第3話雨

 物心がついた頃から世界は何でも自分の思い通りになると思っていた。

 何でも手に入り、何でもできると盲信していた。

 

 実際、小さい頃はその通りであった。

 勉学、運動共に優秀。

 テストと、スポーツの大会では一位が当たり前。

 容姿端麗。

 欲しい物が好きなだけ買える財力。

 老若男女問わず誰もが彼を褒め称える。

 

 しかし、それはいつまでも続かない。



 勉学が他人と比べ劣り始める。

 容姿、財力については変わりないが、大会ではほとんどベスト4止まり。

 良くても準優勝。

 親と最後に話したのはいつだったか覚えてもいない。


 焦りを感じた。


 親は彼のことを見向きもしない。

 周りは自分ではなく彼の財力目当て。


 おかしい。


 自分はどこの誰よりも優れている。

 本当は誰よりも上に居る人間だ。


 何故?


 自分より下だった者が俺を見下す?


 どうして?


 誰も俺の中身を見ようとしない?

 全員が容姿か財力で寄って来た者だけ。


 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故……


 心の中で木霊する叫び。


 高校に入学し、数日経った頃、一人の少年に出会った。

 第一印象としては、物静かな真面目君。

 なのにどっか近寄り難い雰囲気を纏っている。

 そんな人物がテニス部に居たため気になった。

 勝手な印象だがこの様なスポーツをやってそうな見た目ではなかったからだ。


 しかし、その後少年への印象は、驚愕に変わる。


 自分には劣るがほぼ同程度にテニスが上手かった。

 それだけでなく容姿も整っていた為か陰ながら好意を持たれていることが多く、テストでは、学年トップクラス。


 少年への印象は驚愕から嫉妬へ変わる。


 財力以外、自分と同じかそれ以上にあるではないか。

 自分が一番優れているのだ。

 少年の全てを否定する。

 


 そして彼は、愚行を犯した。

 だが彼はその事を理解していない。

 理解したく無いのだ。

 間違った行動では無い。

 正しいのだ。

 自分こそが正義なのだと盲信する。


 いつしかそれは、自分が生きていく為に必要な事となった。

 正義を証明しなければ自分を保てない。


 ある時少女が彼を止めた。

 彼女の言葉が何故だか胸を抉る。

 『彼女も否定しなくてはならない』と、体が訴えかける。


 決して満たされない。

 満足しない。


 自分は結局大した人間ではないのか?

 

 否。


 そんな事は無い。


 彼は今日も醜く自分を証明し続ける。


 ――――――――――――


「意外と証拠が沢山集まったよ」


 あの日から半年以上経った9月頃。

 真白と結菜はとっくに二年生になっている。

 空き教室にて、二人は現状報告をしていた。


「私もそんな感じ。何でもっと早くやらなかったのかって思うくらい」

「じゃあ後はこれをどうやって使うかだけど……」

「揉み消されない様にでしょ」


 結論は出ない。


「取り敢えずは保留で、思いついたらまた話し合おう。」

「そうだね」


 真白は、前よりも体調が良くなっていた。

 あれから定期的に見ていた悪夢がめっきり消えたからである。

 どうにかなるかもしれないと、気分が少し良くなっていた。


 ――そんな時に限って事件とは起こるのだ。


 ――――――――――――


 更に一ヶ月経ち気温も大分落ちてきた日に結菜は真白を空き教室へ呼んだ。

 

「証拠をうまく使える方法、思いついたわ!」

「おお!どんな感じ?」

「今ここじゃ言えないから放課後教えるね。だから空けといて」

「そうだね了解。場所は?」

「ううーん。じゃあ学校の裏の森。いつもの場所で」


 二人は毎回この話をする時はそこでしていた。

 誰かに聞かれるわけには行かない。

 しかし、気が緩んでいたのだろうか。

 普段は連絡ツールで取り決めることを、人気がないとはいえ学校で話してしまっていた。

 しかも……。


 背後から見ている者に気が付かなかった。


 ――――――――――――


 放課後を告げるチャイムが響く。

 周りの人達は、帰り又は部活の準備を始めている。

 真白は、部活を休んだ為帰りの支度をする。

 そんな中放送が流れた。


「漢字検定受験希望者は、この後多目的室に集合してください。繰り返します……」


 真白はすっかり忘れていた。

 今日は漢字検定関連の事が有ったのだ。


「結奈さんごめん。少し遅くなるよ」

「いいよ。先行って待ってるね」

「了解。今日はそんなかからないと思うから」


 早足気味に多目的室へ向かう。


 ――――――――――――


 結奈は集合場所に着いていた。

 考えて来た事をもう一度まとめているようだ。

 そんな時背後から足音が聞こえ、振り返る。


「よお。こんな場所で何してるんだ?」


 蓮と取り巻きがいた。


「れ、蓮くんこそこんな所で何してるの?」

「いや、朝あいつと話してるのを聞いちゃってね。俺に反抗しようとしてそうだったからな」


 軽率だった。

 後悔しかない。

 何故誰が聞いているか分からない学校で普通に話してしまったのだろうか。

 蓮の後ろから、ヤジが飛ぶ。


「そんな事ないよ。ほ、ほら人気が無い場所に人を呼ぶのってあれじゃん。」

「あれってぇ?」

「こ、告白だよ告白。言わせないでよーこんな事」


 結奈は、ぎこちなく恥ずかしがる振りをする。


「そうか。ならその手に持ってるスマホ見せてよ。そしたら帰ってやる。見てたぜずっとスマホで何かしてるの」

「え」


 結奈の表情が固まる。


「い、嫌かな」

「なんで」

「そりゃあ、告白のセリフを買いてたから……。あとスマホを使ってるのは普通じゃないかな?今の学生なら」


 蓮が目に見えて苛々している。


「いいから見せろよ!」


 結奈は駆け出した。

 蓮達が追いかける。

 みるみる距離は縮まっていく。


「寄越せ!」


 スマホに向けて勢いよく手を伸ばす。

 しかし、その手はスマホには届かなかった。


「あ……」


 その代わり、結奈を強く押す。

 体制が崩れて背後へ倒れる。


 背後には、地面が無かった。


 落ちていく。


 永遠とも思える時間だった。


 遠くから騒ぎ声が届く。


 ふと、空を見る。


 (ああ、せめて。せめて青空だったらなぁ……)


 厚い雲に覆われた空を朧げに見つめる。


 ――世界から色が消えた。


 ――――――――――――


 真白は早足で森へ向かう。

 すると突然、崖の上から叫び声が聞こえる。

 蓮と数人誰かいるのが見える。

 その下には?……。


 違う!


 その下に広がる景色を否定する。

 見えない。何も無い!

 深呼吸をする。蓮達は、逃げたのかもう見えない。


 大丈夫。まだ助かると自分に言い聞かせ、結奈に駆け寄る。








 





 首があらぬ方向へ曲がっていた……。


 理解出来ない。


 さっきまでは普通に話していた。


 認めない。


 夢、そうこれは悪い夢である。

 悪夢だ。そうに違いない。

 真白は声にもならない音を漏らす。


「き、救急車!救急車を呼ばないと!」


 分かっている。

 もう助からないということも。

 奇跡よ奇跡よ起きてくれ。

 真白は願い電話を掛ける。

 

 電話をかけ終わったあと、真白はふと結奈の手元に目をやる。

 そこには、落とすまいと握り締められているスマホがあった。

 その画面に写った物を見て、それを手に取った。


「――――――」


 雨が降り始めた。

 地面にこびり着いた血が。生きていた証拠が薄れ始める。

 

「最悪な天気だ」


 そう呟いた。

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