第11話 男の気配



 あの間島が行方不明。入院しているはずの、二人の子供を殺した殺人犯は、精神を病みいつ危険な行動にでるかわからないような状態のはずだ。

 望の頭には様々な情報が激しいリレーのように駆け巡っていた。収拾がつかない。「病院にいて行方がわからないなんてどういうことですか。」

 「実は間島は一か月前から理子さんの住む家に外泊訓練をしていました。西田医師の治療により、ここ半年の間島はまるで別人のように精神状態が安定していました。理子さんという味方ができたのも大きな変化でしょう。

 理子さんとの接触が間島の精神の安定につながると考えた先生は、今月に入り二泊三日で訓練していました。川本さんが理子さんに会う予定の前日は、間島が病院に戻る予定の日でした。

 しかしその日間島は病院へは戻らなかった。理子さんの部屋に迎えに行ったスタッフは理子さんにもう一晩だけ一緒にいさせてほしいと頼まれたようです。

 翌日の午後、迎えにいくことに予定が変更され、その日の正午に理子さんが遺体で発見された。そのまま間島は行方不明になりました。警察が行方を必死に追っています。」

 「理子さんを殺したのは、間島ということですか?」

「それはまだわかりませんが、殺され方が殺され方なので。直前まで理子さんと一緒にいたとすればなおさら。間島は今第一容疑者です。」

「足取りは掴めているんですか?」間髪入れずに質問し続けた。

「いいえ、なにせ何年も入院しており間島に関係する場所や人はもう形がないか、疎遠になっています。関係者もまったく浮かんでは来ません。さらに社会に間島のことを伝えることで混乱を引き起こし、間島自身にも危険が及ぶ可能性もあり、発表しようか警察内でも検討中の事案です。間島は川本さんの存在も知っています。理子さんが信頼していましたから。

 間島が川本さんに会いたがっていたという西田先生の証言もあります。間島が川本さんのもとを訪ねてくる可能性もあります。」

 望は今まで一度も会ったことのない間島の存在が、黒い大きな影のように迫っているのを感じた。その望の表情を見て察したのか、鳥羽は安心させるように言葉をかけた。

 「そこで、実は数日前から川本さんには警察の監視が付いていまして…。もちろん護衛のためです。今の段階で考えられる間島の行動で、最も可能性が高いのは川本さんに会うことだと警察は考えています。」鳥羽と別れ、望達はチーフに連絡した。チーフには鳥羽から伝えていいと言われた情報のみを伝えた。

 二人は警察署を出るとすぐさま記者部へ戻った。チーフからは公表可能な情報を精査したうえで次の記事に取り掛かった。作業をしながら望は十六年前の事件を思い出していた。幼い男の子たちを二人も殺めバラバラにした間島がもしかしたら自分のもとへやってくるかもしれない。さっき鳥羽からこの事実を伝えられた望は、初めはひどく大きな不安が胸に渦巻いていたが、今は違った感情が生まれていた。

 会議室から外を見るとビル下で動く人が小さく見える。もしかするとあの中に間島がいるかもしれないと思うと足裏が浮くような、この場から逃げ出したくなるような感覚がした。デスクに戻り、黒澤がまとめてくれた理子の壁の文字の画像を見た。望が見ていた理子は殺人者の妻であるという変った点はあったが、それ以外に違和感を持つようなところはなかった。

 画像を見ていた望は「いや人殺しの妻は異常だよね。」と思わず呟いていた。一瞬黒澤からの視線を感じたがそんなのは望の気に止まらなかった。嚙みすぎた指の爪を見て、もう一度画像を見た。そうだろう、どんなことがあっても自分なら人殺しを好きになることはない。あの二人は入り口の時点から異常なのだ。


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