少年は探しに行けり道をしへ
季語 道をしへ・道教え(夏・動物)
田舎育ちの男子にとって、虫捕りは嗜むべき遊びのひとつだ。そんな虫捕りの盛況を極めるのは、決まって夏のことだった。
夏、カブトムシやクワガタは言うに及ばず、オニヤンマやトノサマバッタといったスター級の大型昆虫が蠢動を開始する。するとたちまち少年たちは、目の色を変えてそれらの獲物を追いかけた。
どこで何を何匹捕まえた。俺んとこのなんかでっかくて、何cmもある。レアもののノコギリクワガタ(実家の周辺では、全国的に見ればレアものである、ミヤマクワガタの方がメジャーであった)を手に入れた。そんなことが勲章を得るかのような価値を持ち、大きな成果をを挙げた者がいれば、その噂は閉じた村社会のトモダチネチットワークの中に、瞬く間に広まるのだった。
こんなこともある。小学校高学年の、田舎ヤンキー風情の上級生ともなれば、
「おい、おめぇ、ちょっとオニヤンマ獲ってこいや」
「そのカブト、俺によこせよ」
などといったカツアゲじみた要求を、下級生に強いるのだ。
ともかくそれぐらいみんな、虫捕りには夢中だった。
そうした中に、昆虫博士の異名をとるような生粋の虫好きというのがどこにでもいるものだが、私がまさにその一人だった。
自分で言うのも難だが、図鑑を読み漁り、様々な種類の昆虫に精通した私のような者は、流石に目のつけどころが違う。オニヤンマをひとまわり小さくしたような見た目で、胸部にフサフサとした産毛の生えたのを捕まえて、そいつがムカシトンボって名前なのまで知っているのだから。
「オニヤンマなどという汎用種なんか、馬鹿どもの目眩しにくれてやればいい」
ぐらいに、私は斜に構えていた。
そんな私の虫捕り少年時代の、集大成とも言うべき昆虫が、ハンミョウという虫だった。
それは小学校の前の山の中腹の、赤土の露出した斜面という限られた場所にのみ生息し、メタリックな極彩色を身に纏い、鋭利で凶悪な大顎を持っていた。おまけにその体からは、形容し難い不思議な芳香を発している。初めて発見し捕獲した際の興奮と言ったら、身震いするほどだった。そして、それを持ち帰り披露した際のクラスメイトの驚愕ぶりときたら、なかった。
しかし惜しまれるべくは、そのことで私が虫捕り界隈のレジェンドにはなり得なかった、ということなのだ。
「虫好きのガリ勉が、また変な虫を獲ってきた」
という不名誉な評判だけが、後には残された。天才とは、かくも世間に理解されないものだ。
級友たちの嘲笑を尻目に、益々ハンミョウの魅力に取り憑かれた私はひとり、山へと向かうのだった。
人が歩くと逃げるように先へ先へと翔んでゆく、そのハンミョウという虫には、「道教え」という雅な別名があった。あれから三十年。私は昆虫図鑑に替えてめくり始めた歳時記の中に再びその名を見つけ、苦さと熱さとを噛みしめている。
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