第2話変化

 三十分ほど雪と戯れた後。

 

「あ、雨だ」

「雨だね」

「私、雨嫌いなんだよね」


 折りたたみ傘を広げながら呟く。


「そうなんだ。僕は好きだよ、雨」

「えーどうして?私は青空が好きだよ。どんな時でも笑顔になれるからね」

「うーん。自分を隠してくれているような感じがして安心するから。かな?」

「なるほどー」

「ある意味いい天気だ!って思っちゃうくらい」

「えー本当に?」


 その後二人は別れそれぞれの帰路についた。


 ――――――――――――


「ただいま」

「おかえり、真白」


 扉を開くと真白の祖母がいた。

 両親の代わりに日々真白の世話をしている。


「真白、今日学校で良い事でもあったの?」

「えっ、何で?」

「いつもよりも嬉しそうだったからね」

「あー。まぁ、ちょっとね。ご飯になったら教えて」

 

 祖母を背に、真白は自室に向かった。


 ――――――――――――

 

「後悔しないため、か……」

 

 自室に籠もった真白は小さく呟いた。

 彼女に言われた事が脳裏によぎる。

 祖母の顔が頭に浮かぶ。

 祖母は祖父と一人息子である真白の父をほぼ同じくらいのタイミングで亡くしていた。

 真白の居る所では明るく生活しているが、居ない所では暗い顔をしている。

 前に偶然見てしまった。

 真白まで亡くなっていたら祖母は、どう思うだろうか。


「ふぁー、眠」


 考えるのをやめ、ベットに潜り仮眠をとった。


 ――――――――――――


 夢を見る。

 鈍色や涅色が渦巻く空間。

 そんな場所に真白は一人佇んでいる。

 顔に汗が滲む。

 終わりの見えない空間を、ただひたすらに歩き続ける。


『忘れるな』


 背後から声が聞こえる。

 そこには真白の形を象った靄があった。

 真白は走り出す。


『忘れるな』

 

 靄は真白を囲うように増えていく。

 呼吸が荒くなる。


『忘れるな。忘れるな!』


 全方位からの声に耳を塞ぎかがみ込む。


『あいつらにやられたことを』

「……」

『何でいじめられる?僕が何をしたの?』

「……知るわけがない」

『理不尽だ』

「そりゃあそうさ。世の中なんてそんなもんだ」

『痛い。痛いよう。何で僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ?』

「知らないよ。さっきからうるさいな」

『君が思っていることだろ』

「……」

『辛い。辛いよう!』

「うるさい」

『おばあちゃんに助けてもらおうよ。周りの人や他の先生に頼ろうよ』

「おばあちゃんは巻き込めないし、周りはほぼ敵。他の先生に頼っても上が変わらないと意味がない」

『教育委員会や警察に頼ればいい』

「……証拠がない。おばあちゃんにバレちゃうよ」


 否定する。自分を助けられる人が居る筈はない。


『悲劇のヒロインみたいな事言わないでよ』

「……」

『僕は君だ。全部分かるよそっちの考えることは』

「だよな」

『行動を起こせよ。何でしないの?』

 

 ――――――――――――


「真白、真白!」

「う、うーん……。ん?おばあちゃん?」

 

 目を覚ます。息遣いがとても荒い。

 

「大丈夫真白?酷く魘されていたけれど……」

「あ、うん。大丈夫大丈夫。ちょっとお風呂入って来る」

「もうご飯出来てるよ」

「ごめん後でで」


 ――――――――――――

 

 次の日の朝、真白はいつもと同じように身支度を整え比較的遅めの時間に家を出た。

 なぜ遅く家を出るのかと言えば、学校にいる時間を少しでも短くしたいという僅かな抵抗である。

 祖母を心配させぬために休む事は論外。

 憂鬱な気持ちで通学路を歩く。

 

 学校に着きクラスへ向かう。

 何故だか今日は視線を感じない。

 クラスはへ入り一番始めに見た景色は・・・。

 机で泣く結菜と、離れた場所で態とらしく指を指して笑う女達の姿であった。

 教室の隅で冷ややかな視線を送っている者たちもいた。


「あっ。おはよう、真白くん」

「う、うん」


 結菜は真白を見つけると涙を拭い、笑顔でそう言った。

 その気丈に振る舞う姿を見て真白は、言葉に詰まる。


「やっぱり真白君の言う通りだったよ〜。あはは、やっぱりちょっと辛いや」

「大丈夫?」

「うん!こんなので辛いなんて言えないよ」

「……そう」


 そんな二人の様子を見て、笑っていた女達がニヤついた顔をして迫って来た。


「良かったねぇ結菜、慰めて貰って。私達も心配してたんだよ〜」


 結菜の顔が強張る。

 それを見た真白は、庇う為に前へ出る。


「ごめん結菜さん調子が悪いみたいだから保健室に連れてくね」

「さっきまで元気そうだったけどぉ」

「ね、どうしたんだろうね」


 女達の表情が変わる。

 明らかに苛立っていた。

 真白が突っかかって来たことが面白く無いらしい。

 

