第25話 支配の証



 望は取材の記録を見返して一つのことに気が付いた。それは理子の両親が見せてくれた地下室の写真に写っていたものだ。刃物で壁には複数の暴言や謝罪の文面が刻まれていた。そこに気になるフレーズがあった。

「男を支配できる。あの男の思い通りにはならない。私に手出しさせない。私だけの男を作る。男はクズ。私は綺麗。何も汚れていないのに。」

 この文面が表すこととはなんだろう。

 今まで対象者が話したことばかりに気を取られていたが、理子からはそんなに多くの情報は得られていない。この壁の言葉こそ理子の取材記録だった。理子の中には何か男性に対する嫌悪や、蔑みが感じられた。同時に支配してやるという思考もある。 理子は間島と幼いころに出会っていた。理子のこの男性に対する強い嫌悪感は間島には向くことがなかったのだろうか。

 鳥羽から新しい情報が入ったと言われ、鳥羽の部屋へ向かった。

「施設で見つかった遺体の付近を捜索していたらとんでもないものが出てきました。これです。」

 鳥羽からパソコンの画面を見せられた。画面には手帳のようなものが映っていた。 鳥羽がスクロールすると手帳の中が映った画像になった。

「これ部下に中の画像を全て送ってもらったんですけど、どうやら理子さんの日記のようなんです。俺もちらっとしかまだ見てなくて…一緒に見てもらって良いですか?」

「ええ、それは大丈夫ですけど、なぜ理子さんの日記が施設に…。理子さんが施設に亡くなる前に足を運んで落としてしまったのか、誰かが理子さんの私物をわざとそこに置いたのか、他にもいろいろな可能性はあると思いますが、やはり今回の遺体もこの事件に関係しているのは確実ですね。こんな大事な証拠品みていいんですか?」

「俺の独断です。でも上司もきっと許すと思います。こっちも川本さんの情報に助かってるので。この日記は数日間外に落ちていたため、多少劣化があります。でも読める状態です。一枚目からゆっくり捲っていきますね。」

 望は頷きパソコンの画面に目を凝らした。表紙を捲った一枚目は線のないページで、筆記体で理子の名前が綴ってあった。さらに少し色の違うペンで慣れない筆記体が書いてあった。間島の名前だ。後から書き足したのだろう。間島の名前の近くに水分による滲みが出来ていた。次にスクロールすると日記の上から紙が貼ってあった。幼い子供の字だった。昔の日記の一部を貼ったのだろうか。

 

 りこのことをかわいいといってくれるおじさんがいる。あそぼうあそぼうといってくれるからいっしょにこうえんにいった。おじさんはたくさんさわってくる。やさしかったのにこわくてはしってかえろうとおもったらかえっちゃだめっていわれた。こわかった。おかあさんのいうことをきいておうちにいればよかった。おかあさんにはないしょっていわれたから。おかあさんにはおうちからでちゃだめっていわれた。


 理子も幼いころに性的暴行を受けていたのか。その後の文にも何度も男から同じことをされたと書いてある。最初は怖いと書いてあるのに、数週間後の日記にはこう書いてあった。


 おじさんはりこのことすきだから、なんでもしてくれる。りこがやさしくすれば、つまらないおうちからだしてくれる。おかあさんにはたくさんおこられて、こんどからようちえんにいきなさいっていわれた。おともだちができるんだって。おともだちはおじさんだけでいいのに。


 理子は自分を玩具にする男を短期間でコントロールする術を身につけたようだった。ひらがなを使いきちんとした文章がかけるのは両親の英才教育の賜物だろう。望が恐怖を感じたのは、幼い女の子が大の大人にこんなに恐怖を与えられているのに、ある意味自分の精神をコントロールし、相手の望みを理解して操ることに成功しているということだ。さらにその短期間で理子の精神は何歳分も成長したように感じられた。

「間島も父親から虐待を受け、理子さんも同じだった。これが二人の大きな共通点だったんですね。どうしてこんなにひどい大人ばかりが集まるのか…。考えられません。」

「一定数、幼い子供にしか性欲が湧かない、いわゆる小児性愛者がいますが、小児性愛は精神病の範疇ですね。自分よりか弱いものを性のはけ口にする。最低だ。」

「ページもかなりありますし、最近の出来事までを記録した日記なんでしょうね。飛び飛びで残しているのは何か意味があるのか。もしかしたら間島のことや、犯人に繋がるような内容があるのかも。」

 望はメモを取りながら読み進めた。幼稚園に行くことになった理子は幼稚園でのことも日記に残していた。


 ようちえん、はじめはいやだったけどおじさんがいてうれしかった。おじさんはようちえんのえんちょうせんせいで、りこにたくさんおやつをくれるし、せんせいたちにりこのことはおこらないでっておねがいしてくれた。まいにちえんちょうしつにつれてってくれるし、がんばったらすきなおもちゃもくれる。ゆうじくんがりこにいじわるしたけどおじさんがおこってくれた。


