支配生

池里

第1話 埋まる二人



 とある養護施設で子供の行方不明事件が発生した。居なくなったのは中学生の男子二名。 彼ら二人は日曜日の昼間に自転車で出かけたきり帰ってこなかった。

 夕食の時間になっても食堂に姿を見せないことに気がついた施設職員がその三時間後に警察に通報した。どうして通報にそれほど時間を要したのかというと、その二名の男子はもともと施設の中でも問題のある二人だったため、夕食の時間ちょうどに食堂にいる事などほとんどなかった。そのため異変に気付くのにかなりの時間がかかってしまった。施設職員が、二人の姿が見えないことに気が付き施設周囲を探すが見つからず、その後通報を受けた警察はすぐに捜索に当たった。しかしその日は二人の足取りが掴めず、翌日から人員を増やしての捜索が開始された。当時かなり大規模な捜索活動が行われたが、男子二名の行方は掴めず、結局捜索は三か月で打ち切られ見つからないまま時間だけが過ぎていった。二人の男の子を探す大人たちの映像が連日テレビで流れていた。

 様々な憶測が囁かれたが、野次馬たちは根拠のない事件性を騒ぎ立てるばかりで男の子たちの発見につながる重要な証言は何一つ与えられなかった。しかし後に大衆が騒ぎ立てた通りの結末がこの事件に訪れることとなった。

 事件から十二年後、二人の男の子の白骨化した遺体の一部が養護施設の元職員の自宅から見つかった。遺棄されてからかなりの時間が経過していたため、もはや死因の特定には至らなかった。元職員の間島元人(四十五歳、無職)が遺体遺棄の容疑で逮捕された。間島は背が一七五cm前後のやせ型で目がひどく眠そうな無気力な印象の男だった。逮捕時の映像ではいかにも異常な雰囲気を漂わせており、その人相は迷わず殺人犯と判別できるほどの出来栄えだった。

 事件は、後に他殺の可能性が浮上し間島が殺人罪で再逮捕、起訴された。動機ははっきりと解明されず、状況証拠のみでの起訴となった。なぜ警察が間島を詰めることができなかったのか。それは当時の間島が完全に精神を病んでいたせいだ。そのため本人から十分な証言を得ることができないまま起訴となった。また男子が埋められていた間島の庭からは、すべての骨が見つかったわけではなかった。見つかっていない骨の行方は間島が起訴されたその後もわからないままだった。

 裁判の内容はほとんど毎日ニュース番組で取り上げられ、日本中がその判決を見守っていた。しかし判決の結果、間島は心神喪失として責任能力が問えず無罪となった。この結果にそれまで競馬観戦をしているかのような勢いの大衆もまるで波が引くように事件の終焉を受け入れた。司法で裁けない罪は結局のところ大衆にとっても無価値な罪だった。彼らが望んでいたのは殺人犯の死刑、その一つだけだった。

 その三年後、この間島が再度ニュースに取り上げられ、世間を騒がせた。間島は二十三歳年下の看護師の女性と結婚した。心神喪失と判断された間島は、判決後精神科の病院へ入院することになった。その病院で間島をよく担当していた看護師と結婚したというのだ。

 このニュースによって亡くなった男子たちの遺族のもとに、マスコミがこぞって押し掛けた。事件から三年が経ちやっと生活が落ち着いてきた遺族たちにとって、このマスコミの行動は男の子たちが発見されたときの遺族たちの悪夢を再度思い出させ、彼らの精神を追い込んだ。マスコミは彼らに自分たちがイメージする通りの絶望的な反応を捉えたかったようだ。男子遺体発見の際、マスコミは二人が養護施設にいた経緯を大々的に報道し、それぞれの親子のプライバシーを無視した報道を繰り返した。二人は親の育児放棄や、経済的な理由で施設に入所していた。的外れな部外者達は、二人が死んだのは施設に入れた親たちのせいだと騒ぎ立てた。その結果遺族である親たちやその家族に多くの誹謗中傷が集中し、男の子たちの二人の母親が自殺に追い込まれた。中学生二人の親たちが住む家が何者かに特定され、真っ黒な悪意によって様々な嫌がらせを受けたようだった。そういった悪意によって弱った人々に味方するものは当時は誰もいなかった。母親たちの自殺について報じられた後は、次は誹謗中傷した人間の特定、SNSでの晒上げ、晒された人の上辺だけの謝罪、マスメディアやインターネットの海は混沌としていた。今回の間島のニュースでは、個人が特定されないよう顔や音声には編集が施された状態で、相手の看護師の女性がインタビューに応じていた。

「ええ。よく彼を担当していたことがきっかけで親交が深まりました。彼がどんな事件を起こしたかはもちろん知っていましたし、最初の頃は必要以上に近づかないようにしていました。しかし彼は私に対してとても礼儀正しく、身の回りの手伝いをすると必ずお礼を伝えてくれます。そんな彼に時々仕事の悩みや愚痴を聞いてもらううちに私から彼に好意を持ちました。」

 ❘彼は心神喪失で無罪判定を受けていますが、彼自身が犯した罪を償えていないことについてはどう思っているのですか?❘

 「確かに彼は法的には罰を受けてはいません。しかし入院中私が見てきた彼は毎日自分が犯した出来事を後悔していました。そんな彼にこれ以上罰を与える必要はないと思いました。被害に遭われた方々や遺族の方にはどんな言葉をかけるべきかわかりません。しかし彼がずっと反省し自分の行いを悔いていることは確かです。その事実だけは知っておいていただきたいのです。」

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