96.7点』

 イヤホンからもそう聞こえた。

 音声データが終わる。

 わたしは続いて『2024.01.08(2)』をタップした。

 誰かの歌声が流れる。

 それを三度繰り返した時、イヤホンを貫通して五月蝿いチャイムが鳴り響く。

 私はイヤホンを机にしまった。


 音楽が好きだ。

 少なくとも、昔は。今も、セロリよりは。

 中学生の頃、当時の友達とコピーバンドを組んでいた時は、間違いなく好きだった。

 ボーカルのわたしをみんな褒めてくれたし、仲間との練習も楽しかった。

 自分には音楽しかないと思っていた。

 だからこそ、あるメンバーが解散を言い出した時は厭になった。

 好きで好きで好きだったものを、好きで好きで好きだった人に否定された。

 苦しかった。

 好きだっただけに、好きすぎたあまり、たった一度マイナス1をかけただけで、わたしの心は音楽を拒絶した。

 そのまま、解散の話が持ち上がった二ヶ月後に、全会一致で解散が決まった。

 解散前に、公園でライブをしようと誰かが言い出した。最終公演なんて気取った表現で、三曲だけ歌った。

 そこで最後に歌ったのが、さっきわたしが聴いたJPOPだ。

 最後の最後の最後の曲。わたしは心を込めて歌った。どんなに頑張っても、解散は変わらないのに。

 その頑張りがから回って、絡まって、サビの歌詞が飛んだ。

 誰もが気づいたけど、誰も口にはしなかった。

 そして、あっけなく解散した。


 わたしはそのまま家に帰ることができなかった。またね、と笑顔で挨拶して、内心涙でいっぱいだった。

 途中まで家に帰るふりをして、いつもと違う角で曲がる。走って近所のカラオケボックスに向かった。

 財布の中身をほとんど使って、フリータイムを選ぶ。

 通された部屋でデンモクを掴み、手始めに因縁のJPOPを10回入れた。何度も何度も何度も歌って、途中から声が出なくなった。

 終了を知らせる電話に出ないことを不審に思った店員に、腫れた目と潰れた喉を気づかれ、迎えに来た親に怒られながら帰った。


 次の休み時間も、わたしはイヤホンをつけた。

 スマホを操作して写真アプリを開き、何度もスクロールして、ある動画を再生した。

 ドラムの音が聞こえる。続いてギターが弦を弾いた。それに合わせてベースが鳴る。

 最後に、ボーカルが……

「0点」

 今日の放課後もカラオケに行こう。それで、喉が枯れるまであの曲を歌うんだ。

 100点を取れるかわからないけど、動画のボーカルより上手く歌える。

 それだけは、間違いない。

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2023.03.19(0) 加藤那由多 @Tanakayuuto

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