第21話 安寧などないのだと



 鳥羽とは少し離れた個室の居酒屋を指定された。一応警察の護衛が付いているが鳥羽が迎えに来た。黒澤に適当なことを言った手前、鳥羽と二人でいるところを見られると抜け駆けだとか言い兼ねない。会社のラウンジの端の席で鳥羽が来るのを待っていた。会社からそのまま護衛についてくれていた警察車両に乗り、店に移動した。初めて訪れる店だったが、店に入った瞬間、望はまるで秘密を話すために作られた店だと思った。完全個室で、部屋ごとに隙間はない。さらに部屋には机と座布団しかなく盗聴器を仕掛けられるようなコンセントもない。鳥羽がわざわざここを選んで望を呼び出したのにはきっと大きな理由があるのだろう席について真っ先に鳥羽は謝った。

 「待たせてすみません。自分から呼び出しておいて仕事が間に合わなくて…。」「大丈夫です、そんなに待っていません。それより、わざわざ外でなんて。関係者に聞かれたくない情報でも出たのですか?」

「実は俺の上司が川本さんの記事を読んで、ひどく心配してまして…。警察署に頻繁に出入りすることで川本さんの素性が分かりやすくなり危険な目に合わないかと。なので今日はゆっくり話せて、人の目も気にならない場所で、と思いましたが、大丈夫でしたか?」

「全然。今は同僚たちも必死なので私が多少一人で動いていても気にしません。そもそも女扱いもされてませんし。」かるく冗談を交えながら望はハイボールを煽った。鳥羽もビールを追加注文した。

「実は十六年前の事件を調べ直して、ある事件記録を見つけました。川本さんが気にしていた間島と親しかった施設の子供についてです。施設には名簿などの資料はもう残されていませんでした。しかし行方不明者捜索の際、記録係が重要なことをメモに残していました。行方不明になった男の子達と同じ時間に姿が見えなかった子供がもう一人いたそうです。しかしその子は施設のグラウンド近くの林で遊んでいるところをすぐ見つかったので大事にはならなかった。その子が間島と親しかった子供だそうです。その子は行方不明になった男の子二人からよくからかわれていて子で、女の子です。

 当時は噂程度でしたが男児二人に同年代の女の子への性的暴行疑惑があったため施設の職員がその子に暴行の有無を確認すると、こういったそうです。

「私には守ってくれるお兄さんがいるし、今まで何かをされたことはない。」と。さらにこうも言った。「海人と龍は私に意地悪したことないしできない。仲がいいから。」と。その子は数か月で施設からいなくなりましたが、その間も間島とは親しくしており、特段変わった様子も無かった。」

「その子の詳細な情報は調べられなかったのですか?」

「それが施設には何も記録が残っていなくて…。数か月の預かりで、問題行動もなく記録に残すこともなかった。しかし本来施設はどの子に対しても養護しているという証拠を残さなければならない決まりになっています。しかしどういうわけかその子に関しては全く残っていない。当時の施設長に話を聞きましたが何かの手違いだ、資料はあるはずだとこればかりで。」

「あの施設長は当時間島へのパワハラもありましたし、何か隠していてもおかしくありません。それに男の子二人が性的暴行を繰り返していたのにその子にだけは手を出さなかったなんてことがあるのでしょうか。その女の子との間に施設にとってもよくないことがあってわざと記録を残さなかったということも考えられます。」

「施設長については警察も事件に直接かかわっていなくても、掘れば何か出ると確信しています。このまま我々もその少女を見つけ出せるようにします。」

「ありがとうございます。ちなみに間島さんは見つかりそうですか?」

「間島に関係する場所はすべて捜査員が張ってますし、隣県の管轄まで手配はかけてあります。しかし一般人にその情報が公開されていないために情報は入っていません。しかし今の間島の精神状態を考えれば計画的に逃げ切ることは難しいと思います。」

 「すぐに見つかるかと思いましたがどこに隠れているのか。また自傷行為がぶり返したりしていないか気がかりです。」

 間島が行方不明になって一週間ほど経つというのに足取りが全く見えないこと、不安が強かった。警察曰く間島は望の存在を把握しており、さらに興味を持っていた、そのことから接触してくる可能性はかなり高いということだ。毎日護衛、監視を付けてくれているようだが、正直常時見張られていては取材などもやりづらい。望としては間島の身柄が速く確保され、安全が担保された上で取材活動を進めたかった。

 実は間島の行方が分からなくなってから望はあまり眠れていなかった。間島の姿は逮捕時のニュースで少し見ただけで最近の間島については情報がほとんどなく、四年前とどれだけ見た目に変化があったかは分からない。望は正直間島と町ですれ違っても気づける自信がなかった。鳥羽刑事はグラスの結露をふき取りながらこう言った。

 「警察としても間島を早く見つけないと、と焦ってはいるのですが、本当に何も動きが見えなくて…。理子さん家から入院先の病院付近まで広範囲に渡って捜索していますし、寝泊まりできるところにはすべて当たっているので、そろそろ情報が入ってもおかしくないのですが。この事件は本当に見えないことばかりで…。

 川本さんの記事署内でもかなり話題になっています。取材に時間をかけているだけあって警察も把握しきれていない情報もあって驚いています。西田先生も驚いていました。間島から施設職員時代によく一緒に遊んだ子がいたというのは聞いていたみたいです。西田医師は間島の性質として何かに依存しているときが一番精神の状態がいいと言っていました。

 幼いころは母親、その次は虐待をしてくる父親、施設の子供、庭に埋めた遺体、そして理子さん。このように常に何かに依存して社会で生きてきた。今の間島は依存対象がありません。

 俺たちはその対象が川本さんに移るのではないかを心配しています。川本さんの記事は間島を批判したり、世論を酷いほうに煽るようなことはしません。その傾向が間島にとっては一部救いになっているかもしれません。今のところ見張りを付けることができていますが、川本さんを傷つける可能性があるのは間島だけではないかもしれません。」

 「私は間島に顔を知られていないはずですし探すのは大変でしょう。私に何かあったら助けてくださいね。」へらっと笑いながら冗談半分に望は言った。

 鳥羽刑事は一瞬刑事の表情に戻り「もちろん。」と返事をした。望は鳥羽に家まで送ってもらうことになった。幸い近い場所で飲んでいたため徒歩で帰ることにした。 少しふらつく足元も外に出ると風に煽られ酔いも醒めてきた。少し前を歩く鳥羽刑事を見ながらこんなに外で楽しく飲んだのは久しぶりだなと思った。


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