第7話 彼女の地下室
母親がゆっくり話し始めた。
「理子は、あまり自分のことを私たちには話しません。今まではずっと品行方正で真面目な子だと思っていましたし。間島との結婚を理子から報告された際、私たち夫婦は理子が可笑しくなってしまったのかと思いました。しかし理子は冷静に、しかし幸せそうに間島のことを話すのです。私たちの知っている理子ではない他人と話しているようでした。間島のことがあるまでは理子は本当にいい子でした。しかし今思えば理子には他の子とは違うところがありました。」
「違うところとは…?」
望が聞き返すと夫婦は少し口をどもらせた。
「いえ、理子には少し変わったところがありまして…。」そう繰り返す夫婦に望は再度催促した。「と、言いますと?」望の催促に渋々続きを話す気になったのか父親がぽつぽつと先を続けた。「はい、特別学生時代に大きな問題を起こしたことはないのですが、いつからか一か月に一度一定の期間、部屋から出てこず、出てきても全く私たちと口も利かないといったことがありました。また、変わった趣味をもっていて、人間の体についてひどく興味があったようで、気が付くと医療ドラマなんかは私たちに細かく解説しながら見るようになっており、かなり詳しかった。誕生日に人体模型が欲しいと言われたときは驚きました。でもその趣味を生かして看護師という道に進んだのですから今となってはあの子の個性なのだくらいにしか思わないのですが。」
「なるほど、他にも何か理子さんのことで気になることやおかしいと感じていたことはありますか。」
「一つずっと気になっていて理子に聞けなかった事があるんです。理子を引き取ってから今まで理子が…その…。」次は母親が言葉を詰まらせた。「何か言いづらいことなのでしょうか。」
母親はやはり自分の口から言いづらかったのか、父親に託すように父親の手を握った。
「まあ、はい、あの妻が最初に気が付いたのですが、理子には女性にしかないあれがなかったのではないかと。毎月あるはずのあれです。」
父親は表情暗く俯き加減に話した。
「もしかして月経ですか?」
「そうです。今まで理子がその処理をしているところや腹痛を訴えたりすることが一度もなく、実は心配していました。」
「理子さん本人に聞いてみたりはしましたか?」母親が答えた。
「はい、女同士の方が言いやすいかと思って私が聞いてみたことがあります。しかし理子は笑って、あるにきまってるじゃない、と言いました。何か体のことで相談したいことはないかと聞いても、何もないよ、とこういうばかりで、その時は理子が極端な恥ずかしがり屋なのかと思ってそれ以上は言いませんでした。病院へ行こうと言っても全く聞きませんでしたし、私も理子の気持を尊重してそっとすることにしました。理子のことですから、男性との交際やそれに伴うそういった行為はきちんと管理するでしょうし、ナプキンを買ってくれと頼まれることもありました。極度に羞恥心が強いだけと思っていました。あともう一つ、月に一度部屋に籠ったり、私たちと口を利かなくなる時があったと伝えましたが、その時期理子は決まって地下の部屋に籠るのです」
「その地下室はどのような用途の部屋なのでしょう。」
「はい。防音になっていて、私たちの仕事が行き詰まったりしたときに、音楽を聴くことができたり、映画をスクリーンで見れるような息抜きのために作った部屋です。しかし理子がその部屋を使うようになってからは、理子がいたときは絶対にその部屋に踏み入れるなと言われていて、絶縁するときにも理子が泣きながらどうしてもあの部屋に最後に行かせてくれと頼むものですから最後に部屋に入れました。
理子が地下室の鍵を管理していたため、私たちは入ることができませんでした。しかし理子もよい年頃で、なのによくある私たちへの反抗期などはほとんどなく、たまに不機嫌になったり返事をしなくなる程度でした。そんな理子が自分の家でくらい息抜きをするタイミングがあってもいいかと思い、地下室の鍵を渡しました。
学校生活でも担任の先生からは真面目で、ある意味八方美人のような、幼い子供が無理をしているように映っていたと言われたことがあります。私たち夫婦も理子から学校生活やそれ以外のことでも悩みを打ち明けられたことがありません。」「本当に真面目な方だったのですね。」「ええ、本当にいい子でした。しかし理子が一人暮らしを始めてしばらくしてから、その部屋が気になり、入ってみたのです。すると部屋の様子が昔とは違っていて…。」
「その部屋を見せていただくことはできますか?」
「構いませんが、条件があります。部屋を見せることで、理子に対するあらぬ嘘などを報道されては困ります。部屋を見てもこのことを報道しない、他者に口外しないということを約束していただけるのであればお見せします。」
「もちろんです、お約束いたします。」望は強く頷いた。
望の様子を見た夫婦はお互いを見つめ、決意したようだ。「ではご案内します。」望と黒澤は月島夫妻に連れられ、地下のその部屋へと向かった。部屋へ続く階段は少しの黴臭さと薄暗さにより不気味な雰囲気が漂っていた。コンクリート調の壁はひんやりとしており、二人には緊張が走った。作りとしては、映画などでよく見るような地下室ではなく二階から一階に降りるような自然な作りだった。入り口は重厚感のあるドアでふさがれて大きな鍵穴が付いていた。
父親が手に持っていた大きな鍵を穴に差し込んで、ゆっくり押し込み回した。この鍵のデザインは両親の希望なのか、場に合わない疑問が浮かんだがいったん飲み込んだ。部屋へと誘導された望達は母親が照らしたライトによって視界が明るくなった。 ライトで照らされたその部屋は、壁一面に文字が綴られていた。よく目を凝らしてみようとすると、父親が入り口付近に遭った部屋のライトのスイッチを点けた。視界が一気に明るくなったところでこの部屋の異常さが露になった。あまりに異常な光景に息をのんだ望だったが、そこへ黒澤が耳打ちした。「川本さん、これ…。」黒澤が何か言っているがよく聞き取れなかった。聞こえないほど部屋の雰囲気に圧倒された。望達の目の前には日本語や英語で様々な言葉が綴られており、ナイフのようなもので傷を作ってあった。壁に直接傷をつけてあるものや、ペンキなどで書きなぐった文字もあった。内容はあまりにも禍々しく望は思わず後ろに立っていた月島夫妻を見た。
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