第3話 噂の婦人



 間島は現在も精神科病院へ入院中だ。面会は以前よりは制限が緩和されているが血縁者、もしくは間島の主治医が許可する場合でなければ叶わない。間島の結婚相手の月島理子は就職してすぐに間島の入院先である病棟に配属された。その年の一月から入院していた間島の病状が少し落ち着いたため、新人の理子が間島の担当となった。 

 理子は初めて任された患者ということもあり、間島にできる様々なアプローチを試みた。間島もその甲斐あってか少しずつ理子に心を開くようになり、いつしか二人はお互いに好意を持つようになった。ここまでは望が理子から聞き取った二人の馴れ初めだ。望は間島結婚の情報を聞きつけ、すぐさま間島の主治医である西田医師に連絡を取った。面会を希望したが間島の状態があまりよくないとのことで許可が出なかった。望はそれまでにも何度か間島との面会を西田医師に申し出ているが、許可が下りたことは一度もなかった。しかし望が間島に会いたがっていることを西田から聞いた理子が望のインタビューに応じてくれたのだ。 

 インタビュー当日、ホテルの部屋を貸し切り、理子が来るのをまっていた望は自分より年下の相手に対し妙な緊張感を持っていた。理子は間島を悪く取り上げる記者とは会わないのだそうだ。それほど間島を大切に思っているということなのだろう。ノックの音が聞こえ望はドアの方へ向かった。のぞき窓から小柄な黒髪の女性が見えた。

 「どうぞ。」そう理子を部屋へ招き入れると奥のソファーへ案内した。あらかじめ準備していたホットコーヒーをテーブルに並べ、理子の了承を得て望はボイスレコーダーをオンにした。現在は間島と籍を入れたことで家族から縁を切られたようだ。理子の所作にはやはり相応の育ちの良さが見えた。ホットコーヒーを一口飲んだ理子はこう話し始めた。

 「川本さん、でしたね。初めまして。間島理子と申します。」 「初めまして、文能社の川本と申します。この度はインタビューに応じてくださりありがとうございます。」

「いいえ、以前間島の一件で川本さんの記事を拝読しました。あれほど他社が間島のことを酷く怪物のように報じていた中で、川本さんの記事だけが冷静で事実のみを報じてくださっておりました。お会いして直接お伝えできる機会をいただくことができて嬉しく思っています。」

「そんなことは…。あの頃の間島さんへの報道は過熱しており事実でないことも事実かのように報じられていましたから。今日はいくつかの質問に答えていただきたいと思っています。よろしいですか。」「はい、もちろん。お応えできることであればなんでもお答えします。」望は自分を落ち着かせるように一息つき、理子の目を見てインタビューを開始した。黒澤はザッザッと足を引きずりながら望の後をついてきた。

「理子さんの心情が全く理解できません。」

「言いたいことはわかるけど、それを彼女に向かって言うことだけはやめてよね。私が築いた彼女との関係性が一気にパーになっちゃうから。」

「はいはい。新婚さんですもんね、そりゃそうだ。」黒澤の言った新婚さんという表現に思わず望もたしかに、と笑ってしまった。

「頼んだわよ。今回の私たちの目的は間島の結婚後の変化がどうなのか聞くこと、うまく話して間島との面会の許可をもらうことの二つなんだから。」

「どうしても間島に会いたいんすね。」

「それはそうでしょ。まだ他社は誰も間島に会っていないのよ。間島は逮捕後一切メディアに姿を見せていない。間島の姿を捉えることができれば記者として撃たれ釘になれる。」

「そんなに打たれたいものですかね。僕にはわからないや。川本さんが夫人にしたインタビュー記録も聞きましたけど、彼女相当変わってません?掴みどころがないというか。わかるのは間島に対する執着みたいな強い愛情だけのような感じがして…不気味っすよね。」

「そうね。間島に対する思いが強いわりに、彼女自身間島の過去には全く興味もないし、あの時にも聞いたけど間島の趣味や好きな食べ物すら知らなかった。普通どんな形であれ結婚するならそういう所から知っていこうとするものなのに…。」

「まあ、ああいう出会いだし特別な何かで繋がってるんですかね。似た者同士だったりして、間島夫婦。」似た者同士であってたまるかと思いつつ、一か月振りに会う理子との会話にあの時の緊張感がよみがえる望だった。


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