第2話 ジャーナリスト



 文能社の記者、川本望は間島の事件を入社当初から追っていた。今年でキャリアは八年目となる望だが、養護施設男子行方不明事件の時に彼らと同じ年齢だった。同年齢の男の子が行方不明になり、結局見つからなかったことで望はこの事件にひどく興味を引かれたのだった。

 大学時代から文学やメディア研究などを専攻し、そのまま編集社に就職した。もともと小説家が夢だったがこの事件の報道以来、望は記者への転向を決めた。望は長い髪を一つに束ねた小柄な女性で、化粧気がないがオーラのある雰囲気だった。文能社は社員の七割近くが男性で構成されており、完全な男縦割り社会だった。望も一年目からかなり揉まれてきていたが、それでも文能社に残っていたのはこの事件をいつか自分の手で取り上げたいと心のどこかにあったと思う。気が付けば部下も増え、抱える仕事量も倍以上になった。趣味だった料理も読書もほとんどしなくなった。望は年々何かに追われるような、重要な提出物の期限が迫っているような感覚を強く持っていた。しかしその感覚は望にとって心地いいものとして体を支配していた。当時行方が分からなくなっていた男の子は二人とも十四歳の中学二年生だった。一人は親の育児放棄と経済状況の問題で施設に預けられた鷹島海人君と、もう一人は知的障害の両親を持つ自身も知的障害の森本龍太郎君の二人だ。

 「川本さん、僕あんまりこの事件詳しくないんですけどこの男の子達って骨の一部まだ見つかっていないんですよね?」話しかけてきたのは今年入社したばかりの望の後輩、黒澤だ。背が高く、がっしりした彼は大学生の感覚が抜けないのか、時々言葉遣いが学生のようになる。彼はもともと編集部希望のようだったが、希望した部署に配属されずに記者部へ配属されてしまったため仕事のモチベーションはあまり高くないようだった。

 「私この事件を中学生の時に知って男の子たちが見つかった時のスクープがデビューだったの。知ってる?男の子の母親二人が、当時の報道に追い詰められて、亡くなっているの。私は、その母親はマスコミの煽りを受けた関係のない人からの中傷によって精神を追い詰められ、殺されたと思った。あの時の週刊誌や二流の記者たちのやり方には本当に腹が立ったわ。」

「川本さん、そういうの嫌いそうですもんね。」

「私は自分の記事で遺族のインタビューを詳細に載せることで、遺族を追い詰めたのは犯人ではなくてマスコミなんだって暗に書いた。同業他社からはクレームもあったりしたけど、母親の自殺を報道した機関が少なく、あまり大きなニュースにならなかった事にも強く違和感を覚えた。可笑しいわよね。だって私情や、他者の一方的な見方だけをメディアに乗せて世間に伝えるなんて、まるで日記や作文発表と同じだもの。でも違和感を覚えた人は私だけではなくて、それをきっかけに今の報道協定が結ばれることになった。全部の報道機関が加入しているわけではないけど、大手の同業者は警察からの情報欲しさに加入しているところが多い。男の子たちの骨の一部が見つかっていないのは本当よ。その一部がどの部分かは警察から公表されていないけど。」

 「ふーん。間島は心神喪失ってことですけど、骨を隠した場所とか証言できなかったんですか?」

 「わからない。私が警察関係者から聞いたのは、当時の間島は、本当に精神が不安定でいつ危険なことをするかわからないような状態だったってこと。何せ一番初めの取り調べで、警察官が少年の名前を言っただけで舌を噛み切ろうとしたのよ。結局嚙み切る前にどうにか抑えたからよかったけど、その一件で間島への取り調べが難しくなったのよ。間島はそのせいで口の中の神経を傷つけ、後遺症が残っているはず。状態を重く見て、警察も間島の治療を優先せざるおえなかった。」

 「ニュースで見たような気がしますけど、当時ネットで騒がれてましたよね。あんまり興味のなかった僕もなんとなく記憶に残っています。かなり衝撃的な内容でしたもんね。」

「ええ、私たちも間島からほとんど事件の詳細が提供されなかったことで、すごく苦戦した。協定が結ばれたことで正確性の高い情報が警察から提供されるようになった。おかげで私たちも変な手間を省いた最短ルートで正しい報道ができるようになって、私個人としては協定という方法は正解だったと思う。」

「確かに、そもそもそれまで協定がなかったのが信じられないですよね。警察は情報を出したがらないし、報道は好き勝手に情報を流せるなんて怖いですね。」

 「そう。あの時は記者が警察官に金銭で情報を流させていて警察官が処分される事例なんかも起こっていた。諸刃の剣で、メディア側は裏切ろうと思えばいつだって昔に戻れると思う。これ当時の事件資料と取材記録だから一時間以内に見ておいてね。十時になったら出るわよ。」望は財布を手に取り席を立った。

 「出るってどこへ?」

 「渦中の間島夫人のところよ。」そう言った望に黒澤は不満げに返事をした。間に合うかしら、と思いつつ望は昼食を食べに行った。


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