第24話 それは誰だ

 

 その日の夕方鳥羽からやっと連絡が入った。

 その日もう上がりの時間だったため黒澤の同行なしに警察署に赴いた。警察署に着くと鳥羽は望を待っていた。そのまま案内され会議室へと入った。

 溜息を一つついた鳥羽はゆっくり切り出した。

 「すみません、すぐに返事ができなくて。何せあの報道が出てしまって大慌てで…。ただ一つ大きな収穫がありました。間島の勤めていた施設の跡地に男の子の最後の骨が見つかりました。マスコミに感化されたインフルエンサー気取りが不法侵入をしでかして、真新しいオルゴールを見つけました。

 そこには人骨と間島直筆の手紙が入っていました。中身は理子さんを殺したのは自分で、そんな自分を許せない、自ら責任を取るといった内容でした。自殺を仄めかしています。間島はもともと自殺企図がありましたし、大事な人を手に掛けたという現実が受け入れられない状況なのでしょう。警察は、総力を挙げて間島を追っています。

 なので今日から一週間川本さんの護衛に当たる人数を減らすことになりました。

 というか私が一人でやることになりました。少しの間ビジネスホテルに滞在してもらうことになりそうです。俺と部屋は隣で、何かあればすぐに駆け付ける事ができるように上が配慮してくれました。なので今日の夜からここから近いホテルに移動しましょう。荷物の準備などもあるでしょうからこのまま一緒に川本さんの家に向かいます。大丈夫ですか?」

 鳥羽の急な提案に驚いたが環境が変わることで、独りで怯えずに眠れるかもしれないと思い提案を呑んだ。もともと望自身も今の状況をかなり不安に思っていた。そんな中でのこの提案だ。鳥羽のような普段から信頼している人物に保護してもらえるならひどく心が楽になった。

 チーフとも話し合い、記者部へ通勤はせずにリモートで記事をまとめ、必要なものは誰かが持ってくる、取材は別チームが担当するということになった。望の家に荷物を取りに行き、数日分の食料を買い溜めた二人はホテルに着き、それぞれの部屋へと入った。部屋に入った望は荷物を投げ、ベッドにそのまま横になった。望の目には涙が浮かんでいた。最近の望の心には今までにない感情が浮かんでいた。

 以前は自分が記事を書いて世間に問題を提起することが、使命のような、達成すると自分が善人になれたような、そんな作業だった。しかし最近の望は望が一番嫌悪している野次馬や、でたらめな記事を書く週刊誌らと同じなのではないかと思い始めていた。適当なことをする世の中に怒りさえ覚え、自分は正しいことをしようと思い続けていたのだがどうも今はそうではない。人の不幸なニュースを書くことに心が躍る瞬間があった。自分しか知らない暗いニュースで世間が怯えるのが愉快に思えるのだ。望は自分の正しくない性質が怖くなった。

 それと同時に理子に対して申し訳ない気持ちが沸き上がり望の涙はまたあふれ出した。望は子供のように「ごめんなさい。」と泣き続け気が付いたら眠ってしまっていた。朝方、まだ外が薄暗い中、望は目が覚めた。シャワーを浴び、テレビをつけた。 黒澤から入ったメールに目を通しながら、次の記事の内容について考えた。一時間ほど作業を進め、ふと外を見るとホテルのバルコニーから朝日が見えていた。望はバルコニーに出た。ニュースの音を遠くに耳に入れながら、まるで心を落ち着かせてくれるような朝日が望の体を温めた。望はしばらく朝日を眺めていた。

