第5話 動き出した事件


 そこからは望も黒澤も忙しかった。二人が解放されたのは日付が変わった午前一時過ぎだった。警察署を出たそのままの足で記者部へ戻った。チーフからスクープを飛ばせと指示が入ったためだ。二人で深夜のタクシーを拾い、乗りこんだ。車内で黒澤が携帯を開いた。画面に打ち出された文字は

 ―聞きましたか。夫人の死因。―

 望も携帯を開いた。

 ―生きたまま喉に異物を詰まらせた窒息死。しかもその凶器は人骨。―

 二人は目を見合わせ、唾を呑んだ。人骨といえばあの事件じゃないか。望が気が付いていた理子の喉の異常なボコつきは、気道のサイズを大きく超えた人骨が詰まっていたためだった。望達のいる間にその人骨の詳細な情報は出ていないようだった。しかし警察側でも今回の殺人事件と過去の間島の事件の関連性を疑っていることは明らかだった。携帯の文字を消した二人の目は赤く充血していた。二人が記者部に戻ると副チーフと数名が待ち構えていた。朝一で記事にするために手伝いに来たのだろう。 机にはエナジードリンクの空き瓶が数本転がっていた。副チーフが二人にもドリンクとサンドウィッチを手渡しながら言った。

「大変だったな。二人とも。長い取り調べで疲れているとは思うがすまん。朝一の印刷に間に合わせたい。」

「チーフから聞いてます。チーフは出張先ですか?」

「ああ、今日はどうしても帰れないらしい。謝ってたぞ。」

副チーフもさっきまで仮眠をしていたのだろう。欠伸をこらえていた。望達は警察から事情聴取を受けている途中、刑事に許可を取り記者部に連絡を入れていた。その連絡を受けて急遽人数を集めてくれたのだ。

「そうですか。もう始めないと間に合わないですね。黒澤くんとすり合わせながら概要を起こすので埋めてほしいのと、添削トリチェお願いします。頭があまり働いていないので。」

 望は髪を結び、一心不乱に文字を起こした。 

自分と交流がある人の死を初めて目の当たりにし、何か大きなことが起きているという漠然とした不安があった。望は今まで記者として事件を俯瞰で捉える位置にいたが、この理子の発見は確実に事件の渦中に潜り込んだ出来事だと言えた。

 朝方の印刷に間に合った二人は昼の十一時にやっと会社をでた。二人はそのまま望の家に向かった。昨日から起こったことを振り返るために、明日まで与えられた休息の時間を使うことに決めた。会社から二駅離れた望の家にタクシーで向かった二人は眩しく照らす日の光に目を細めながら歩いた。

「いいよ。とりあえず入って。」

「…お邪魔します。」

 荷物を下した黒澤は座布団に腰掛け溜息をついた。冷えたペットボトルを手に望が黒澤の向かいの座椅子に座った。背もたれに深くもたれた望も黒澤と同じように深く息を吸い込んだ。

「…こんな経験初めて。今日は眠れそうにないわ。」

「僕もです。まだ動悸がします。

夫人の死因…人骨って言ってましたけど、確実に間島の事件が絡んでますよね。」

「ええ、なんてひどい。警察もはっきりとは言わなかったけど確定ね。窒息するまで喉に骨を詰め込むなんて…。」

 望は理子の最期の姿を思い出した。きちんと膝の上で重ねられた両手。まるでお辞儀をしているように俯いた理子の頭部。以前会った時と同じような清楚な服装に似合わない口から滴る血液。口は閉じていたように見えたがあの小さな口に人骨が押し込まれていた。床にも無数の血液が付いていた。

「他殺か…。人骨って聞いちゃうとなんだか…。僕何か嫌な感じします。」

「理子さんが亡くなったこと間島には伝えられるのかしら。夫という立場なら伝えられるのは当たり前だけど、間島が妻の死を受け入れられる精神状況なのかどうなのか。今度西田先生に会う必要があるわね。」

「間島に会うのはやはり厳しいですかね。警察はどこまで発表するのか。こんな残酷な内容細かく報道するのはかなり気が滅入りますけど。」

「間島に会えたのは本当に数人。私は一度も許可されたことがないし、多分最近面会出来ていたのは理子さんだけだと思う。」

 望の言葉に黒澤が一層眉間の皺を深くした。

 望もこんな経験は初めてだ。ましてや入社したばかりの若者にとって非日常も良いところだ。正直入社したばかりの新人と担当するのは大きな不安があるし、仕事を教えながら事件を追う余裕が自分にあるのか、様々なことに対する不安が望の心にはのしかかった。


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