「調子乗ってんじゃないわよ!お前の立場を考えなよぉ!」

 

 急に怒鳴りだす。

 真白は驚き肩をビクリと震わせる。

 

「ごめんなさいそうだね。取り敢えず保健室に行ってくるね……」

「分かればいいのよ。はーい、行ってらっしゃい」


 わざとらしく手をふっている。

 結菜を連れ素速く教室を出た。

 後ろでは、女達の笑い声が響く。

 足が震えている。

 無理して歯向かったからだろう。

 心臓の鼓動が早い。

 真白は結菜に気づかれないよう努めた。

 

「ありがとう」

「いいよ、別に。昨日の貸しをを返しただけ」


 保健室の前に着く。


「ああ言って出てきたから一限目まではここにいなよ」

「わかった。そうするよ」

「ん、じゃ」


 ――――――――――――


 結奈は二時限目の始まる前に教室へ戻って来た。

 顔色が少し悪いように見える。

 真白は、『ぎこちなく貼り付けた笑顔』のように見えた。

 さっきの女達は隠そうともせず、堂々と結菜を見て笑っている。


 ――――――――――――


 これから数日。

 結奈の元気が少しずつ減っていっていた。

 真白も自分の見える範囲のことはできるだけ助けていたが、隠れていじめる陰湿なものが増えた。

 今も視線を感じる。


「結奈さん。平気?」

「あーうん。大丈夫だよ……」


 ……これはダメだと感じた。

 しかし、真白がどう声を掛けても「大丈夫」としか言わいない。

 真白にはどうにもできなかった。


 ――――――――――――


 更に数日後。

 放課後、結奈は真白を空き教室に呼んだ。


「ごめん心配掛けた……」

「大丈夫だよ。どうしたのいきなり」

「真白君が言ってた通りだよ。思ってたより辛かった」

「まぁ、そうだよね」

「本当にごめんなさい」

「どうしたの?いきなり」


 真白はこんなに謝られるとは思わず驚く。


「真白くんはもっと前から一人でこんな事されてたのに私何もしてなかった」

「あー」

「本当にごめんなさい。今なら前に偽善って言われた理由も分かるよ……」

「大丈夫だって、もう気にしてないから!それよりごめんね偽善とか言って」


 お互いの顔を見合って両者笑ってしまう。

 

「本当にありがとう。もう大丈夫!それよりこのいじめをどうにかしないとね」

「どうにかする?」

「うん!もう他人事でもないからね」


 結奈は努めて明るく振る舞う。

 やはり、多少なりとも無理をしているらしい。


「具体的には?」

「証拠を集めて、警察に行けばいいんじゃないかな」

「あー。なるほど」


 真白も考えなかった訳ではない。

 しかし、バレたときのリスクや、水を掛けられる事が多く機材などが壊れる事を危惧して実行はしていなかった。しかも、祖母にも知られてしまう。

 勿論。それだけではなく……。


「結構リスクあると思うよ」

「それでもやってみないと分からないよ」

「いや、蓮の親は日本有数の大企業の社長だよ。もみ消されるに決まってる」

「あ、そうだった……」

「じゃなきゃとっくに教育委員会とか警察に頼ってるよ」

「あー。根本を見逃してたー」


 結菜は項垂れながら首を振る。


「あと、おばあちゃんに知られたくない」

「おばあちゃん?」

「うん。いじめの事を知ったら悲しむと思うから」


 結菜は少し考える素振りをする。


「尚更解決した方がいいと思う。後から気づかれた時、もっと辛いと思うし……。それにおばちゃんも真白くんがその為に無理をするのは望んで無いと思う。」

「確かにそうかもしれないけど……」


 真白は唸り声をあげた。

 

「よし分かった。折角だし証拠は集めてみよっか。最悪何かには使えるかもしれないし」

「うん!」


 正直意味があるかはわからない。

 しかし真白が一歩踏み出す切っ掛けとはなった。

 

 真白にとって、否。二人にとってこれが運命を左右する出来事となる。

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