 理子は幼稚園で、「おじさん」と再会していた。しかもその園の園長がその小児性愛者だったのだ。鳥羽は急いで携帯を取った。

 鳥羽の電話の内容から、園長は鳥羽の知る人物らしい。望は一人浮かんでいた。以前の養護施設の施設長だ。確かあの施設長の経歴に幼稚園園長というのがあった。もし施設長なら、理子の入所時の記録を消したのもやはり意図があったのだろう。自分が過去にしていたことを理子から言われたのか、二人に何があったかはわからないが、施設に入った時点でお互いの存在には気が付いたはずだ。電話を切った鳥羽は怒りをあらわにしながらこう言った。

「当時の園長は間島の働いていた施設の施設長でした。今チームが話を聞こうと自宅へ行っているようですが、任意ならいかない、と言っているようです。自分の犯罪がバレているのが分かっていながら、証拠がないだろうとタカを括っているようです。」

 確かに施設長の、犯罪の証拠は見つからないかもしれない。理子は亡くなってしまったし、他に被害者がいたとしてもこういう犯罪の場合、女性は大事にはしたくないはずだ。

「すみません、続きを読みましょう。」

 幼稚園ではある意味順調に理子は理子の思うままに他者を操り、安全に過ごしていたようだ。小学校に上がると、理子はますます聡明、かつ支配的になっていた。


 ナツメちゃんが私の悪口言いふらしてて本当にイライラする。ゆうきも、たけるも私と仲いい男子たちは私がご褒美をあげるから何でも言うことを聞くし、嫌いな子は男子にめちゃくちゃにしてもらえばいい。でも親にばれたら面倒だからほどほどにうまくやらないと。あの先生何か嫌。身長体重だけ測ってればいいのに…。また来年って言ってたけど、毎年家のこととか、親のこととかしつこく聞かれるのか。面倒くさい。


 私にしつこく関わってくる男は嫌い。あの西田とかいう医者、家まで来た。親と話したいとかいい迷惑。やだやだやだやだ。お母さん泣いてる。私のこと話したのかな。本当にめんどうくさい。親がついに秘密を話した。西田が毎月カウンセリングに来る。本当に面倒くさい。私はどこもおかしくないのに。もうこれで西田先生がき始めて半年になる。話を聞いてもらうのは確かに落ち着くけど、研究用マウスみたいに毎回いろんなクイズやテストを受けるのには飽きた。


 西田先生と話してると自分が普通の人みたいな感じがする。今まで私がしてきたことは間違いで、今の私がすごくいいひとみたい。先生が私は自分を守るために人を使っていたけど、もうそれはしなくていいって言ってくれた。親の都合で二か月施設に行くことになった。でも怖くない。先生も保健室の先生をするみたい。空いた時間も先生と話せるのはうれしい。


 だめだ。せっかく先生が私を戻してくれたのに。おじさんがいた。名前を呼ぶ声も、昔おじさんにされたこともまた思い出した。戻りたくないのに。先生はずっとは居てくれない。わたしが戦わないと。戻ってしまった。あの二人、おじさん、どうして男はいつもこうなの。


 こんなに思いっきり人を操れた感覚は初めて。前から操りやすそうな人だとは思っていたけど、あの二人にあそこまでやれる人だとは思わなかった。私のお兄さんと先生、なんだかよく話している。先生最近私との面談少なくなってきてる。もう普通の子だって思ってくれてるのかな。


 先生に見張られていなければ、どんなこともできる。奴らを片付けた。もう使えないし、何より私が施設を出るならだれもあいつらをコントロールできない。私のお兄さんはすべて私の言う通りにしてくれた。やっと家に帰れた。でもあれが忘れられない。先生何も気づいてないかな。何も言ってこないってことは気づいていないってことだよね。


 来年西田先生と同じ病院で働くことになった。先生は自分の夢だった精神科の先生になったからか、また私とよく話すようになった。でも疑ったり、テストをしてこない。もう完全にノーマークな様子。

 

 ついにあいつらが見つかった。お兄さんも逮捕された。私の存在は絶対にバレないから大丈夫。それより、お兄さんがうまく病院に来てくれないと私が看てあげられない。


 よかった間島さんがうちの病院に入ることになった。西田先生にお願いして私が担当になれるようにしてもらおう。


 わたしのためにこんなにボロボロになるなんて。今までで一番の人だ。わたしこのまま間島さんと結婚しよう。ずっと彼を支配して、私といて幸せだって思ってもらおう。


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