 ふっと大きく息を吸うと、煙草の臭いがした。鳥羽と同じ匂いのものだ。向こうも朝日を見ているようだ。そんな望の耳にニュース速報の音が聞こえてきた。

 望は癖で急いでテレビを見た。同時に携帯でニュース速報を検索した。携帯からテレビに目を戻した望は、速報の内容に鳥肌が立った。なんと間島の元職場である養護施設の敷地内からひどく損傷を負った男性の遺体が見つかったようだ。望は慌てて着替え、鳥羽の部屋のドアをノックした。ノックしても反応がないため数回インターホンを鳴らすと、鳥羽がドアを開けた。携帯を耳に当てている。職場からの電話のようだ。口パクで入って、と言われた望は部屋へ入った。鳥羽もニュースを見ており、かなり署内も騒ぎになっているようだ。

 「ああ、わかったけど、身元の特定には何か、あるだろう。本当に何も見つかっていない?なんてことだ。死亡推定時刻は?そんなに古いのか。わかった。また何かあれば連絡をくれ。ホテルからは動けないが知っておきたい。」電話が終わると、鳥羽は望の前に座ってため息をついた。

 「次から次へと色々なことが起きて、どうなっているんだか…。俺も一課に入って数年たちますがこんなに殺人事件が頻発するのは初めてで。間島の元職場から顔面が潰され、歯は抜かれ、指紋が削られ、毛はすべて綺麗に焼かれた男性の遺体が見つかりました。状態が良くないので死亡推定時刻どころか、死亡日時もはっきりとはわかりません。腐敗の進み具合から、亡くなって一か月は経っていないようです。」

「間島の事件の関係者なのでしょうか。」

「いや、急ぎ近しい関係者に連絡を取り、ほとんどの関係者とは連絡が取れました。 殺し方が殺し方なので、すぐに捜査対象者は絞れそうですが、警察は行方不明中の間島がやったのではと考えています。世間からも間島がやったのであれば警察の不祥事だという声がもう上がっています。」

「確かに遺体の状態は素人さがない。被害者の身元の特定をひどく恐れている感じがしますね。

 犯人の慎重さが、計画性の高さも物語っていますね。今回の件は、詳細を報道しないほうがいいですよね?どこまで記事にして大丈夫ですか?」

「まだ確認中で…少し待ってもらえますか?」

「もちろんです。鳥羽さんも現場に行きたいでしょう。すみません、付き合わせてしまって。」

「いや、大丈夫です。でも今回のことで、やはりこの件に深く関わることがかなり危険なことだということが再認識できました。」

「そうですね。間島がまだ見つからないことがまずいですね。情報は入ってきていますか?」

「時々目撃情報が寄せられますが、どれもはっきりとしたものではありません。もし殺人を犯すほど派手に動いているなら、さすがに動向が見えないと可笑しいはずです。遺体をあの状態にするにはいくつかの道具も必要ですし、場所も必要です。遺体はあの状態になってから施設の中に運ばれたようです。とても計画的です。今の間島にそこまでの犯行ができるものなのか。」

「西田先生には何か聞きましたか?」

「今西田先生は心身ともにひどく疲れており、あまり話を聞ける状況ではありません。今回の事件についても先生に告げていません。」

「そうですよね。この間あった時もひどく疲れているようでしたし。西田先生はずっと警察の提供した滞在先にいるのですか?」

「そうです。一応監視を付けてはいますが先生はあまりそういう扱いがお好きではないようなので、数時間ごとに先生に連絡して安全を確保しています。ほとんどの時間を眠っているか、読書をしているようです。よほど疲れているのでしょうね。病院へも長期療養の申請を出しています。」

 鳥羽とともに朝食をとり、自分の部屋へ戻った望は携帯に黒澤から数件の着信とメッセージが入っていた。折り返すとすぐに黒澤が出た。

「出るの遅すぎますって。」

「ごめんごめん、どうした?」

「今朝の速報見たと思うんですけど、鳥羽さんから何か情報ありましたか?」

「あったけどまだ出せない。警察も混乱しているみたい。間島の犯行だと思う。でもまだその証拠もない。渡せる情報がすごく少なくて。また出して良くなったらデータにして送るから。よろしく。」

「わかりました。僕らも取材は継続しようと思ってます。気を付けて下さいね。夕方に食料と資料届けるので起きててください。」


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