第19話
エンジョウ男爵軍は進軍を開始した。ルクスを出発し、街道を進む。
徴兵された者達の顔色は悪く、足取りは思い。しかし、誰も足を止める事や列から抜け出す者は居なかった。
皆、死にたくは無いのだ。
そして、辺境の森に少し入った所で、聞いたことの無い不思議な歌が聞こえてきた。
「ある日〜森の中〜」
そして、黒髪の青年に出会った。
「皆さん、ようこそお越し下さいました。」
そう言って、その青年は美しい礼をした。
「お前は誰だ?」
先頭を歩いていた兵が武器を構えながら問いかける。
「良い質問ですね。ただ、名前を尋ねるときは、まずは自分からと習わなかったんですかね?」
そう言って青年は話を続ける。いつの間にか、右手には、真っ赤な盾が握られていた。
この真っ赤な盾は名を、"自己顕示の盾"という。効果は、自分の存在をことさら他人に目立つようにすること。
視線が吸い寄せられてしまうのだ。
「私の名前は、エンド。シールド教団の代表でございます。以後お見知りおきを。」
そう言ってまた、綺麗な礼をする。
「これは警告です。この先にあるのは、私たち盾の教団の理想郷です。何人たりとも害することはあってはならない。」
「こいつがターゲットだ!かかれ!」
その一言を皮切りに、兵達は我先にと、武器を構え首を取りに行く。ボスの首を持って帰れば金一封が貰えるのだ。
100人程が一斉に、青年に切り掛かる。ひたすらに、武器と盾がぶつかる音が響き渡る。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。変わった事は、黒髪の青年が持つ盾が、赤色に金色の紋様がある盾に変わっている事くらいだ。
青年は1歩も動いていなかった。360°から斬りかかられ、同時に刃が届いた場面は数知れず。
しかし、どういう訳か、誰も青年を傷つける事は出来なかった。それどころか、次々に武器が壊れていった。
そして、兵士達は感じてしまった。自分達が対峙している存在の不気味さを。
兵士達は抱いてしまった。その青年に対して恐れを。
「皆さん、これで終わりですか?」
真っ赤な盾に持ち変えて青年は語りかける。
「皆さんは神を信じていますか?私は信じています。何故なら、神に出会って力を授けられたのですから。」
青年は真っ直ぐ歩いてくる。その様子を見て、兵士達は左右に後ずさる。その光景はまるで、モーゼの海割りのように、青年が通る道が作られた。
「皆さんは、今の生活に疑問は感じませんか?綺麗な家に住む人達がいる一方で、住む場所が無い人が居る。これは何故かと。」
兵士達は何故か視線が吸い寄せられ、話を聞いてしまう。
「豪華な食事をする人達がいる一方で、日々の食事に困る人達がいる。これは、何故か。」
兵士達は思った。思ってしまった。何故だろうと。
「私の故郷には、こんな言葉があります。"神は人の上に人を造らず"と。」
何故か、青年の言葉はすっと耳に入ってくる。
「つまり、格差を作っているのは神ではないのです。神は平等を望んでいます。」
青年は兵士達に歩きながら語り続ける。
「では、何故格差があるのか、それは人が作っているからです。貴族、国王、金のある商人、権力を持つ者達が、我々を貧しくしている。我々から搾取している。」
「皆さんは何故ここに居るんですか?戦いを望んでここに来た人はどれくらい居ますか?」
青年は語りかける。一人一人に向かって。
「現に、今皆さんは搾取されています。命を、一人一人の尊い、かけがえのない、特別な命を搾取されています。端金で命を掛けさせられている。貴方方の支配者によって。」
「それで良いんですか?故郷には貴方の帰りを待つ人は居ませんか?友人は?恋人は?家族は?」
兵士達は思った。
"本当は嫌だよ"
"子供に会いたい"
「本当の敵は誰ですか?私ですか?違うでしょう。貴方方の本当の敵は、エンジョウ男爵家、エンジョウ・ホムラでしょう。」
「逆らえない?今の生活が?大丈夫。私に任せてください。私達の拠点に、友人、家族、恋人、1人でもみんな連れてでも、来て下さい。私達は歓迎します。」
「変えたいと、変わりたいと、心から願うものは、私と、私達と共に行きましょう。誰もが平等な、飢えず、震えず、安全に生活出来る、そんな理想郷は存在します。大丈夫、皆さんには、私が付いています。」
兵士達の目には、救世主に映っていた。
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